──数日後

──残条町・星の子園



「しょうこちゃーん!いっしょにおままごとしよう!」

「うん!しよう!」



日本支部が経営している施設の一つ、“星の子園”。そこではある理由で親が居ない子供を保護し、守り、育てている。


今、その広い敷地で彰子は同い年の子たちと楽しく遊んでいた。


その姿を、施設から少し離れた場所から見守っている人影が居た。



「………満足したか?夜眞斗」

【……………ああ】



その人影、夜眞斗にハーリスたちは近寄った。



「夜眞斗さん……」



昌巳は泣きそうな顔をしながら夜眞斗を見つめる。




彰子は、強制的に縁切りされたその衝撃で、夜眞斗とハーリスたちと過ごした記憶がごっそり消えてしまった。


恐らく夜眞斗の縁と共にハーリスたちの縁も切れたのだろうと、彰子を見たプロの術師はそう言った。それ以外は身体に何ら不調は無かったそうだ。



そして、元凶である坂的遥輝はと言うと……。



強い力を持った神霊に祟られたという知らせを聞いた現坂的家当主、遥輝の父親はこれを重く受け止め、遥輝を勘当し外道術師が収容されるような暗い地下牢に入れた。


遥輝の身体はすでに、夜眞斗から与えられた火傷が全身に広がっていた。膿が溢れ少し動けば全身に激痛が走り、そして異臭を漂わせていると言う。一度遥輝はこの苦痛から逃げるため舌を噛み切ろうとしたが、なぜか歯が舌の上から動かず出来なかったらしい。


これも、夜眞斗の祟りの力だ。


寿命尽きるまで祟りに蝕まれ、苦痛を受け続ける。途中で死ぬことは、許されない。


この祟りを恐れた坂的家は、遥輝に泣かされ悔し涙を飲んだ被害者たちに謝罪し回り、慰謝料を支払ったり奪われた怪異を元契約者に返したりしているらしい。そして今後一切、遥輝を死ぬまで地下牢から出さないと誓った。


