夜。満月が浮かぶ真っ暗な空の下。人気の無い街頭が照らす道を一人の女性が歩いていた。



「あ、もしもしお母さん?久しぶりー!元気だった?」



スーツを着た綺麗な若い女性が電話で母親と楽しく会話をしながら歩いていた。



「ごめんねこの前帰れなくて………うん………あ、次の休みは帰るから………大丈夫だよ!久しぶりにお母さんとお父さんの顔見たいし」



クスクス笑いながら電話の向こうに居る愛する母親にそう伝える。


背後から、ヒラリと白いドレスが揺れた。



「あ、やっぱりお母さんも知ってたんだ?うん、最近なんか変な事件が起きてるんだよね。しかも被害者が皆女性なのよ。………え?私?大丈夫大丈夫!ちゃんと気を付けてるから!お母さんは心配し過ぎだよ!」



電話に夢中になっている女性は気付かない。後ろから近付く存在に。



「あはは、だから大丈夫だって!……うん……うん……分かってるよ、ちゃんと食事も摂ってるから………私もう大人よ?あんまり心配し過ぎると体に悪いから」



鋭く伸びた爪がカチリと鳴る。



「はいはい、分かりました!じゃあ次の休みに帰るからね………ふふ、うん、じゃあおやすみお母さん」



女性はスマホの電話を切り、そしてようやく気が付いた。


街頭の光りにより出来た自分の影と、もう一つの異型の影が。



「え────」



女性が反射的に振り向く。そして見えたのは、こちらを見ながらギラリと光る赤い目だった。



【ミィツケタ〜!】

【クイモノ!】

【イッタダキマース!】

「!!」



ソレは、背後から飛んで来た三体の目玉の怪物たちに顔を向けた。


目の真ん中がパカリと裂け、そこから鋭い乱杭歯が覗いていた。三体はそのままソレに齧り付こうとしたが………。



【!?ギャーーー!!】

【バケモノー!!】

【コワ〜イ!!】



ソレの姿を見た瞬間、グルリと体勢を変え飛び去った。そして、



「………実はコイツら、かなりの臆病なんだ」

「そのナリで!?」



コツリと足音を立て現れたハーリスの右目の中へと、戻ったのだった。



「やっと見付けたぞ、渇美の指輪…!」

「あ、あっ……!」

「!いかん、一般人が居る!」

「おい姉ちゃん!早く逃げな!」



顔を青ざめ立ち尽くす女性にアルバートはそう叫ぶと、女性はハッと我に返り慌てながら走り去って行ったのだった。



「うぅ……よくも、邪魔してくれたわね……!】



ソレ……玉木はギョロリと赤い目をハーリスたちに向けた。



「………その姿……」



ハーリスは眼帯を着けながら眉を寄せた。


真っ黒なコウモリの翼が白いドレスを突き破り、額には黒い大きな角、手の爪は長く、耳まて裂けた口からは鋭い牙が見えた。その姿は紛うことなき……、



「悪魔!?」

【悪魔?何を言ってるのかしら。この美しい私を悪魔呼ばわりなんて失礼だわ……! 】

「………ネロ、まさか」

「ああ、呪具の代償だ………。渇美の指輪は、悪魔の呪いが宿った呪具。指輪を使い続けた人間は、やがて人の理を失い………悪魔と化す。現に、悪魔を召喚し渇美の指輪を最初に使った貴族の娘も悪魔化し、退魔師によって討伐されたと記録されている」

「強制的な怪異堕ちかよ………」



悪魔と成り果てた玉木は、もはや美しさからかけ離れたおぞましい姿となっていた。白いドレスを着ているせいか、余計に見た目が怖い。



「悪魔となってしまった以上、もはや貴様は討伐対象だ」



ネロはそう呟くと、懐から何かを二つ取り出し、それを両手に装着した。



「我が主の名において──魔を清め払い、平和と秩序を正す──Armen!!」

【!!】



銀色の十字架の形をしたメリケンサックがキラリと月明かりで光る。ネロは地面を強く蹴り、玉木に猛スピードで迫った。



「フンッ!!」



ネロの拳が容赦なく玉木に襲い掛かる。玉木は人間離れした動体視力で迫り来る拳を躱した。

その瞬間、玉木の背後にあった街頭がネロの拳を受け止め、ぐにゃりとくの字に曲がった。



「うわ……相変わらずのエグいパンチだな」

「アレを人間がまともに受け止めたら即死は免れないだろうな」



人間のスピードとは思えないほどのラッシュを繰り出すネロ。玉木は避けるのに必死だったが、十字架のメリケンサックが右腕に当たった瞬間、



ボキッ

ジュウウウ……!



