4
──残条南アーケード
「これで五人目だな……」
「ハーリスモテモテだあ……」
「まあ、あのナリじゃあ男どもが寄ってくるのも当たり前か……」
多くの人が賑わうアーケード内。その中にある大きな像の前で、ハーリスは若い男から食事のお誘いを受けていた。その光景を、ネロたちは離れた場所から見守っている。
「にしても、あそこまで美人にしなくてもよかったんじゃないか?」
「いや、オレただそのまま女体化させただけで何もしてねえよ」
「え゙……じゃあ、まさかアレは」
「女として産まれたらああなっていたと言うことだな………」
「………アルバート、貴様が女になった姿はどんな感じだったんだ?」
「いやーん!ネロくんのエッチ!」
「ぶち殺すぞお前!」
「貴様らもう黙れ……」
シャズは呆れたような顔をしながら、懐からスマホを取り出した。画面を開き、通知が無いことに少し残念そうな顔をしていると、ネロが話し掛けてきた。
「何回スマホを見ているんだお前は」
「ふん、貴様には関係ないだろう」
「………そんなにあの子のことが好きなのか」
「だから何だ」
「いや………お前みたいな家族以外に冷めた態度を取る奴が、他人を好きになるなんて考えてもなかったからな」
「貴様に私の何が分かる」
ネロを睨み付けながらスマホを懐に戻す。
「私は昌巳以外の女には興味も無い。これからもあの子のみを愛する」
「………変わったな。良い意味で」
「はあ?訳の分からんことを言うな」
「何喧嘩してんだよー二人とも。………あ、ハーリスが戻ってきた」
ネロとシャズが会話をしていた時、ハーリスが噴水から離れ三人の元へと戻ってきた。
「おかえり」
「まったく最近の男どもは………俺の胸やら尻やらをウザいくらい見つめていたぞ」
「うわあ………」
「欲望丸出しだな」
「まあ、そのナリじゃあな………」
「お?ネロは胸派か?それとも尻派か?」
「その口をホッチキスで塞ぐぞ」
ハーリスは疲れたかのような表情をしながら、近くにあるベンチに座った。
「うーん、もうちょっと目立った格好したら?」
「喪服を着ているのにこれ以上目立つ格好をしろと?」
「例えば露出の高い服とか。足とか胸とか見せてみなよ」
「実の兄に向かってなんて言う提案を……」
「今は姉だろう…………ん?」
その時、シャズのスマホから着信音が鳴り響いた。
「!昌巳っ!」
「え?昌巳から?」
「よかったなシャズ」
「うるさいぞ退魔師………もしもし昌巳?」
シャズは嬉々しながら電話に出る。と、
『ぐすっ、あ、あんたシャズ?』
「え………その声、貴様影百合花凜か?」
「何?」
昌巳からの着信のはずなのに、出たのは妹の花凜だった。近くに居たハーリスたちも意外な電話の主に驚く。
「なんだ妹の方か」
『なんだって何よ!!ああもうそんなことどうだっていいわ!!』
「うるさい!大声で喋るな!まったく………さっさと昌巳を出せ」
『む、無理よぉ……』
「は?」
『お、お姉ちゃんが、お姉ちゃんがあ……!!』
「────え?」
………すると、シャズはサングラスの奥で目を大きく見開いたあと、手を震わせながらスマホを離した。
「どうした?」
「…………昌巳が、ショッピングモールで何者かに襲われて………今、危険な状態だと………」
顔をこれでもかと真っ青にし、シャズはハーリスたちにか細い声で伝えたのだった。
───残条総合病院
病院の廊下をハーリスたちは走る。通り掛かった看護師から「走らないでください!」と注意されるも、今は聞く余裕すらなかった。
四人は聞かされた番号が書かれた病室に入る。そこには二人の父親である影百合昌彦が憔悴した表情を浮かべながら立ち尽くしていた。そしてベッド近くにある椅子に座りながら泣いている花凜の姿が………。
「昌巳ッ!!」
「!?え、誰!?」
「あっしまった。女の姿のまま来てしまった。俺だ昌彦、ハーリスだ」
「ええええええ!?な、なんで女性に!?」
「アルバート!」
「あーはいはい!」
アルバートはハーリスの肩に手を置いた瞬間、ハーリスは瞬時に女の身体から男の身体へと元に戻ったのだった。
「い、一体何をなさっていたんですか?」
「そんなことより、昌巳は?」
「あっ!じ、実は……!」
「は、ハーリス……昌巳の顔が……!!」
シャズの震えた声にハーリスは病室に置かれたベッドを見る。
そこに、病院服を着た昌巳が眠っていた。しかし、