しかし、今更な遅い謝罪に被害者たちは許しはしないだろう。坂的家の努力は虚しく、批判や中傷が殺到し術師の名家と言う立派な肩書きは消えたのだった。


全てを失いもう二度と陽の光りを見ることも叶わなくなり、永遠に祟りに苦しめられることになった遥輝は、今も地下牢で呻き声を上げながら嘆いているという。




彰子はその後、星の子園に入れられ、こうして普通の平穏を取り戻し楽しく過ごしている。


夜眞斗は一時的にハーリスたちの元に保護され、そして今日、施設に入れられた彰子の様子を見に来ていたのだ。




「………夜眞斗よ、お前はこれからどうする?ここで彰子を見守り続けるのか?」

【………イや、彰子はモう大丈夫ソうだ】



子供たちと笑い合いながら遊ぶ彰子に、夜眞斗は目を逸らした。



【俺が居れバ、彰子ニまた迷惑ガ掛かる……もう、あの子ノ人生に俺ガ関わっテはいけない】

「そんな……夜眞斗さん……」

「じゃあお前どうするんだよ」

「また、あの空き地に戻るのか?」

【………………】

「………なあ夜眞斗、お前が良ければの話だが………俺と契約しないか?」

【!!】



夜眞斗は驚いた顔を浮かべながらハーリスを見た。



「俺たちがただの人間では無いことを、神霊であるお前なら気付いているはずだ」

【……………】

「昨日さ、話し合ったんだわ。アンタのことどうするのか」

「貴様は神霊の中でも異様に強い。恐らくその力を狙って良からぬことを企む奴らが現れるだろう。あの馬鹿のせいで、貴様の存在が露呈したからな」

「日本支部のみならず、本部もお前の存在を知った。それだけでなく術師界でもお前の話題で持ちきりだ」

「術師界にゃ頭の硬い保守派がたくさん居るからなあ。お前を封印するか討伐するかで意見を言い合ってるみたいだぜ?」



あの八限村で起こった騒動は術師界に瞬く間に広がった。夜眞斗の存在を恐れる者が多く、封印して抑え込むか、術師総出で滅するか、と考えている術師たちが居るらしい。


夜眞斗は申し訳なさげに軍帽を下に少しだけずらした。



「で、だ。俺たちなら術師界に顔が効く。お前を守ってやれる」

【俺は……守らレる存在デはない】

「これは彰子のためでもあるんだ」

【!】

「確かにお前と彰子の縁は切れた。だが、また縁が結ばれる日が来るかもしれない。その日が来るまで、俺がお前の傍に居てやろう」

【………本当か?】

「ああ。俺もまた彰子と話したい。お前だって本当はそう思っているはずだ。だから待とう。諦めずに待ち続ければ、きっとまた彼女は俺たちに笑顔を向けて、名前を呼んでくれるさ」



ハーリスは優しく微笑み、そう言った。すると夜眞斗は少し考え込んだあと、俯いでハーリスの前で片膝をついた。



【鳳凰寺夜眞斗の名の元ニ、この命ヲ掛け貴方を守ルことを誓オう………】

「………よろしく、夜眞斗」

【こちらコそ………ハーリス】



ハーリスと立ち上がった夜眞斗は互いに手を握った。それを昌巳は目に涙を浮かべながら見守っていた。



「よかった…!」

「ああ」

「上位級の神霊と契約したハーリスは無敵だな!いいなあ、オレも強い奴を仲間にしたいぜ」

「馬鹿な貴様には無理だろう」

「ああん???」

「シャズさんっ、アルバートさんっ、喧嘩しないでください…!」



自分を挟んで喧嘩を始めようとする二人に昌巳は縮こまったのだった。



【……仲が良いナ】

「ふ、そうだろう?」

【ああ……俺モ、妹が居たカら分かる。………ここダけの話、彰子は俺ノ妹ニ似ていタんだ】

「本当か?」

【ああ……あの子ハいつモ赤い髪紐ヲ使ってイた。アの明るい笑顔も………だから、離れ難かっタ……】

「なるほど。そういうことだっか…………じゃあ、行こうか。契約の儀式をしないとな」

【うむ】



ハーリスは睨み合う弟たちと昌巳の元へ向かう。夜眞斗は星の子園に目を向けたあと、名残惜しむかのように背中を向け、歩き出したのだった。


夜眞斗は、振り返らなかった。






「しょうこちゃん、そのフリルのワンピースかわいいね!」

「どこでかったの?」

「うーん、それがね、わかんないの!きづいたらこのふくがあって、とってもかわいいからきてみたの!しょうここのふくだいすき!」

「へー、いいなあ」

「えへへ………あと、なにかたいせつなことわすれてるようなきがするんだあ。なんだろうなあ?」

「えー?へんなのー。あ、すべりだいであそぼう!」

「うん!」











【………私が神格を与えた霊がここまでの力を発揮するとは】



星の子園から離れていくハーリスたちを、高いビルの屋上から見つめる存在が居た。


銀髪の謎の青年、ノアだ。



【うーん、ちょっと力与え過ぎたかな?まあいっか。でもまさかあの三人と巡り会うなんてね………これはもう運命としか言いようがないな】



ノアはハーリスの後ろで歩く夜眞斗に目を向けた。



【ご褒美として、切れた縁を元に戻してあげよう。でも人間の子はまだ小さい……縁がいきなり戻ったらまた何かの影響が出るかもしれないな。仕方ない、二十年くらい経ったら戻そう。ふふ、皆の喜ぶ顔が目に浮かぶなあ】



声は笑っているが、その表情は動かず無のままだ。


しかし、その金色の目は慈悲と慈愛に満ちており、楽しく会話をする五人を見守っていたのだった。






しょうことやまと 終

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