【ぎゃあああああああああああああああッ!!私の腕がっ、肌があッ!!】



焼けるような音と十字架の酷い火傷がくっきりと出来上がった。ネロの拳の力で腕も折れ、骨が肌を突き破り悲惨な形となった。



「聖なる力を宿したメリケンサックだ。魔に堕ちた貴様の体に傷を付けられる」

【おのれ、おのれおのれぇ!!よくも私の美しい肌にこんな傷を……!!】



玉木は吼える。そしてバサリとコウモリの翼を広げた。



「うわ……もうアレが人間だったなんて信じられねぇわ……」



翼を広げた途端、玉木は空を飛んだ。満月を背に空中に留まった玉木は恐ろしい顔付きでネロを睨む。



【死ねぇっ!! 】



左手を天に掲げる。すると手のひらから真っ赤なエネルギー弾が現れた。



「悪魔の力すら使えれるようになったか」

「完全に悪魔になっちまったってことかよ。可哀想にな」

「何後ろでのんびり会話しているんだ!来るぞ!」



エネルギー弾がじょじょに大きくなっていく。しかしネロはそれに臆することなく構えたのだった。


その時、ネロの後ろから光の矢が飛んだ。矢は玉木の左側の翼を真ん中から切断する。



【ギャッ!!】



片翼を失った玉木はそのまま地面に落下。エネルギー弾も消えた。



「よくも私の昌巳に手を出してくれたな………」



ザッ、と身を起こす玉木に近付きながら地を這うような低い声を吐き出す。



「この悪魔女め………貴様は、この私がぶっ殺す!!」



矢を放った男、シャズは光の弓をバキリと真ん中から真っ二つに折った。折れた矢は二本の剣となり、容赦なく玉木に斬り掛かる。



【この、クズがああああああああああああッ!!】

「クズは貴様だああああああああああああッ!!」



起き上がった玉木は再生した右手の爪を伸ばし、シャズの光の剣を受け止めた。


そのまま二人は互いに切り付け合いを始めた。キン、キンと火花を散らしていく二人の姿に、三人は少し遠目から見ていた。



「シャズ………大人しいと思ったら温存してたのか」

「お前が先に攻撃を仕掛けたからなあ」

「このままシャズに任せるとするか」



と三人が会話しているなど今のシャズは気にもとめない。なぜなら憎くて憎くて仕方のない元凶が目の前に居るからだ。

玉木は爪でシャズの剣を防いだり躱したりしているが、切れ味の良い光の剣は白いドレスを切り刻んでいく。



【私のドレスが……っ!!ミンチにしてやるわ!!】

「それはこっちのセリフだ!!貴様を生きたまま挽き肉にしてやる!!私の昌巳に手を出したこと、後悔するがいい!!」

【はあ?まさみって誰よ!】

「貴様が今日ショッピングモールで襲った女性だ!!貴様のせいで、今昌巳は苦しんでいるんだぞ!!」

【知らないわよそんなこと!!綺麗な女どもは皆私の美しさを支えるエサよ!!この指輪さえあれば、私は誰よりも美しい女なんだから!!】

「見た目は綺麗でも、中身が醜悪ならば無意味!!いくら美しくとも貴様の歪んだ性格では誰も貴様を愛することはない!!」

【なんですって!?私は世界で一番美しい女よ!!誰もが私の虜に………】

「今の貴様はただの醜い悪魔だ!!それとっ!!生命力だろうとっ!!髪の毛一本たりともっ!!昌巳の全てはっ!!私のものだああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