「顔半分が………」
「老いている…!?」
昌巳の左側の顔面が、まるで80代の老婆のようにしわがれていたのだ。
「どうしてっ、私の昌巳に何があった!?」
「わ、分かんないっ!私がトイレに入って手を洗ってたら、知らない女がいつの間にか居てっ」
「女…!?」
花凜は涙を流しながら事を説明する。「女」と言う言葉に、ハーリスはすぐさま反応した。
「その女の特徴は?」
「え、えっと……帽子にサングラスとマスクしてて顔は分かんなかったけど……あ!左手に指輪をしてたわ!」
「指輪だと!?まさか、この指輪か!?」
「……うん、これに似てたような気がする!」
「そんな、ウソだろ……!」
ネロが見せた写真を見て頷いた花凜に、アルバートは顔を真っ青にする。
「迂闊だった、油断していた、盲点だった!まさかショッピングモールに居たとは……!」
「よくよく考えてみれば、ショッピングモールにはファッションショップがたくさんある。つまり、若い女が多く来るはずだ…!」
「クソっ!!しかもまだ明るい時間に出るなんて……!!」
ハーリスたちは悔しげに顔を歪めた。シャズは昌巳の手を握り締め項垂れている。
「なぜだ………お守りだって渡したのに……」
「そのお守りなんだが……見ろ」
ネロは昌巳のショルダーバッグからある物を取った。
「焦げている」
「何!?」
顔を上げネロの右手を見てみると、確かにお守りの表面は真っ黒に焦げていた。
「お守りが焦げたと言うことは、呪具の力がお守りより強かったと言うことか」
「いや、正確には強くなっていると言った方が正しい。渇美の指輪の所有者がたくさんの人間の生命力を吸い取った影響で、指輪本体にも力が宿り始めているんだ」
「だが、このお守りが無ければ昌巳はあの被害者たちのようなミイラになっていただろうな………」
「これが無事だと言いたいのか?昌巳の顔半分が老いているんだぞ!!」
「シャズ落ち着けよ!!」
ハーリスに掴み掛かるシャズをアルバートは止めた。ハーリスはシャズの肩を掴むと優しく押し退けたのだった。
「無事だなんて一言も言っていない。見ろ、昌巳の顔を…………少しずつだが、シワが増えて行っている」
「!?」
ハーリスの言う通り、昌巳の顔は老いた左側からジワジワとシワが生まれていた。
「じゃあ、渇美の指輪の力がまだ…!?」
「ああ。少しずつ昌巳の生命力を吸い取っている」
「持続型だと!?そんな話、聞いたことないぞ!!」
「お守りの力に邪魔されて一気に生命力を吸い取れなかったからだろうな。だが、これはまたと無いチャンスだ」
「え?」
ハーリスの言葉に三人は目を丸くした。
「すまないが昌彦、花凜ちゃん。昌巳を頼む。何かあったら連絡してくれ」
「は、はい」
「……お姉ちゃん、助けてくれる?」
「ああもちろん。必ず助ける」
力強く頷くと、花凜は涙を拭いて「じゃあ頑張ってちょうだい!」と言ったのだった。
「なあハーリス、チャンスってどう言うことだよ?」
病院から出た四人。アルバートはさっきの発言に首を傾げた。
「今昌巳は渇美の指輪に生命力を吸い取られている。つまり、昌巳と渇美の指輪は今繋がっていると言うことだ」
「確かにそう言われてみればそうだが……だがそれがどうチャンスに繋がるんだ?」
「この場合に対して、とっておきの奴を持っている」
ハーリスはそう言うと、右目の眼帯を取った。
すると、真っ黒な空間が広がった右目から、何かが飛び出してきた。
【イエ〜イ!ヒサシブリノソトダア!】
【ヤッホ〜イ!】
【シャバノクウキオイシイ!】
それは、大きな丸い目玉の形にコウモリの羽が付いた怪物三体だった。
「な、なんだそれは!」
「コイツらはオレが飼っているモノの一つ……いや三つか?まあいい、コイツらの目は特殊でな。見えないものを捉えることが出来る」
【オオサマ、コイツシラナイニンゲン】
【クッテイイ?】
「ダメだ。この人間に手を出したらお仕置だぞ。あと他の人間もだ」
【ナンダザンネン】
怪物たちはネロから目を逸らした。ネロは自分がエサと見られていたことに冷や汗をかいた。
「俺は退魔師だが………こんな奴ら今まで見た事が無いぞ」
「だろうなあ」
「……さっき見えないものを捉えることが出来ると言ったな?」
「ああ。コイツらを使って、昌巳と繋がっている渇美の指輪の“線”を見てもらう」
「線?」
