「まあその話は別の機会にしよう。ネロ、話を戻すがお前はここで何をしているんだ?」



ハーリスは腕を組みネロをまっくず見つめた。過去に自分を殺そうとした相手に抵抗なく話し掛けるハーリスに、ネロは顔を逸らした。



「別に……お前たちには関係ないだろう。俺はちゃんとラズベリー財団日本支部に許可を取って来たんだ」

「……その遺体袋に入っているものと関係があるのか?」

「………!?まさか、お前たちもこの遺体を見に来たのか?」



ネロは台に置かれた遺体袋に目を向けた。



「ああそうだ」

「日本支部からの正式な調査依頼だぜ!」

「ということはつまり………お前たちも俺と同じ事件を調べている……?」

「まあ、そうなるな」



頷いたハーリスに、ネロは「マジかよ………」と頭を抱えた。



「取り敢えず、遺体を見て構わないか?」

「あ、ああ………」



ハーリスたちは遺体袋に近付き、チャックを開けた。


中に居たのは、まるで体内にある全ての水分を取られ、口を大きく開き、目が落窪んだ干からびたかのような茶色いミイラが横たわっていた。



「ひっ…!」

「昌巳、無理して見ることはない」



その異様な遺体に昌巳は口に手をやり短い悲鳴を上げる。そんな彼女にシャズはすかさず支えた。そんな昌巳を見たネロはアルバートに尋ねる。



「………ずっと気になっていたんだが、その少年は誰だ?」

「この子は影百合昌巳だ。俺たちの助手をしている」

「そして私の将来の妻になる子だ」

「今の言葉は無視して構わんからな」

「………お前の兄って男色の気があったのか?」

「んなわけないじゃん!!気持ち悪いこと言うな!!というか昌巳は女の子だからな!?」

「女ぁ!?」



アルバートの言葉にネロは驚愕しながら昌巳を見た。



「なんで男の格好をしているんだ!?」

「い、家の古くからある掟でして……」

「なんだそれは!?変わった掟だな!!」

「あ、オレも同じこと思った」

「もういいから話を戻すぞ。………被害者の名前は日方洋子ひがたようこ。二十三歳だったな?」

「は、はい。昨夜未明に、道端で倒れている人を発見した男性が近付くと……もうすでにこの有り様だったそうです」

「ビックリしただろうなあ……」



完全にミイラと化した遺体を見てしまった発見者に、アルバートは同情したのだった。



「ミイラの変死体はこの遺体を合わせ計五体か………可哀想に」

「死因は?」

「それが不明でして……」

「ま、この有り様じゃそうだろうな。つーことは怪異の仕業で決まりだな」

「………いや、違うかもしれん」



その時、ネロが呟いたことで四人は遺体から目を離した。



「………なんだ?何か知ってるのか?」

「…………少し待ってくれないか?」

「あ?何をだ?」

「俺が今調べている件とお前たちが今追っている事件はどうやら一致しているらしい。だが………」



ネロは両腕を組み、考え込み始めた。



「なんだ?知ってることがあれば教えてくれ」

「そんなこと言ったってなあ!!教会から出来るだけお前たちと関わるなって言われているんだよ!!だから今回の件を話すべきか今考えてるところだ!!」

「あ……なるほど」



その言葉に、ハーリスは苦笑いしたのだった。




──五分後



「よし、では話そう」

「意外と決心すんの早かったな」

「うるさいっ!」



遺体安置室から一旦出たハーリスたちは、何かを覚悟したネロの言葉に耳を傾けた。



「まあ、お前たちに話した方が手っ取り早く済むと思っただけだ。…………俺がこの日本に来た理由は、あるものの捜索をするためだ」

「捜索?」

「………実は一ヶ月前………セイント・バチカン教会で厳重に保管されていたはずの呪具数点が、何者かに盗まれてしまったんだ」

「え!?」

「なんだと?」



ハーリスは眉を寄せた。



呪具───

その名の通り呪いの力が宿った道具。姿形、呪いの力は様々だが、使い方によっては人を簡単に殺すことが出来る危険な存在である。歴史はかなり古く、悪魔などの悪しき力によって作られた道具だと言われている。



「セイント・バチカン教会の本部からか?」

「ああそうだ。犯人はまだ分からん。奴は呪具が保管されている地下倉庫に忍び込み、呪具を幾つか奪っていまだに逃走している。噂では裏切り者が現れたと言われているが………」

