第13話 港町フルル・メーア その①

 魔法都市で祭りを満喫した後、ウェンダルは友人に見送られ、馬車で南にあるフルル・メーアへ下っていく。穏やかな道のりで、トラブルに巻き込まれることがなく、目的地に辿り着く。十日間ほどかかったものの、立ち寄った村で簡単な魔道具の修理をしたり、共に乗った旅人との交流をしたりすることで、退屈をせずに済んでいる。


「職人さん、またいつか会いましょうや」

「ああ」


お調子者の旅人と別れ、ウェンダルは散策をする……わけではなく、海の近くまで直行する。宿屋などを全て無視してしまうほどだ。船が行き交うところまで全力で走っていく。遠いところまで見渡せるところで彼の足が止まる。


「これが海か。広い」


 生まれて初めて見る光景にウェンダルは子供のように感動をする。快晴の空。太陽の光に当てられた眩しい青い海。人が乗っている船。海の向こう側の見知らぬ遠い世界にウェンダルは興奮をした。


「ほお。お前さん、初めて見るんか」


 ウェンダルは後ろを見る。白髪の男の老人がいた。スケッチブックや鉛筆などを持ち込んでいる。絵を描く人だとすぐ理解する。


「ああ。周りに海がないとこで過ごしてからな」

「まあほとんどがそういうだろうな。ここが王国唯一の港町と言っても過言がじゃないからなぁ。俺もそうさ。生まれも育ちも王都だよ。海の絵が描きたくて、数年はこっちにいる……ちょっと変わりもんさ。そういうあんたは」

「商業都市で職人をやっていてな。情けないことに旅に出ろと追い出された」


 ウェンダルの言葉を聞いた老人は吹き出した。


「追い出されたぁ!?」


 笑いながらも、老人は絵を描く準備をして、胡坐をかく姿勢にする。


「まるで出たことがないみたいな言い草じゃないか」

「実際俺は引き籠ってばかりだったからな。ただひたすら作ってばかりで」

「完全に職業病だな。まあなんだ。ゆっくりとしとけや。どれだけやったのかは分からんが……色々と話してくれや」


 ウェンダルは考える。王都育ちらしい老人が分かるものがあったかと。うろ覚えながらも、職人は経験したことを言う。


「そうだな。俺がやったのは一部でしかないが……ゴミを圧縮させたりとか、匂いを消したりとかと……食料保管庫の罠とか、水も少し触れた記憶があるな。だいぶ昔のことだからな。詳細までは覚えては」


 静かに聞いていた老人の口が大きく開く。


「何だ。その反応は」

「それは国家プロジェクトのひとつだ! というか何故そんなに関わってるんだ!」


 感情的になっている老人の声に耳がおかしくなると、ウェンダルは両手で抑える。いつものスタンスを伝える。


「知らん。仕事として引き受けただけだ。そりゃいつもより報酬が高いと思ったが……あくまでも職人として出来る範囲をしただけだ」


 感じ取ったのか、老人は静かになる。


「なるほど。あくまでも職人としてか。だがお前さんが言ったその全てが王国を救うきっかけになった。最悪だと言われた衛生環境が改善した。歴史に刻まれるほどのものだ。その土台となった技術がお前さんの手で……もう少し外に興味を示して欲しかった」


 そう言った老人は呆れたような顔になる。ウェンダルは困ったように頭をかく。


「そうは言っても……職人として突き進んだ結果だからな。まあ……これだけ活躍を聞いてると、作ってる身としては嬉しいもんだがな」


 それでも笑みがあった。いつだって作った物が人々のために役に立っていることを聞くと、嬉しくなってしまう。それが職人の性であり、ウェンダルのやりがいでもあるのだから。

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