「いや、いやいやいやいやいやいやいや!!何がどうしてそうなった!?」

「そうです!なんでハーリスさん女の人になってるんですか!?」



ネロは顔を真っ青にしながら、女性となったハーリスに声を荒げた。昌巳も頷いてハーリスのいきなりの変貌に驚く。


髪型や目の色は男の時と同じだが、豊満な胸にくびれた腰、美脚、綺麗な顔立ち。女性の美貌を兼ね揃えた姿をしたハーリスは両腕を組み仁王立ちした。



「俺が女になって奴をおびき出す」

「何!?」

「渇美の指輪を持った奴は、美しい女の生命力を狙うのだろう?被害者たちも、生前綺麗な女性だったからな」

「まさか囮になるんですか?!」

「ああ。俺ならたとえ襲われても対処出来る」

「だからって何の躊躇もなく女になれるのか!?どんな精神力してるんだお前は!!というかこの数分のうちにどうやって女になった!?」

「あ、それはオレのおかげー」



とアルバートは右手を上げた。



「アルバートの「混沌」の力で俺の身体を女に変化させたんだ」

「ええ!?」

「前言っただろ?オレ色んなこと出来るって!」

「色んなこと出来過ぎだろう!!一体お前は幾つもの能力を持っているんだ!?」

「複雑で多彩な能力を宿した力……それが「混沌」だ。アルバート自身すらその限度と数は把握出来ていない」

「この力発見したのいつだったっけ?」

「十年前くらいだな。女ばかりを狙う怪異をおびき出すために女装を考えていたら、お前が「女になれたらいいのにー」と言った瞬間、その場で女になったな」

「弟が一瞬にして女に変わったあの衝撃は忘れない………」



サングラスの奥で遠い目をするシャズに、昌巳は同情するしかなかった。



「アルバートの力は他人にも作用出来るものがある。だからこうして簡単に綺麗な女に変身することが出来たんだ」

「それを可能に出来たお前たちと、即決して自分から女になろうとする判断力が凄い………」

「しかしハーリス、本当に大丈夫なのか?」

「心配するな。俺には“切り札”があるからな」

「ああ……なるほど」

「………切り札?」

「それは後々説明するからー」



まあとにかく、とハーリスはヒールを鳴らした。



「犯人はこの残条町に居るのは確かだ。町中をぶらぶらすれば犯人が俺に目を付け、人気の無い場所を狙って襲うだろう」

「そんな簡単に上手く行くかなあ」

「ならば全員女になって囮になればいい」

「「「遠慮します」」」

「あ、あはは……」



始めて男三人の心が一致した瞬間だった。



「あ、そういや昌巳、もうそろそろ行かなきゃならないんじゃないの?」

「え?………あっ」

「ん?なんだ用事か?」

「あ、はい。これから妹と買い物する約束をしてまして………でも、本当に良いんですか?」

「ああ大丈夫だ。せっかく花凜ちゃんが誘ってくれたんだろう?それに、家族の時間は大切にしないといけないからな」

「……ありがとうございます」

「だが昌巳、今回の犯人が町で彷徨うろついている。だから充分警戒するんだ。お前は怪印があるから余計に気を付けなくてはいけないぞ?」

「はい、分かってます。もし何かあったら連絡しますね」

「あ、お守りは持ったか?」

「はい、持ちました」



昌巳はショルダーバックからお守りを出して見せた。



「……やはり私もついて」

「だ、大丈夫ですよ!シャズさんは事件に集中してください!」

「だが」

「ボクは大丈夫ですので。それに今は昼間なので、犯人が明るい時間に事件を起こす可能性は低いですし……」



渋るシャズに昌巳は苦笑いを浮かべながら説得した。



「昌巳ー、早く行かないと遅刻するぜー」

「はい。本当にありがとうございます!じゃあまた明日!」

「ああ、また明日」

「あっ、昌巳っ……!」



昌巳はハーリスたちに手を振りながら職員が運転する車に乗り、去って行った。遠くなっていく車に、シャズは名残惜しそうな顔をする。



「……あの男もあんな人間らしい顔をするんだな」

「なんだ意外か?」

「ああ………ふっ」



シャズの姿にネロは微笑する。馬鹿にしている笑みではなく、どこか安心したような色を宿していた。



「シャズ、今は事件に集中しろ。早く犯人を見つけ呪具を回収すれば昌巳も安心するだろう」

「……そうだな」

「ハーリスどこ行く?」