「それとこの事件になんの関係があるんだよ?」

「実は、盗まれた呪具の一個がこの日本で見つかったんだ」

「み、見つかった!?」

「ああ。幸い被害者はあまり出なかったが……その呪具を使おうとした男が下半身をごっそり失ってしまった」



その言葉に、昌巳は顔を青ざめた。



「死に際、その男は“黒いフードの男”と言い残した。恐らく、呪具を盗んだ犯人だ。セイント・バチカン教会は“犯人は日本に居る”と考え、犯人の捜索と逮捕または処刑、そして呪具の回収、破壊の任務を俺に与えたんだ」

「だから貴様はここに来たのか」

「そうだ。そして、今回のあの干からびた死体………あれはその盗まれた呪具の一つと関係しているのかもしれないんだ」



とネロは遺体安置室に目を向ける。



「じゃあお前、あのミイラの死体はその盗まれた呪具を使った人間がやったって言いたいのか?」

「ああ」

「う、嘘……生きた人間が犯人?」

「その呪具とはなんだ?」

「………“渇美かつび指輪ゆびわ”」



ネロは懐からある一枚の古い写真を見せた。そこに写っていたのは、赤い石がついた指輪だった。



「渇美の指輪?」

「その指輪の呪具が現れたのは、中世時代の頃らしい」





───その昔、とある貴族の娘が居た。娘は裕福な生活をしていたが、ただ一つ悩みがあった。


それは、自分の容姿だった。


華麗な令嬢たちとは違い、美しさの欠片も無い自分の姿に娘は苦しみ、悩んだ。いつしか外にも出ず、部屋に引きこもるようになった。


そんなある日、娘は家の書庫で見つけた黒魔術の本を読み、黒魔術に興味を持つようになる。そして、娘はある恐ろしい事を思い付いた。


悪魔を召喚し、自分を美しい女性に変える願いを行おう、と。


娘は悪魔召喚に必要な道具、そして生贄を集めた。生贄は、綺麗な顔立ちをした若い女性の遺体だ。夜の町に行き、一人のところを狙って襲い、殺した。約四人もの女性を、この手で殺めたのだ。


娘は魔法陣を描き、生贄を並べて呪文を唱えた。すると、見事に悪魔が現れたのだ。


悪魔は娘の「美しい姿になりたい」と言う願いを聞き、娘が指に嵌めている指輪に呪いを掛けたのだ。




それが呪具………渇美の指輪の誕生だった。




「渇美の指輪は、綺麗だと思った女性に指輪を着けた指で触ることで生命力を吸い取り、装着者に美しさを与えることが出来る。しかし、装着者に触られ生命力を奪われた者は、あのようなミイラとなって死ぬんだ」

「じゃあ、今回の被害者はその指輪をつけた人に生命力を奪われて……!」

「………殺された」

「うわ…マジかよ……」



犯人は生きた人間で、恐ろしい呪具を着けている可能性が高いことが分かり、ハーリスたちは顔を顰めたのだった。



「渇美の指輪の行方は?」

「それがまだ分からん。だが急いで見つけないと大変なことになる」

「大変なこと?触った相手をミイラにしてしまうことよりか?」

「それもあるが………記録によると、渇美の指輪を装着した人間は美しくなるが、美に対し貪欲になり、手当り次第襲い掛かるようになるらしい」

「何?」

「それに指輪は呪具………呪われた道具だ。それを使った人間の末路がどんな風になるか、お前たちだって知っているはずだ」



ネロの言葉に、ハーリスたちは顔を見合わせたのだった。











「部長、頼まれた資料が出来上がりました」

「ああありがとう!いやあ玉木ちゃん、綺麗になった途端仕事も出来るようになったねえ」

「ふふっ」



さら、と煌めく黒髪が揺れる。カツカツとヒールを鳴らしながら歩く姿に、男性会社員たちは目を奪われた。



「なあ、あの子ってさ、いつもすみに居た女だよな?」

「ああ、影が薄くてブサイクだった子だよ。なんか見違えたよな?」

「いや見違えたって言うレベルじゃねえって!面影一つも無いじゃん!」



と男性社員たちはヒソヒソと小声で会話をする。



「………ねえ、あの子って何をどうしたらあんな風になれたわけ?」

「知らないわよ私に聞かれても!というか私が知りたいわ!」

「整形したのかしら……」

「たった数日であんなに見違えるなんて………」

「いいなあ……」



女性社員たちも、玉木の姿に嫉妬と羨ましさを向けた。

そんな彼らを見て、玉木はほくそ笑む。



「(嗚呼なんて心地良いの…!皆が私に注目してる!)」



玉木は窓ガラスに写った自分の姿を見る。


そばかすだらけだった顔はシミ一つない真っ白な小顔になり、一重瞼は二重に変わり、目は丸くパッチリに、大根のように太かった身体はスラリとした細身になり、胸も大きく綺麗な形になって揺れていた。