シャズの大きな斬撃が、玉木の左手指五本を根元から切断した。渇美の指輪も指と共に玉木から落ちる。玉木の口から人とは思えない恐ろしい断末魔が放たれる。




「………アイツ、あんな気持ち悪い奴だったか?」

「………………」

「シャズぅ………やめてぇ………」



シャズの発言にネロはスンッと冷めた目を浮かべ、ハーリスは目を逸らし、アルバートは顔を両手で覆った。


しかしコロンと転がった指の中に渇美の指輪を見付けた途端、ハーリスは声を上げた。



「壊せ──夜眞斗!!」



その瞬間、街頭の光りによって作られたハーリスの影がゆらりと揺れた。そして、まるで水の中から飛び出すように人影が現れる。


それは、かつて幼い少女に取り憑いていた神霊──鳳凰寺夜眞斗である。



【────】



夜眞斗は鞘を抜き、コンクリートの地面に転がった指輪に刀を突き立てた。キンッ、と言う音と共に………渇美の指輪は綺麗に真っ二つになった。



【あ、ああああああああああああああああああッ!!!】



玉木は天に向かって悲鳴を上げる。そして動きを止め、シュウシュウと身体から黒い煙を吹き出した。



「よし!呪具がぶっ壊れたぜ!これで昌巳も元に戻るはずだ!」

「ああ。ありがとう、夜眞斗」

【……………】

「……なあ、それ、」

「あ?あー、ネロは知らなくて当然だよな。コイツは鳳凰寺夜眞斗!この前ハーリスと契約した神霊だよ」

「神霊………まさか、今噂になっているあの神霊か?」



ネロはハーリスの隣りに立つ夜眞斗を見た。



「日本で上位級の神霊が見つかったと聞いていたが………本当に居たのか」

「今はハーリスと契約してるぜ」

「マジで!?」

「夜眞斗、この男はネロ・ピエトシカだ。こう見えて強い退魔師なんだぞ」

【………鳳凰寺夜眞斗ダ】

「あ、ああ……どうも」




【い゙や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!】




夜眞斗とネロが挨拶を交わした時、悲痛な叫びが響き渡った。



【わ、私の身体がっ、美しい私の身体がああああああッ!!】

「っこれは……」



シャズは玉木から距離を取る。


今、玉木の身体はボロボロと崩れ始めていた。肌にはヒビが入り、右手の小指がポロリと地面に落ちる。そして塵となって風化した。



【いやっ!どうしてっ、私はただっ、ただ綺麗になりたかっただけなのに……!】



真っ赤な目から涙が零れ落ちる。



【ただブスだった私をからかっていた奴らを、見返したかっただけなの……!やだ、死にたくないっ!死にたくない死にたくない死にたくないっ!!助けてっ、助け────】



玉木がシャズに手を伸ばそうとする。しかしその腕は片口から割れ、地面に落ちて崩れた。


そして、玉木は倒れた。倒れた瞬間玉木の身体は完全に塵と化し、風に乗って消えていった。あとに残ったのは、切り刻まれ無惨な布となった白いドレスのみだった。



「………哀れな」

【可哀想ニ……呪イに身を任せタせイデ、自ら滅ぶトは】



地面に落ちている白いドレスを見て、ハーリスと夜眞斗はそう呟いたのだった。











──翌日

──残条総合病院



「いやあそれにしても、元気になってよかったぜ!」

「心配お掛けして、すみませんでした」

「いやいや、謝ることは無い。顔が元に戻ってよかった」



病室のベッドの上では、無事目を覚まし顔が元に戻った昌巳とお見舞いに来たハーリスたちが楽しく談笑していた。



「昌巳、本当に元に戻ってよかった…!」

「シャズさん」

「もし昌巳が死んでしまったら、私は……」

「シャズさん、もう大丈夫ですから。油断して呪具を持った人に襲われてしまったボクが悪いんです」

「いいや!君は悪くない!悪いのは呪具を使って欲を満たしていた奴だ!」

「あーはいはい。二人ともそこまでにしなよ。昌巳も目が覚めたばっかなんだからあんまり無理すんなよな」

「は、はい」



アルバートはシャズの肩を優しく叩き「まあ好きな女が無事目を覚ましたんだから興奮すんのは無理ないかあ」と笑った。その笑みにシャズはアルバートの腹を左肘で殴る。



「影百合昌巳くん、今回は巻き込んでしまって本当にすまない」

「ネロさん」

「俺たちが油断していたせいで君に辛い思いをさせてしまった」

「いいえネロさんたちのせいじゃないです。ボクもまさかまだ明るい時間に、しかもショッピングモールに居ただなんて思いもしなかったので。………それにしても、呪具の所有者が死んだなんて……」

「呪具は文字通り呪いの道具だ。強い効果を発揮するが、必ず代償が伴う。最悪所有者の命すら奪う物なんだ」

「人を呪わば穴二つってな」

「そんな危険な物が、日本に………」



昌巳はぶるりと震えた。シャズはすかさず昌巳の背中を擦り落ち着かせる。



「俺は引き続き呪具と犯人の捜索をする。今回は助かった。ありがとう」

「何かあればいつでも連絡してこい。俺たちも手助け出来ることがあれば協力しよう」

「ああ、助かる。じゃあ、またな。影百合くんも元気で」

「は、はい!ネロさん、気を付けてください!」

「じゃあな〜」



ネロはハーリスたちに頭を下げたあと、優しく微笑んで病室から出て行ったのだった。



「………あ、そうだ。シャズさん」

「ん?なんだい?」

「あの、お守りのお礼と言うか……ボクも何か贈れたらと思って、コレを……」



昌巳はサイドテーブルにあったショルダーバッグを取ると、ある物をシャズに見せた。


それは、透明な小袋に入った、太陽の形をしたブローチだった。



「しゃ、シャズさん光を操れるから、太陽にしたんです」

「………これを、私に?」

「は、はい!……ダメでしょうか?」



「ダ メ な わ け あ る か ッ !!!!」



シャズは腹の底から大声を出し、昌巳の手ごとブローチを握った。



「一生の宝物にする!!!!」

「へ!?」

「め、めちゃくちゃ喜んでいるな………」

「あんなに喜んでるシャズ初めて見た………」



そのあと、看護師がやって来て「病室で騒がないでください」と注意されてしまったのだった。目を丸くする昌巳とシャズに、ハーリスとアルバートは苦笑した。




こうして、渇美の指輪と言う呪具の事件は、所有者の死と言う少し後味の悪い結果で終わったのであった。



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