彼の頭から髪の毛が消えた

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

消えることこそ唯一の真理


 ある日、彼の頭から髪の毛が消えていた。気にしてるのは私だけで、誰も何も気にしていないようだった。彼すら気にしていなかった。

 とはいえ、私も本当の意味では気にしていなかった。彼は禿げる家系だと薄々気付いていたし、そもそも私は彼との関係性は一過性だと考えていた。

 結婚を考えていたなら、彼と築く家庭と彼との間に生まれる子のことを考えていたなら、それは大きなネックになったかもしれないが。


 彼の髪の毛は消えたが、生活は何も変わらなかった。禿げた頭で彼は会社の愚痴をいい、自分の髪が消えているのに、見かけた誰かの外見を笑った。そしてさも自分の髪があるかのように手櫛を入れ、おそらく自分がかっこ良いと思ってる角度でベッドへと誘った。

 心なしか、快楽は半減していた。


 急に何かが現れ、何かが消えるということはある。気に入ってた商品が消え、どうでもいいものが棚を占める。店が消え、店が開店する。人気の芸能人が消え、知らない芸能人がテレビに出始める。新しい見識を与えてくれる学者や作家はすぐ消え、御用学者や二番煎じ、三番煎じが増殖する。


 それは多分、循環というもので、そうして世界は代謝している。ほとんどの物事には意味がなく、新たに生まれたものにも価値はない。ただ、移り変わりゆくだけで、そこに価値を見出せるか否かは、観測者の仕事だ。

 誰もが自らを観測者だと思い込み、自らの意見を主張し、賛同する者がわずかでもあれば救世主の災難とばかりに、世間とは違うのは、認める人が少ないのは、自分たちこそが正しい根拠だと、正しいからこそマイノリティなのだと胸を張る。


 ごく稀に狂人としか思えない発想を生む者がいて、その秘めたる価値を発見する観測者がいて、それこそが唯一人を進化させるが、大方はそもそも進化なんて望んでいない。

 いまある価値を、いま自分が手にしている価値をひたすら大事にし、より幸福になれるはずの福音を、悪魔の仕業だと退ける。


 申し訳ないが、あなたもすでに自分の髪の毛がなくなっていることに気づいていないのでしょう。あるはずもない髪の毛に、幻髪にすがって、おまえは髪がないと、あなたよりはまだ髪の毛の残る相手を嘲笑っている。とはいえ、それはまだマシで、本当に一本たりとも残らない相手へ、僅かに残る髪を根拠にひたすらマウントを取り、痛めつけて快楽を得たりする人すらいる。

 それでも私はあなたを受け入れるし、たいして気持ちよくもないセックスもしましょう。

 そもそも、子を生す生さない問わず性交渉など重要ではなく、生きることにも価値はないのだから。

 けれども。

 虚無へと広がっていく世界へ、ひたすらにここにあろうとすることには、拡散することへ抗い、屹立しようとすることには、ほんのわずかの美しさがある。

 エントロピーへ逆らう、真理への叛逆者としてそこへ立ち止まろうとする、あなたの姿は美しい。

 髪の毛が、ある日、突然消えたとしても。




 ところでまだ規定の二千字に達していないので、何か水増ししなければなりません。どうしたらいいでしょうか?

 もう一本、書く。

 それとも違った視点から語り直す。

 なんなら、同じ文章をコピペする。

 どれも下らないし、読む人の時間を奪うという意味では罪作りでしょう。元が面白いのならば、ある程度は許される、いやそこそこの面白さは担保されるのかもしれませんが。

 しかし、いくら元のストーリーや発想が面白かったとしても、それを実直にしてはつまらないということもあります。例えば、同じストーリーを演出だけ変えて八度繰り返される深夜アニメという珍事がありました。

 それを、本当に同じことを繰り返す苦痛を、虚しさを、悲しみを、唯一全てを記憶している登場人物への共感として称賛する人も一部いました。けれど、見ている大多数は、何も変わらないことに、何か変わるのではないかと期待して裏切られることに、いい加減飽きて、離れていきました。

 きっと、そういうことを称して「つまらない」というのだと思います。

 けれど。

 つまらない=面白くない、ではない。

 面白くないけど笑ってしまうこと、いやむしろ面白くなさすぎて笑ってしまうことはあるでしょう。

 面白くないは、そのままストレートにつまらないに結びつきそうにも思えますが、面白くはなくとも受け手の糧や教養、新たな視点を与えてくれるなど、決してつまらなくはないことも多々あります。


 ところで、ここらで髪を失った彼の話に戻りましょう。彼は、私が愛想を尽かす前にとっとと新しい彼女を見つけ、去っていきました。

 禿にも人権はある、むしろ禿こそセクシーと考える女性もいるのだなあ、と悔しさよりも感心したものです。

 勿論、カッコ良いハゲ俳優は、特に外国には少なくなく、残念なことに禿頭だからこそ男性的魅力を感じるような本邦の俳優は見た記憶がありません。

 演技派、異色俳優で魅力的な人物はすぐに何人も思い浮かびますが。

 こういう出来事を持って、つまらない、と人はいうのでしょう。驚きも、カタルシスもないと。

 そして、あなたは最後にいうのではないでしょうか。

「くそ面白くない」と。

 それで正常です。

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