「取り敢えず人ごみの多い場所へ向かうか」



とハーリスたちは事件の捜査を続行した。


のちに、悲劇がやって来るとは知らずに………。











───ライアントモール



「あ!お姉ちゃん次あっち!」

「ま、待って花凜〜…」



残条町で一番大きいショッピングモール、ライアントモール。豊富なファッション店に映画館、また数多いゲームが並ぶゲームセンター、様々な専門店などが数え切れないほど存在しており、平日でも多くの客が混み合うほどの人気ショッピングモールだ。



「もう!お姉ちゃん疲れたの?まだ来て二時間しか経ってないよ?」

「ご、ごめんね?あんまりこういうとこ来ないから………」

「情けないなあ〜。あ、じゃああそこのカフェに入ろうよ!ホットケーキ美味しそうだし!」

「うん」



早く早くー!と小走りする花凜の姿に、昌巳はふっと笑った。





花凜の実母であり、昌巳の義母であった影百合理恵が起こした昌巳暗殺事件。


外道術師を使い昌巳を殺し、花凜を影百合家当主にするために企てていたのだが、ハーリスたちの活躍により潰えた。


事が明るみになり、理恵の所業に花凜は激怒し拒絶。夫の影百合雅彦も理恵に対し愛情が冷めてしまった。その絶望と昌巳たちに対しての憎しみが人の理を外し、怪異に変貌してしまう。


だがそれも、ハーリスたちの手により呆気ない最後を迎えたのだった。


怪異となった理恵の遺体は、時間が経つとボロボロの塵となって消えた。残っていたとしても、術師たちによって消されていただろう。


その後花凜は大好きだった母親が愛する姉に向けていた悪意と怪異堕ち、そして死にショックを受け数日部屋に引きこもっていた。


しかし昌巳と昌彦の献身的な支えにより、じょじょに元気を取り戻し、今こうして無事元の性格さと活発さが戻ったのだった。





「ねえお姉ちゃん」

「なあに?」

「あの三兄弟のうち誰か好きになった人居るの?」



危うく飲んでいた紅茶を吹き出す所であった。



「ゲホッ!げほっ……い、いきなり何を!?」

「だってぇ、あの三兄弟と一緒に仕事してるんだから恋心持たないのかなって思って。それに三人ともイケメンだし」

「あ、あの人たちにそんな……!」

「でも現に一人言い寄られてるじゃない。シャズだっけ?」



花凜はホットケーキを食べながら呆れたような表情を浮かべた。



「あの男見る目あるわ」

「しゃ、シャズさんをあの男呼ばわりしたらダメだよ…!」

「それにお姉ちゃんのこと本当に大切にしてくれてるし。そのバックにつけてるお守りだってシャズって人がくれたんでしょ?」

「え、」

「やっぱり!お姉ちゃん愛されてるじゃない。もっと自分に自信持って良いんだからね!」



ショルダーバッグにつけているお守りを指で触る。確かにこれは、昨日シャズから貰ったお守りだ。にこやかに笑いながらお守りを差し出して来たシャズに、昌巳は感謝している。


確かにシャズは毎日のように自分に愛の言葉を囁いてくれるし、守ってくれる。恐ろしい怪印を宿した人間にも対等に扱ってくれる優しい人だ。兄弟と自分以外、他人には冷めたいが………。



「はあー!お腹いっぱーい!ここのホットケーキ美味しかったあ!」

「それはよかったね」

「じゃあ次行ってみよー!」

「ええっ!?もう行くの!?」

「当ったり前じゃない!ほらお姉ちゃん早くお店巡り再開するよー!」

「げ、元気だなあ………」



会計を済ませればまた元気よく歩き出す花凜に、昌巳は苦笑いするしかなかった。しかし、こういう時間も悪くはない。



「(お守りのお礼に、何か贈ってみよっかな…………)」






あの子も良い、この子も良さそう──


玉木はショッピングモール内で楽しく買い物をしている女性たちに目を忙しなく動かす。



「(やっぱり人がたくさん居る場所は最高ね。若くて綺麗な女がいっぱい居るわ……)」



ファッションショップや美容品が売っている専門店があるモール。なので若い女性客がたくさん行き交っていた。玉木はそんな彼女らを舌なめずりしながら品定めする。



「(あの子も綺麗だわ。嗚呼、あの女も………どれも綺麗だから迷うわね。いっその事全員から………いやダメだわ。そんなことしたら目立っちゃうし……慎重に行かないと……)」



