参/覇権王国 2
車輪が青白い発光を伴う。
自身の能力を超越した馬たちが嘶く。
黒煙を割いてリリベルたちの馬車は突き進んでいく。
やがて複数の蹄鉄音と車輪が石畳を打つ音、そして男たちの怒号が聞こえてくる。
その光景が見えるのにさほど時間が掛からなかった。
一台の馬車が複数の馬に囲まれている。
「見えた!」
思わず声を上げたリリベルは嬉々とした表情を浮かべ、いまにも飛び出しそうで、御者の横の座席に片膝をついている。
荷馬車の幌は先ほどの爆発のせいか、幌が黒く焦げて、中の荷が露出するほど大きく破損している。
車輪を狙って爆発物を投げられたのだろうが、直撃は免れたようだ。
だが、様子から察するにすでに馬は疲弊し、然程速度が出ていない。
襲撃をかけた側は、体良く馬を寄せて乗り掛かりをかけているところだ。
「リリベル様! やはり引き返しましょう! ユナ様もいらっしゃるんですよ!」
後ろの客車から大きな声を上げたのはシェーニッツだった。
「構わぬ! 行くのは俺一人だ」
と、リリベルは走行する馬車から飛び降りる。御者の表情がひやりと青くなったが、その心配をよそに、地に足をつけた聖女が大きく跳躍する。
追いかける馬車のはるか頭上で、リリベルは状況を俯瞰する。
(八人……)
そのまま馬車の前方に降り、ふたたび跳躍。今度は高さを抑え距離を伸ばすように飛ぶ。
そして、着地と同時に凄まじい速度で走る。
荷馬車の後方につけていた襲撃者の視界にリリベルが入り込む。
目と目があって、リリベルはにやりと不敵な笑みを見せた。
「なっ……」
襲撃者が唐突に現れた少女の姿に気づいた時には、その身体は宙に投げ出されていた。
ごつっと石畳に叩きつけられ、襲撃者は体をぐにゃぐにゃと木偶人形のように変形させながら、激しく転がる。
騎手を失い戸惑う馬を尻目に、馬車の左方に走り抜ける。最前の一人が訳もわからぬまま落馬し、後続の馬に轢かれる。転がる仲間の上を駆け抜けた馬が驚き体勢を崩して倒れる。
その列の最後尾にいた襲撃者が、前方の二人の異変に咄嗟に気づき、直前でかわすも、不敵な笑みを浮かべる少女は目の前に飛び込んでくる。
わずかの時間で襲撃者たちを半数に減らしたリリベルは、再び馬車の後方に回り込む。
そして唐突に馬車は停車する。リリベルが片手で馬車を引き留めたのだ。急制動をかけられて荷馬車を引く四頭の馬が鳴き、止まった。
「なんだ!」
荷馬車の御者が驚き叫んだ。側方の襲撃者も回り込むようにして停車した馬車の前方に馬を回した。
その場の全員が困惑している。
その場の全員が見たのは、小さな少女であった。
馬車の後方から姿を現したリリベルは不機嫌そうである。
「なんだお前は」
盗賊らしき風貌の男が言った。野盗らしい髭を蓄えた三白眼がリリベルを睨みつける。
「気が変わった。走っている騎手を落とすことなどおもしろくないわ」
睨みつけていた野盗があたりを見回した。いまになって自身の仲間が半数に減っていることに気づいたようだった。
「嬢ちゃん。あんた何者だ?」
何かを察したように野盗が言った。
「お前たち辞術とやらを使えるか?」
「何を言うかと思えば……」
野盗が肩をすくめて見せた時、後方からユナたちを乗せた馬車が追いつく。
【求める記述は戦士ラスラゼルの爆炎】
【燃える空気、小さな火花】
【広がる火炎】
【爆ぜろ】
ーーパチン
追いつき、速度を落とし始めた隊商の馬車の車輪あたりから、突如爆発的な燃焼が起こる。それは強い衝撃と熱を伴う火炎となって馬車をひっくり返した。
「ああ、すまんな。見せてほしいと言うから」
男がにやりと笑って言った。それは間違いなく辞術であった。
「お前が何者かは知らねぇが、俺たちに手を出したことを後悔するなよ! 親分は爆炎系の辞術の使い手なんだ、消し炭になりたくなけりゃその馬車も置いてとっとと失せな」
「ふむ」
リリベルは襲撃者の言にうろたえることもなく、逡巡するそぶりだけを見せ、そして構えをとる。
「ならばその爆炎とやらで、俺をやってみるがいい」
「ほざけっ!」
爆炎の辞術師が右手を前に突き出し、何かを弾く動作をした。
刹那、リリベルの眼前に再び強烈な燃焼が起こる。
だが。
「なんだ? ぬるいぞ。児戯か?」
「!」
リリベルに向かって再び、男は指を数回弾く。そのたびに爆発が起こり、熱と衝撃がリリベルを襲うが、まったく意に介していない。
「なんだ貴様!」
「終わりか? ならばこちらの番だな」
リリベルが跳躍する。襲撃者たちの頭上のはるか上に跳ぶと、そのまま自由落下し、拳が大地に突き刺さる。
同時に起こる轟音と、地割れ。衝撃波を伴う強烈な拳の威力が、半径数メートルの地形を変容させる。
衝撃波の圏内にいた襲撃者たちは、あるものは吹き飛ばされ地面に叩きつけられ、あるものは地形の変化に巻き込まれた。
「もう少し派手なのを見せてもらいたかったものだ」
手についた土をパンと払いながら独りごちた。
「リリベル様!」
と後ろからシェーニッツの声が聞こえる。
何度も辞術の攻撃を受けたリリベルの服も焦げているが、シェーニッツもまた土埃にまみれてしまっている。
「まったく! 何やってるんですか!」
「ついて来ずともよかったのだ。俺はただ辞術というものがどれほどかを知りたかっただけだ」
息巻くシェーニッツにリリベルは呆れ顔で言うが、襲撃の現場に突っ込んだ自身の主人の無謀さに、シェーニッツも呆れた顔で返す。
シェーニッツの後ろからはユナが遅れてやってくる。ユナもまた埃まみれになってしまっている。
「リリ〜。大丈夫なんか〜」
「ユナこそ大丈夫なのか」
「心配するなら初めから無茶をしないでください! こちらは同行していた辞術師様の防御系辞術でなんとかなったから良かったものの……」
頭を抱えながら言うシェーニッツの横でユナはなにやらニコニコしている。
「なんだユナ?」
「いやぁめっちゃおもろかったわ! リリとの旅は飽きなくて済みそうやな」
そのことばにリリベルはカッと笑う。肝の座り方に関しては大商人の娘は、蛮族の王に匹敵するようだった。
蛮族、聖女に転生す〜最凶最悪の蛮族の王は英雄に討ち取られた後、一千年後の英雄の国の聖女に転生させられました。それにしても千年後の英雄の国がぬるすぎて今にも滅亡しそうです。 蒸気脳/Steam brain @kproject7530
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