渇美の指輪



白くて綺麗なドレス。それを着るのがとても憧れだった。


しかし………玉木鈴たまきりんはショーウィンドウに写った自分の姿を見て、ため息をついた。


そばかすだらけの大きい顔に一重瞼、髪はボサボサで暗い顔をしており、腕や足が大根のように太いぽっちゃり体型………それが自分だ。


玉木は自分の容姿がとても嫌いだった。この体型や顔立ちのせいで小学校時代に「子ブタ」とあだ名をつけられイジメられ、中学、高校でもクラスメイトから体型をいじられた。


また初恋の男子に勇気を出して告白した際も、



ごめん、ブスとは付き合えない



と言われ、その言葉にショックを受け泣きながら帰ったのを今でも思い出す。それ以来男性に対し不信感を抱き始めたのは言うまでもない。


社会人になった今でも、出来る限り誰とも接することなく会社で仕事に集中した。友だちを作ろうなど考えてもいない。どうせ裏切るに決まっている。


しかし、やはり自分も女だ。おしゃれだってしたいし、可愛い服だって着たい。この白いドレスを着て、自分をいじめた人たちにあっと言わせたい。


そう思って過去にダイエットをしようと決意したが、やはり続かず、化粧も慣れてないせいで醜いな顔がさらに醜くなってしまった。


ダイエットも化粧も上手く行かず、諦めた玉木は体型が良く顔に恵まれた女性を見かけるたび嫉妬の念を燃やす日々を送っている。



なぜ他の女は恵まれているのに、自分は恵まれていないのか


外見だけで判断し欲情する男なんて穢らわしい


私だって綺麗になれるのならなりたい



鬱々とした日常を送る玉木にとって、この世界は理不尽で汚く、滅んでしまえと思うほど嫌っていた。


そんな玉木は、ショーウィンドウの奥にある白いドレスから目を離し、はあ〜と深いため息をしてその場から離れたのだった。


自分をある一人の人影が見ていたことに気付かずに。







仕事を終え、真っ暗な人気の無い道を歩く玉木。今日も何事も無く一日が終わろうとしていた。


しかし、その日は違った。



「そこのお嬢さん……」

「………え?」



背後から声が聞こえ、反射的に振り向く。見ると、街頭の下、ライトで照らされたソコに、黒いフードを被った人間が立っていた。声からして男のようだ。



「あの、なんでしょう……」



玉木は怪しいと思いながらフードの男に返事をする。すると、



「綺麗になりたくはないかい?」

「は?」

「なんの苦労もなく、誰もが虜になるほどの美貌を持ちたくはないかい?」



口を三日月にしながら、フードの男はそう言った。その言葉に玉木はあからさまに顔を歪める。



「貴方なんですか?ふざけてるんですか?警察呼びますよ」

「いやいや、私はふざけてなどいないさ。私はね、君のような子を助けたいんだよ」

「はあ?助ける?」

「君はこう思っているんじゃないかい?なぜ自分の容姿は恵まれていないのか、と」



フードの男の言葉に、心臓がドキリと跳ねた。



「綺麗な女性を見るたび、怨嗟と悔しさの感情が高まるんじゃないかい?」

「わ、私は」

「君を責めているわけじゃない。当たり前のことさ。自分よりも恵まれ幸せそうな人間に嫉妬するなんて、何らおかしくはない。………そんな君に、良い物をあげよう」



すると、フードの男は右手を前に出すと、指で摘んだある物を玉木に見せた。


それは………



「………指輪?」



綺麗に光り輝く、血のように真っ赤な石がついた指輪だった。銀色の輪っかには何かの記号のような文字が刻まれており、どこか異質な雰囲気を醸し出していた。



「この指輪を着ければ、醜い自分の姿が誰もが羨ましがるほどの美貌に変わることが出来る」

「え?」

「本当さ。これを着けて確かめればいい。何、簡単なことさ、綺麗な女に触ればいい・・・・・・・・・・。たったそれだけだ。そうすれば、自分が望んだ美しさを手に入れることが可能だ」



