6
ネロは病院から出るとすぐに、昌巳たちが居る病室の窓を見上げた。
「(セイント・バチカン教会に一応彼らと接触したことを報告したが………やはり良い反応はしなかったな。まったく、上層部は頭の固い連中ばかりで困る)」
それもそのはず。セイント・バチカン教会にとって、エンドロック三兄弟は煮え湯を飲まされた存在だった。
ハーリスは教会が忌み嫌う「闇」の力を持っている。そのため教会で育った退魔師たちの大半は闇に生きる存在を毛嫌い、消す。それが善なる心を持っていようとも、関係なく。
実際、ネロもハーリスたちと出会うまではそうだった。闇の住人たちを倒すことで人類の平和を守っていると考え、今まで魔を祓っていた。
だが、ハーリスは闇の力で善良な人々を救っている。彼の持つ闇の力は絶大だ。太陽の明かりですら真っ暗にするほどの、絶対的な闇をハーリスは自由自在に操れる。だかそれを利用し人々を害することは決してしなかった。
しかしセイント・バチカン教会にとって、ハーリスは敵以外の何者でもなかった。ネロもハーリスを敵と見なし殺そうとした。
だがハーリスはネロに手加減し、あまつさえ怪我を治してくれた。これにより、ネロは自分の持っていた退魔師としての常識を改めることになる。
セイント・バチカン教会はハーリスをこの世から消すべく優秀な退魔師を派遣した。しかし強い闇の力と不死身を兼ね揃えたハーリスに構うわけがなかった。それに、ハーリスを慕うシャズとアルバートが黙って見ているはずがなかった。
エンドロック三兄弟は襲い掛かる退魔師たちを蹴散らした。
セイント・バチカン教会は三兄弟の強さに歯痒い思いをし、そして最終手段として三人に多額の賞金を課す。
退魔師のみならず、同じ闇の住人を狩るハンターたちが賞金欲しさに彼らの命を狙った。
それがいけなかった。まさか三兄弟のバックにあんな恐ろしい存在が居たなんて───。
【久しぶりだね……退魔師】
「っ!?」
考え事をしていた時、頭の中で囁かれた声にネロは足を止め冷や汗を大量に浮かべた。
なぜなら、今目の前に、さきほど思い浮かんだ恐怖の存在が立っていたからである。
【おや、震えているなんて小鹿のようだね。まだ私が怖いのかい?】
「貴方は……ノア…!(いつの間に……!)」
ネロが恐怖する存在──ノアは金色の目を真っ直ぐネロに向ける。まるで全てを見透かされているかのような、しかし氷のように冷たい目がネロを貫く。その眼差しにネロは後ずさった。
【大丈夫、私は何もしないさ………あの子たちに手を出さない限りはね】
「っ………」
【まあ君は懲りただろうから危害を加えることはないだろうけど、他の退魔師はどうだろうね?過激な思想を持った子も居るんじゃないかな?セイント・バチカン教会は異端者を許さないからね】
「それは…っ」
【もしそうなったら、その時は容赦なく………消す】
ザワリ、と殺意と圧力と恐怖がネロを襲う。
金色の目から目を逸らすことが出来ず、ガクガク震える足を抑えようと力を入れた。
【ネロ・ピエトシカよ──】
ビクリとネロの肩が跳ねる。
【私は、出来ることならこの星の生命体を自らの手で滅することは好まない。だが、息子同然の彼らに危害を加えるのであれば、決して容赦はしないぞ………教会にそう伝えなさい】
「は、はい……分かり、ました……!」
【よろしい………聞き分けの良い子にとっておきの物をあげよう】
ノアは右手を上げると、パチンと指を鳴らした。
すると、ネロの足元に何かがボトリと落ちてきた。
【昨日呪具に脳みそを喰われ死に絶えた人間の頭だ。取るのが面倒くさかったから頭ごともぎ取って持ってきた】
「!??」
目や鼻、口から血を流し苦悶の表情を浮かべる男の頭に、ネロは顔を青ざめた。
【まだ空っぽの頭の中に呪具があるから、取り出すかそのまま頭ごと呪具を消すかは君が決めたまえ】
「……っ」
【じゃあ、さようなら。若き退魔師よ】
その言葉を言い放ち、ノアは一瞬にして消えたのだった。
ネロは、足元に転がる頭を見て、「なんで俺に……」と途方に暮れながらその場に立ち尽くしたのだった。
○
「ふふ、また呪いに犯された魂を回収出来たぞ」
黒いフードを目深く被った男は、真っ黒に穢れた魂をずた袋に入れながら笑った。
「あの渇美の指輪を与えた女も中々穢れていたな………だがあの指輪が破壊されてしまったのは勿体なかった。しかも、あの三兄弟が絡んでいたとは………あまり目立つ行動はしないようにするか。あの三兄弟は厄介だからなあ」
と男はずた袋を肩に担ぎ歩き出した。
路地裏の闇の中へと消えた男の居た場所には、頭が無くなった男の死体が転がっていたのだった。
渇美の指輪 終
ダークライトカオス モトマツ @999031
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