数日でもはや別人に、美しい女性に変身した自分の姿に、玉木はご満悦だった。



「(これも全て、この指輪のおかげ…!)」



玉木は制服の胸ポケットの中に入っている指輪をポケットの上から触る。


あの日、黒いフードの男から貰った指輪。


言われた通り夜中に人気の無い道を歩く女性を、後ろから指輪を嵌めた左手で首を締めた途端、何かが自分に流れて来るのを感じた。


気が付けば女性は変わり果てた姿で息絶え、反対に自分の身体は………服がぶかぶかになるほど痩せていたのだ。


この指輪は本物だと実感した玉木は、綺麗な女性を見つけては襲い、生命力を吸い取っていった。


生命力を吸い取るほど玉木の姿は変わっていき、そして今はすっかり会社の中で一番美しく綺麗になって男性社員たちの目を釘付けにしていた。



「(この私が誰よりも綺麗になるなんて夢みたい…!あの人はきっと私を助けに来てくれた神さまなのね!)」



フードの男を神と崇めるほど、玉木はとても感謝していた。だってこの美しい姿になった玉木は毎日が幸せに満ちているからだ。


しかし、



「(もっと、もっと美しくなりたいわ。この会社だけじゃなく、日本……いいえ、世界中を虜にしてやる!そのためにはもっとたくさんの女の生命力を奪わないと!)」



この姿になって満足していたはずなのに、今よりもっと美しい姿になりたいと言う願望が強くなっていく。



「(この世で一番美しい女は、私だけで充分なのよ…!)」



玉木は誰にも見られないように気をつけながら、胸ポケットから指輪を出した。うっとりと指輪を見つめる玉木の目は、もはや正気ではなかった。


自分の目に写った指輪から異様なオーラを放っていたことなど気付かないほどに。











──三日後



「今回も被害者が出たか……」



住宅街のゴミ捨て場に、まるで捨てられたかのように横たわるミイラの遺体に、ハーリスは眉を寄せる。



「昨日も二人出ました。早く呪具を見つけないと、さらに被害が拡大して大変なことになります…!」

「分かっている。だが、呪具は見つかり難い上に小さな指輪だ。探すのは困難だろう」



ハーリスは両腕を組み顔を険しくした。



「なあネロ!お前呪具が簡単に見つかる道具無えのかよ」

「そんなものがあったらとっくに俺が見つけている!」

「ふん、使えん奴だ」

「なんだと!?」

「ま、まあまあ………」



要らない一言を呟いたシャズにネロが詰め寄ろうとしたが、そこに昌巳が入ったことで何とか落ち着いた。



「どうするハーリス?昌巳の言う通り早く呪具を探して犯人とっちめないとマジヤバいぜ?」

「………仕方ない」



ハーリスは組んだ両腕を下ろすと、シャズたちに顔を向けた。



「アルバート、ちょっと来い」

「え?おう……」



ハーリスに呼ばれアルバートが近付くと、彼は何かを耳打ちした。



「え!?アレを!?」

「仕方ないだろう。もうこの手しかない」

「えー……まあハーリスがやるって言うなら……」

「すまないが少し離れるぞ」

「あ、はい……」



二人は現場から離れ、住宅の塀の曲がり角へと消えた。



「あの……お二人は何をしているんでしょうか?」

「さあ?」

「なんか嫌な予感が………」



シャズと昌巳、ネロは二人の帰りを待った。



── 一分後



「はーい。お待たせー」

「アルバートさん、おかえ…………え?」



戻ってきたアルバートに目を向けた昌巳は、彼の後ろに居る存在に目を丸くした。



長身で綺麗な足を黒タイツで包み、黒いスカートスーツの喪服に黒コートを羽織った、右目に眼帯を着けた女性だった。


大人の色気と雰囲気を放つ、とても美しい女性に、昌巳は首を傾げる。



「あの……どちら様ですか?」

「……おいアルバート、どう言うことだ?」



ポカンとするネロの横で、シャズはアルバートをギロリと睨んだ。



「怒んなよ!ハーリスがやれって言ったからやっただけだ!なあハーリス!」

「ああそうだ」

「…………え?」



アルバートは女性をハーリスと呼んだ。その言葉に、昌巳は手を震わせながら女性を指差す。



「まさか………ハーリスさん?」

「その通り」



ニヤリと口紅が付いた唇を弧に描いた女性、ハーリスは愉快そうに左目を細めたのだった。





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