フードの男は笑いながらそう言った。



まさか、そんな簡単に綺麗になれるわけがない────



そう思っていても、美しく輝く指輪から目を背けれない。気付けば、玉木は指輪をフードの男から受け取っていた。



「さあ、その指輪を嵌めてごらん?」



そうは言っても、自分の太い指に入るかどうかも難しいサイズだ。しかし、男の言う通りにし、指輪を左の人差し指に嵌めようとした。


すると、不思議なことが起こった。指輪が、するんと人差し指に入ったのだ。抵抗なく綺麗に嵌められたことに、玉木は驚いた。



「ふふ、その指輪はどうやら君を主と認めたらしい。さあ………欲望のままに美しさを欲しなさい。そうすれば君は、世界で一番美しく綺麗な女性となるだろう」

「世界で……一番……」



玉木はさっきまでの疑心を消し去り、美しい指輪をうっとりと見つめる。

指輪に付いた赤い石が、月夜の光りで怪しく輝いたのだった。











「あ、すみません!」

「はい?」



町を歩いていた昌巳に、一人の中年の男が声を掛けてきた。



「私、■■芸能事務所から来たんだけど……君、モデルとか興味ない?」

「え?」

「君ならさ、トップモデルになれるかもしれないよ?ホラ顔がとっても可愛いから!」

「いや、ボクは」

「大丈夫大丈夫!最初はカメラに慣れてなくても次期に慣れるから安心して!」

「あの」



グイグイ来る男に昌巳は困惑する。と、



「おいおっさ〜ん?この子に何やってんの〜?」

「………え?」



男の背後から、大きな影が差し掛かる。



「昌巳に何か用か?」

「は、ハーリスさん!?」



エンドロック三兄弟は昌巳に迫っていた男を見下ろす。長身でガタイの良い外国人に見下ろされた男は、顔をサッと青ざめ後ずさった。



「昌巳、この男は?」

「え、えっと、■■芸能事務所の人らしいです。なんか、モデルにならないかと言われまして……」

「■■芸能事務所ぉ?………………へぇ〜、確かに芸能事務所だなあ。主にAV出してるとこだけど」

「えっ…!?」

「貴様……私の昌巳に何をさせる気だったんだ?」

「ひ、ひい!!」



スマホで検索したアルバートの言葉に昌巳は顔を赤らめ、そして青筋を浮かべたシャズがサングラス越しに男を睨み付けたのだった。



「………消えろ」

「は、はい!!失礼しましたあああああッ!!」



ハーリスの一声に男は転けそうになりながらも走って逃げたのだった。



「昌巳、大丈夫か?」

「は、はい」

「お前、顔可愛いからすーぐ変な奴に目をつけられるんだぜ?気を付けろよ?」

「え……そんな。ボクは可愛くなんて」

「いや可愛いぞ昌巳。世界で一番、いやこの世で誰よりも可愛い女性だ」



とシャズは昌巳の手を取り顔を寄せる。昌巳は咄嗟に少し離れ、シャズに苦笑を浮かべた。



「しかし昌巳、お前は確かに顔立ちが良い。さきほどのように怪異のみならず良からぬ奴が君を狙う。少しは自覚を持ち警戒した方がいいぞ」

「は、はい。分かりました」

「ほんとに分かってるのかねー。まあいいや。全員揃ったとこで早く行こうぜ」

「ああ」



エンドロック三兄弟は昌巳を入れて、再び歩き出した。



「しっかしなあ、干からびた死体なんてそんな変死体久しぶりに聞いたな」

「ひ、久しぶり?」

「生気や生命力を吸い取っていた怪異を昔倒したことがあってな。その被害者は全員ミイラのように干からびていたんだ」

「何年前ぐらいだっけ?」

「もう三十年ほど前だな」

「そ、その魔物は?」

「もちろん、私たちが見事に倒した」

「武勇伝聞きたい?」

「えと、大丈夫です………」



ハーリスたちの今まで解決した怪異事件には興味はあるが、少し怖いので止めた。



「遺体は確か日本支部に安置されているんだったな?」

「はい。お父さんから遺体の確認は自由にして構わないと言ってました」

「それはよかった」



四人は町中を歩き、すぐ近くにある日本支部へと向かったのだった。






日本支部の建物に辿り着くと、建物の地下一階にある遺体安置室へとエレベーターで向かう。



「なんか前もここに来た時、真っ先に地下行ったよな」

「あの時は地下五階だ」

「四階上がっただけじゃん」



エレベーターの中でそんな会話をしていると、すぐに地下一階に到着した。


地下一階は、主に怪異に殺された被害者たちの死体を解剖、安置などを行う場所である。警察では理解出来ない変死体もこちらで回収し、調べている。