「簡単に言えば、昌巳の生命力を現在進行形で吸い取っているホースのようはものだ。その線を辿って行けば」
「なるほど!渇美の指輪に辿り着く!」
「その通り。というわけでだ。線を捉えて案内してくれ」
【イイケド、ソイツクッテイイ?】
「いいぞ」
【ワーイ!】
「お、おい!!」
はしゃぐ怪物たちにネロはハーリスの肩を掴んだ。
「所有者を殺す気か!?」
「どのみち、呪具を使ってしまった人間の末路は決まっている。お前も知っているだろう」
「それはそうだが…!」
「それに奴は俺の仲間を傷付けた。代償は払ってもらう」
「……………ああそうだ…その通りだ」
ハーリスの後ろで、シャズはボソリと呟いた。
「呪具の女は私の昌巳をあろうことか襲い……あのような顔にした……」
「しゃ、シャズ?」
「許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない…!!必ず見つけて、ぶっ殺してやる…!!」
シャズから凄まじいほどの殺意が溢れ出す。すぐ近くにある、植えられていた木の上に止まっていた小鳥たちも逃げるように飛び去り、病院の庭に侵入し寛いでいた野良猫もビャッと走って消えたのだった。
「おい……シャズ…?」
「うっわ……シャズ激おこじゃん……」
「久しぶりに見たな………」
「呑気なこと言ってる場合か!?」
「仕方ねえよ。最愛の昌巳に手ぇ出しちまったんだから」
「こうなってしまっては俺も手が付けられん。所有者を殺すまでは収まらんぞ」
「(マジか………と言うかコイツ、激怒するとこんな風になるのか!?)」
ぶつぶつと呟きながら殺気を放つシャズに、ネロは少し距離を置こうと後ずさったのだった。
○
「あら?治ってる…?」
数時間前まで左手にあったケロイドのような傷は、もうすっかり治り跡形もなく消えた。
真っ白で細くスベスベな肌に、玉木はニンマリと笑った。
あの時、ショッピングモールで可愛らしい少女を襲ったが、まさか邪魔者が入るなんて思ってもみなかった。しかしその人間が男の格好をした女だとすぐさま気付き、生命力を吸い取ろうと後ろから首を締めた。
だが何かしらの力に弾かれ、そのせいで左手を火傷しすぐにその場から立ち去ったのだった。
あの女が今どうなっていようが、玉木にとって知ったことじゃなかった。
「ふふ、傷すらすぐ治っちゃうなんて………」
左手を頬ずりしながら、目の前にある物を見つめた。
壁に掛けたハンガーに飾られた、純白の白いワンピースドレス。いつも通り掛かる店に置かれた、ショーウィンドウ越しからずっと見ていたドレスが今、自分の手元にあることに優越感を抱いた。
以前の玉木ならこのドレスを身に着けることなど不可能だっただろう。しかし、今は違う。
この指輪のおかげで、玉木は理想の美しさを手に入れることが出来たのだ。
「ふふ、ふふふふふふっ!夢にまで見たドレス……!やっとこの手に、この身体に纏うことが出来るのね!」
玉木は紅潮しながら白いドレスに手を伸ばし、指先で優しく撫でた。
「嗚呼っ、貯金をはたいて買っただけあるわ………」
着ていた服を脱ぎ、ドレスに袖を通す。肌触りが良い生地にふわりとしたレースが、今まさに玉木の身体を包み込んだ。
「ふふふふっ、あははははははははっ!!」
言いようの無い歓喜が笑い声として出る。部屋のすみに置かれた姿見の前に立ち、スマホで鏡に写った自分の姿を撮る。
「SNSもみぃんな私にイイネをたくさんくれる!美しい、綺麗、羨ましい……どれも私が欲しかった言葉を送ってくれるわ!嗚呼、嗚呼っ、私は今最高に美しい……!!」
玉木は姿見に写った自分をうっとりと見つめる。そして鏡に頬を寄せた。
その時、コツリと言う音が聞こえた。
「あら?………何かしらこれ」
玉木は顔を離し前髪を避ける。顕になった額の左右のすみに、小さな硬い出っ張りがあった。
「やだ、ニキビかしら?でも痛くないわね………」
人差し指で額の出来物を触る。もしニキビなら、せっかく綺麗になった自分の姿を損ねてしまう。また女性から生命力を奪って治さないとと。
「さあ、もっともっと綺麗になるわよ!世界で一番美しくなるために、邪魔な女どもは消して行かなきゃねえ!」
玉木の笑い声が部屋中に響き渡ったのだった。
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