ベンチに座りながら獲物を選ぶ。左手の人差し指に嵌めた指輪が切なげなオーラを放った。



「ふふ、もう少し待って……極上のエサを探してあげるわ……」



ニヤリと笑いながら指輪を愛しげに撫でる。近くに通りかかった人はその姿の妖美さにドキリとしながらも逃げるように去って行ったのだった。


指輪から目を離し、再び行き交う女性客に目を向ける。


その時、一人の少女が前を通りかかる。



「!(今の子供……可愛らしい顔だわ!)」

「花凜〜、待って〜」

「早く早くー!」



元気ハツラツな花凜の姿に、玉木の笑みは深くなった。



「(まだ子供だけど………あんなに可愛らしい顔立ちなら将来は……!それに子供の若さなら……!)」



玉木は帽子とマスク、サングラスを取り出し着けると、通り過ぎていく花凜と昌巳を気付かれないように追いかける。獲物を見つけた肉食獣のように。


子供であろうが、今の玉木の目には美味しそうなエサにしか見えていなかったのだった。






「お姉ちゃん!ここで待っててね!」

「はいはい」

「はいは一回!ぜぇーったいここから離れちゃダメだからね!」

「分かったから早く行きなよ……」



と念を押しながら花凜はモール三階にある女子トイレへと入って行った。三階フロアの奥にあるためか、今は花凜と昌巳しか居ないようだった。昌巳はその出入口の近くの壁に背中を預け待つ。



「(もうこんな時間かあ………そろそろ帰らないとな)」



腕時計を見たあと、ショルダーバッグの中に入っているある物を指で触った。



「(一応買ったけど………シャズさん喜んでくれるかな?もし嫌な顔したらすぐ仕舞おう………)」



とバッグの中から手を抜き、花凜が出てくるのを待っていた。すると、黒い人影が昌巳の前を通り過ぎた。


黒い上着に帽子を目深く被り、サングラスとマスクを着けた女性だった。まるで素顔を隠しているかのようなその女性は、昌巳を素通りし女子トイレへと入った。


その時、



「(…………あれ?さっきの人……)」



女子トイレへ入った女性の左手に、光る何かがあったのを昌巳は見た。



「(指輪?………それに、どこかで見たような……)」



既視感を感じた昌巳の頭の中で、ある物が思い浮かんだ。


ネロが見せた古ぼけた写真………その写真に写っていた、綺麗な赤い石が飾られた指輪。さっき見た指輪にも、同じ赤い石が………。



「っ!!」



途端、昌巳は女子トイレに駆け込んだ。


洗面台で手を洗う花凜の背後に、帽子の女性が立っており左手を花凜に向かって伸ばしていた姿が目に写った。


花凜は手を洗っていて気付いていない。昌巳はすかさず花凜の元へ走った。


被っていたキャスケット帽子が落ちても、妹の元へ。



「花凜ッ!!」



昌巳は女性を突き飛ばした。女性は床に倒れる。



「えっ?お、お姉ちゃん?」

「花凜逃げようっ!!」



振り向けば、知らない女性を突き飛ばした昌巳の姿に呆然とする花凜。昌巳はそんな花凜の手を引いてここから離れようとした。


しかし、その時背後から昌巳の首を何かが締める。


指輪の赤い石が妖しく光った瞬間、何かが奪われる感覚が昌巳を襲った。



「あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

「お姉ちゃんっ!!」



昌巳の口から悲痛な声が溢れた。すると、バチンッ!!と言う音と共に、昌巳と後ろから首を締めていた女性が弾かれる。



「っ……!!」



女性は左手を庇いながら女子トイレから走り去って行った。



「お姉ちゃん!!お姉ちゃんしっかりして!!」



床に倒れた昌巳に花凜は揺さぶって起こそうとした。その時、昌巳の身体が仰向けになる。



「お姉───え?」



昌巳の顔を見た瞬間、花凜は悲鳴を上げたのだった。




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