幕間 試験後(クレイン視点 上)

「合格です。ようこそ、魔道師養成機関オルフィズへ」 

「ありがとうございます」


 オルフィズの試験は、試験官のフラバー先生を倒して合格となった。オレの前に受けた者の中にも合格者は居たが、フラバー先生を倒すまでには至っていない。

 しばらく、他の受験者の試験内容を見ていたが――途中で止めた。自分と競える程の相手がいないと判断したから。


「逃亡者のオレが言える事では無いけれど……現時点では相手になりそうな者はいないな」


 最早、足を踏み入れる事すらないだろう故郷、封神要塞セントリオン。

 そこに座す神々、その一柱である機神マニュファ様の神域外周部で暮らしていた日々は充実していた。魔力で駆動する【機械】という造物は、まさに夢を具現化させたような代物だった。洗濯、掃除、調理等の家事だけに留まらず、治水、魔力網、物資の流通等の生活に欠かせない分野にまで活用される、まさに神の御業に等しい。


『市民、オハヨウゴザイマス。本日ノ天気ハ、晴天トナルデショウ』


 今でも思い出す。マニュファ様の声――天候予言で一日が始まる。この予言はこれまで外れた事すらない。マニュファ様曰く、これらの機械の数々は人類がいずれ到達しうるものだと言う。だが、それを真実であると捉えている者はいない。神の代弁者たる巫師でさえ、人が触れるべきものではないと言う。

 本当にそうだろうか。その疑問が浮かんだのは幼い頃に、壊れた機械の断面を見てからだった。詳しい知識などある筈もないオレは、ただ直感的に思ったのだ。

 ――これは、オレでも動かせるのではないか。

 そうして、壊れた機械に手を伸ばした瞬間にマニュファ様より祝福を賜ったのだ。


『オメデトウゴザイマス。市民、アナタニ神ノ知識ヲ与エマショウ』


 選ばれたのだ。そう思った。壊れた機械から聞こえてきたのは間違いなくマニュファ様の声だ。天候予言以外では巫師のみが聞けるという、本当の神の言葉。

 そこからだ。オレたち家族は神域外周部から神域内へ移り住み、マニュファ様が管理する組織への奉仕が命じられたのは。

 トキシックレイド。生物を機械により選別・強化を施し、何れは神をも生み出そうとする組織。その命題に反対した何柱かの神は既にセントリオンを去っている。

 尋常ならざる犠牲の果て、未だ神は生まれていない。オレはその最初になると――愚かにも勘違いをしていたのだ。


『――識別名:ヴェイラー・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:アッシュ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ホドモカ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ルルワーラ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:メム・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ケトイ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ジュカオー・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:カカ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:セドメイ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ミルワラ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:キドンケスタ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:フガル・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ヒュイマ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:アレンダ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:パニャク・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:クノー・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ウェルサ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ローウン・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:メドセール・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:フィネックス・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ロジャー・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:アサルマ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ビトーマークス・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ゼルセーン・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ホルルベス・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ウェイデル・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ロエ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ゾックサイン・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:クロックパーミ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:サズクエンタ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:インフェル・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ジェスタ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:フサマル・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:ギュンドープ・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:キングジャックイン・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

『――識別名:タボール・ウェトアール。アナタハ優秀デスネ』

.....

....

...

..

.


 いくつの名を賜っただろう。いくつの生を繰り返しただろう。

 神を生み出す計画の一つ。機神計画「産声」は、神の祝福を施した身体に人類の意思を植え付けるものだ。意志が身体へ定着し、神の知識を理解出来なければ魔道レーザーにて焼き殺され、次の素体へ意志を植え付け直す。知識の種は祝福された身体に記録されており、植え付けられた意志がそれを芽吹かせる事が出来れば、神が誕生するのだとか。

 神の知識とは何か。マニュファ様曰く、超次元の視座の事だと言うが、今でもオレはそれを理解出来ていない。つまりは、知識を芽吹かせる事すら出来なかったというわけだ。

 幾度となく繰り返す生死のストレスと、理解出来ない知識の種は意志を蝕み、感情や自我が削ぎ落されて発狂する。オレはこの時、自分という言葉の意味すら理解出来なかった。


『累計実験回数:45兆6987億2853万7061――意志ノ情報汚染ヲ確認。コレヨリ、廃棄処理ヲ実行シマス。オ疲レサマデシタ』


 そして、唐突に実験は終わりを告げた。後から知った話だが、オレの両親と弟も同様の実験を受けていたそうだ。両親は10万回を超えた時点で破棄され、弟はオレが破棄された後も実験が継続されていたそうだ。

 元の肉体は既になく、意志もこの世から完全に抹消される筈だった。廃棄処理が行われ、オレの意識は暗闇に落ちて――。


「ほぅ? これは珍しい事もあるものだ」


 次に目が覚めたのは、享楽都市クジャヴァーラにある宿の一室だった。

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