四人は地下一階フロアの奥にある遺体安置室へと向かった。そしてその扉を開けて中に入ると、



「………あ?」

「え?」



遺体安置室の中心に、遺体袋が置かれた台があった。その台の前に、黒い服を着た男が立っている。



短い金髪をオールバックにし、切れ長の目に端正な顔立ち、黒い牧師服を着た二十代後半くらいの男だった。鍛えているのか筋肉がついていて、ハーリスと同じくらいの長身だ。



男は胸の上で十字を切り、目を閉じている。昌巳はなぜここに牧師が居るのか分からなかった。すると、



「あれ?お前もしかして………」

「ネロか?」

「………ん?」



牧師の男はハーリスとアルバートの声に気付き、目を開け彼らの方に顔を向けた。


………数秒、ハーリスと目が合った途端、



「わあああああああああああああああああああああああああッ!!!?」



牧師の男はこれでもかと顔を青ざめ、遺体が安置されている安置棚の壁まで勢いよく後ずさったのだった。



「おおおおお前ッ!!ハーリス・エンドロック!?」

「久しぶりだな、ネロ」

「やっぱりネロじゃん!よっ!」

「やはり貴様だったか………」

「ゲッ!?次男と三男まで?!なんでお前たちがこんな小さな島国に居るんだッ!!」

「それはこちらのセリフなんだが………」



ネロと呼ばれた牧師の男はハーリスたちの姿を見て物凄く慌てていた。その姿に、昌巳は頭の上に?マークを浮かべる。



「あの……お知り合いですか?」

「あ、そっか。昌巳は知らねえよな」

「この男は“ネロ・ピエトシカ”。バチカン市国にある退魔組織“セイント・バチカン教会”に所属する退魔師だ」

「セイント・バチカン教会!?」



セイント・バチカン教会───

バチカン市国を中心に世界で活動している退魔師の組織。悪魔、魔物などを主に相手にしており、将来有望な退魔師を育成、また危険な力を秘めた道具や物を回収し保管などを秘密裏に行っている。



「な、なんでセイント・バチカン教会の人がここに?」

「そうだそうだ!お前なんで日本に居るんだよ」

「まさか、またハーリスの命を」

「そんなわけないだろっ!!あんなことがあったのにまたこの男に手を出したら、今度こそ教会が滅ぶわ!!」

「え?」



ネロがハーリスを指差しそう声を荒らげる。その言葉に昌巳は首を傾げた。



「あの、どう言うことですか?」

「三年前、この男とイギリスで出会ったんだ。人間を襲う魔物を追ってな」

「協力してその魔物を退治しようとしたらさ、ハーリスの持つ闇の力を目撃した途端、ハーリスをぶっ殺そうとしたんだ」

「ええ!?」

「セイント・バチカン教会を始めとした退魔師は闇を嫌う。悪魔や魔物は闇の存在だからな。だからバチカン教会にとって、闇を操るハーリスは敵以外の何者でもなかったのだ」



アルバートとシャズの説明に驚いた昌巳はネロを見る。ネロはどこか居心地が悪そうな顔をしていた。



「まあハーリスが完膚なきまでに返り討ちにしたんだが………ハーリスの存在を危険視したセイント・バチカン教会がハーリスを討伐しようと他の退魔師を寄越したんだよ」

「しばらく退魔師に命を狙われていたな」

「そ、そんなことが」

「だが、そんなセイント・バチカン教会のやり方にアレが怒ってしまってな……」

「アレ?」



三兄弟は渋い顔をした。



「俺たちをこの世に産まれさせた存在だ……」

「えっと……確か“大いなる存在”…?」

「ああ。ハーリスの命を狙うセイント・バチカン教会にめーちゃくちゃ大激怒しちまってさあ。バチカン教会の本部に乗り込んで、建物を破壊するほど暴れ回ったんだよ」

「!?」

「いやもう……本当にあれは地獄だった……」



ネロは疲れ切った表情を浮かべたのだった。



「奴は上の連中に“次ハーリスを狙ったらお前たちの存在ごとこの世から消してやる”と脅し、壊した本部をあっという間に修復して消えたんだ………その事件のせいでセイント・バチカン教会はアレの存在を恐れ、ハーリスを含むエンドロック三兄弟に手を出すなと箝口令を出したんだ」

「まさか“ノア”がそんなことをするとは、俺たちも思ってもみなかったが……」

「ノア?」

「アレの名前だよ。神の如き力を持った正体不明の大いなる存在………ノア。ソイツのせいでオレたち、長いこと生きてるんだよな」



とアルバートは冷めたように、そして呆れたような声色でそう言った。




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