俺の家は裕福だった



食べるものには困らず、綺麗な服を毎日着られ、使用人に支えられていた



毎日が幸せだった



しかし、俺の元に赤札がやって来た時、全ては壊れた



母は嘆き悲しみ、父はお国のために働くんだぞと涙を流しながら背中を押し………妹、たえは泣きそうになるのを我慢しながら俺の胸に縋りついた



「兄さん、兄さんは必ず帰って来てくださいね」



そう言って俺の胸元を濡らしていく妙に、俺は必ず生きて帰ると約束した



約束……したのだ………








激しい爆発音が響き渡り、死体が俺の周りに転がっている



全員俺が殺した敵兵だ



皆、俺と同じように帰りを待っている人たちが居たかもしれない



だが、俺も、何をしてでも生きて帰らなくてはならないのだ



愛する両親と妹が居る日本に



うおおおおおおおおおおおおッ!!!



敵兵の大群が銃剣を持って走ってくる




「敵を倒せええええええええ!!」




俺は腹に力を入れ叫ぶ。後ろに居た兵たちが俺の後についていく



銃弾の雨を掻い潜り、敵兵を撃ち殺し、突き刺し、息の根を止める



仲間が死んでいっても俺は止まらなかった



喉が乾き、食料が少なくなっても、病気になろうとも



必ず、生きて、帰るために











………どれほどの日が経った?



俺はいつになったら祖国に帰れる?



なぜ戦争は止まない?



俺はまだ人を殺さなくてはならないのか?



仲間が少なくなり、窶れていく姿はもう見たくない



ダアンッ



………なぜ、からだがうごかない



はらからでるこのあかいのはなんだ



かえ、らなく、ては



ははに、ちちに、いもうとに、



あい、た──────






【……強い願いを感じたから来てみれば、もう事切れているじゃないか】


【いや、まだ魂はあるね。ちょうどいい、君の願いを叶えてあげよう】


【普通の幽霊では面白くないから、君に神格を与えてあげる。さあ、これで君はどこへだって行けれるよ】


【もちろん、愛して止まない故郷へだって───】






…………あたたかい



目を覚ますと、見覚えのある景色が広がっていた



所々焼けているが、間違いない



ここは、俺が住んでいた町だ!



だが、どうしてだ?俺は確か戦場で………いや、考えるのは後だ



母さん!



父さん!



妙!



俺は戻ってきたぞ!



慣れた道を走り、家へと向かう



やっと、家族に───






「鳳凰寺さんも可哀想にね………」

「ええ……この前の空襲で家ごとご家族が焼け死んで……」

「妙さん、まだ若かったのに………」



後ろから聞こえてくる話し声を背中で聞きながら、俺は焼け落ちた屋敷を見つめることしか出来なかった



母さんも、父さんも、妙も、もう、居ないのか?



俺は、なんのために



なんのために……戻ってきたんだ?






「あそこ、鳳凰寺さんの屋敷があった場所、出るらしいわよ」

「まさか、空襲で死んだ鳳凰寺さんが化けて出てきたのかしら?」

「やだ怖いわあ……近付かないようにしましょう」



誰も俺が見えていないようだ



当然だ、俺は死んでいるのだから



落ち着いて自分の姿を確認すれば、あのボロボロになった軍服ではなく綺麗な服に変わり



戦場の環境でやせ細っていた身体も、生前よりも大きくなって戻っていた



それに見覚えの無い刀まである。だがこの手にしっくり来るのはなぜなんだろう



一体俺は、何になったんだ?



焼け落ちた屋敷はやってきた人間たちの手によって片付けられた



まっさらになった土地に、俺は居続ける



産まれ過ごした土地だと言う理由もあるが、行く場所も無かったためここに居るしかない



本当なら両親と妹が居るあの世に行きたいのに



なぜ、俺は成仏しないのだろう






どれほどの月日が経っただろうか



服が変わり、見覚えのない物を持つ人間が目の前の道を歩いていく



まだ俺は、この土地に居る



草が生え、荒れた土地に昔の思い出の気配は無くなっていった



………俺は、ずっとここに居るしかないのだろうか?



誰も俺の存在に気付かない。常に孤独だ



嗚呼頼む



誰か、俺を────見つけてくれ




「……………おにいさん、こんなとこでなにしてるの?」




…………!



小さな子供が、俺に顔を向けている?




「おにいさんひとりぼっちなの?………じつはしょうこもなんだよ」




そんな、馬鹿な、



この子は、今俺に話し掛けているのか?




「しょうことおにいさん、おなじだねっ」




黒い髪に赤い大きな髪紐………嗚呼、あの子に、妙に似ている




「しょうこといっしょにくる?ふたりぼっちならさみしくないよ!」




小さな手が俺に差し出された。そのあたたかい手に、俺の指が触れる



やっと、やっとこの長い孤独から抜け出せれるのか………



俺はその手をギュッと握り締めたのだった






この子、彰子は優しい子だ



こんな死者の俺を友だちだと言って怖がらない



聞けば彰子の両親は亡くなり、今は親戚の家で暮らしているらしい



俺と同じ……家族を失った



ならば俺がこの子を支えよう



俺のように、長い孤独に苛まれないように



この子の笑顔を、俺が守らなくては





………だが、彰子と暮らし始めてから、親戚の人間は彰子を怖がり、そして何も言わず別の親戚の家へ送り出した



その後も同じように親戚から別の親戚へと転々と移動する生活を送った



原因は………やはり俺だった



俺が生者である彰子と共に居れば、人の姿をしていないものが彰子に近付いてきた



それらのせいで、家に何かよからぬ事が起きるようになった



あの時も、彰子に優しかった女性が突然刃物で襲い掛かってきた



思わず俺は怒り、家の中にある物が全て動いてしまった。そのせいで女性の頭に置き物が落ち、大怪我を負わせてしまう



分かっていた………分かっていたのだ



死者である俺が彰子の傍に居れば、あの子を不幸にしてしまうなんて



分かっていたのに………離れ難くなってしまった






何か透明な壁に遮られた部屋に閉じ込められる



ここは嫌だ。ここに入る前もよからぬ者がたくさん居た。だが彰子に害を成す前に殺したから大丈夫なはず



彰子はここに閉じ込められても苦ではないらしい。無邪気にてれびの前で踊っている



………?誰かが入ってきた?



あの異国の三人は、随分おかしな気配をする



傍に居る少年……いや違う、少女だ。なぜ男の格好をしている?それになにかの力を感じるな



………この人間たちなら、彰子をここから出してあげられるだろうか






異国の三人は兄弟らしい



だから顔が少し似ているのか



この三人と少女は、彰子を良くしてくれる



それに彰子のために俺のことを調べている



嗚呼……その名前を言ってくれる人は久しぶりだ



そうだ、俺は鳳凰寺夜眞斗だ



俺を見つけてくれた人がまた現れた。それだけで嬉しい



………もう、潮時なのかもしれないな



元より彰子の傍に、死者である俺が居てはいけないのだ



眼帯を着けた男の言う通り、俺が傍に居ては彰子の日常に平穏は来ない



短い間だったが、楽しかったよ



ありがとう…………彰子



君に会えて、本当に良かった




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