第14話 港町フルル・メーア その② ~旅路の終わり~

 夜の酒場にウェンダルはいた。老人の好意を受け、不慣れな酒をちびちびと飲む。はしゃぐ屈強な男の声にしかめながら。


「ここがいつものことだ。心配するな。トラブルにはなりゃせん」


 老人は慣れたように言い、発泡酒を一気飲みする。


「……慣れていないだけだ」


 職人は揚げた魚を食べる。商業都市と同じものだが、職人はどこか何かが違うと感じる。


「これだけ美味しいものは初めてだな」

「ああ。ここだと新鮮な魚を使えるからな」


 なるほどとウェンダルは納得しながら、ふとあることを思い浮かぶ。魔法都市の主婦との話から何か使えないだろうかと。


「王都まで運べないのは腐るからで合ってるか」


 確認の意図を持って、職人はご老人に聞いた。


「ああ。新鮮なままってわけにはいかないだろ。馬車で運ぶことが多いからな。魔道具を入れたところで耐えないだろうし」


 小型化。軽量化。職人はどうすればよくなるかを考え始める。


「よお。なんか職人がいるって聞いたから来たんだけどいるか!?」


 突然の大きい男の声にウェンダルは思考を止める。


「魔道具職人ならここにおるよ」


 男の店主は職人を指す。迷うことなく、漁師らしきむさくるしい男はウェンダルに近づく。


「ちょっと直してもらいたいものがあるんだ。明日の朝でいい。ついでに漁業ギルドのリーダーからの通達なんだが、やってもらいたいことがあるらしい。終わったら漁業ギルドのところに行って欲しいが……できるか」

「見合う報酬があるかどうかだな。あくまでも依頼人と職人とのやり取りだからな」


 いつもの職人スタイルで接する。


「そりゃ俺達も報酬を出すさ。合わせることになっちまうが、外の国でも価値が高い金貨二枚でどうだ。これなら暫くここで滞在できるだろ?」


 港町は外からの通貨が入りやすい。国々によって含有量や信頼が異なり、価値はバラバラだったりする。どの国からも好まれるような金貨はほぼ少数で、貴重で誰もが欲しくなる代物だ。


「ああ。それでいい」

「交渉成立だな。この羊皮紙に書いてくれ」


 羽ペンで自身の名を書く。職人がサインした羊皮紙には魔力が込められており、約束を守らせる絶対的なものがあると言われている。


「よし。それじゃあ明日よろしく頼むわ!」


 依頼人は嬉しそうに手を振って、店から出て行った。ここでも仕事が出来ると、ウェンダルはキラキラとした目で羊皮紙を見る。大がかりの仕事内容ではない。盗み防止の結界装置とお手軽魔法コンロの修繕というシンプルなものだ。実際、翌日の午前中にどちらも終わらせている。


「暫くここにいるから。何か異常があったら知らせてくれ。あとは直せる職人がいるならそっちに頼れ。変な判断をすると壊れるからな」


 簡単に説明をして、報酬分を受け取って、のんびりスローライフ……をしなかった。ウェンダルは率先して次々に魔道具に関するお仕事をやっていく。それ以外にも、港町での道具や外からの食べ物や道具などに興味津々に見て、聞いて、時には食べたり触れたりもして、学んだものを吸収していく。


「魔道具職人として、あんたと共にしたいんだ!」

「簡単なところからで……いいか」

「うす!」


 若い弟子を作ってしまった。ウェンダルは弟子のやっている光景を見ながら、指導をしていく。ずっと共にいるわけではない。時間の都合が出来た時に少し教える程度だ。


「少し術式を変えた方がいい。どれだけ強力な魔法の付与が出来たとしても、物が壊れたら元の子もないからな」

「調整もいるってこと?」

「そういうことだ。経験で分かってくるところだからな。焦るな」

「うす。でもこういうの、紙で欲しくなるなぁ。あ。そうだ。師匠、弟分に魔法を教えてくれないか」


その他に魔法の基礎を子供に教えたりするなど、商業都市で出来なかったこともやっていく。


「属性は精霊から生まれたという話だが……すっ飛ばすか」


 青い空。屋根のない教室。職人は初級の魔法を幼い子供達に教える。後ろに保護者が見かけたとしても、やることは変わらない。魔法学校の先生を真似る。


「生活に使えるものだけを教える。必要なものは火と水だ。この二つの初級魔法を教えよう。目で見た方が分かるか。ファイア」


簡単な魔法でも子供達は興奮をする。こういうのも悪くないと、ウェンダルは楽しんでいく。そうこうしているうちに、旅立ちの日が来てしまう。本来のスケジュールより早いものの、ウェンダルは故郷の商業都市に戻る日を早めたためだ。


「もうちょっとのんびりとしてもよかったのでは」


 若い女性が惜しむ様に言った。


「いや。もう帰らないといけない。旅をしたお陰でやりたいことが出来たし、多分どっかしらの依頼が溜まってるだろうし……頃合いなんだ」


 こうして職人は旅人を終える宣言をした。見送られながら、港町から出て行き、数週間かけて商業都市に戻る。予想外の帰還にギルドの仲間達は驚きながらも、彼を迎え入れた。小さい王国の旅路はウェンダルにとって良い影響を受けていた。職人の教育。旅先であった人達との共同作業。人々を救えるアイテムの製作。彼の行動は全て、王国を救うことに繋がった。


 旅で職人は知った。作ったものが小さい王国を救ったことを。


 旅で職人は知った。支えられていたことを。


 旅の後の職人は再び王国を救い、変えた。


 死後、職人の名は王国に知れ渡り、その旅路は物語となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生活用魔道具職人の王国巡り~知らない間に国を救っていました いちのさつき @satuki1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画