第27話 最終話
美咲は水野副病院長と距離を置きたい。そう強く願っている。そして現病院長村田派閥の中で悠々自適の未来を夢見ている。
美咲にとって水野はすでに過去の人。
今更権力を失った水野など只の年老いた何の威厳もない一介の医師。余りにしつこい水野にハッキリと別れを切り出した美咲。
「私は水野先生には本当に良くして頂きました。ですが……ですが……夫が子供を絶対に引き渡してくれません。私は子供がいなくては生きてはいけません。ですから……水野先生と越前に行くことは出来ません!」
「………」
黙りこくった水野はこの言葉に、目の前が真っ暗になり落胆と同時に美咲を何としてもつなぎとめる手段を模索している
(今までの関係は何だったのか、怒りが込み上げてくるのと同時に、全てを失いかけている今こそ美咲だけが救いだったのに、またそれ以前に自分はこんな権力争いの渦の中でとっくの昔に、そんな体裁なんか何の価値も見出せなくなっていた。そんなものが何だというのだ。それより美咲さえ側にいてくれたら何も欲しくない)こんな境地に達していた水野。
★☆
そんな時にまたしても「パックン」経営者賢三氏から連絡が入った。
「もしもし小松先生ですか、僕は「パックン」の経営者です。ふっふっふ…例の写真バラまいてもいいですか?ふっふっふ……」
美咲はほとほと困り果てていた。あの時は……あの時は……深水の言いなりになるしかなかった。本当にバカだった。
それでは美咲は過去にどんな過ちを犯していたのだろうか?
★☆
美咲が医大を目指すという事は並大抵ではないという事はお分かりの筈。
国公立大学なら、入学金・授業料共に減免制度があるが、そう容易い事ではない。更には2年生以降は、成績を維持する必要がある。
美咲は1年間頑張って見て、減免制度を受けれる事がどれだけ大変か痛感させられた。それだけ医学部とは金銭面でも高い壁だという事だ。
それなので奨学金制度を利用しようと考えた美咲。これだったら機関保証を使えば、親などの保証人は必要ない。
貧乏人の美咲はつくづく世の中の不条理を憎んだ。かと言って今更医学の勉強にのめりこんでしまった美咲が、医学部を諦められる訳がない。
そんな時にアートモデルの仕事で、幸子という有名画家歌川深水画伯のお嬢様の要望でモデルとして働きだした。だが、ひょんなことから歌川邸の地下室の秘密を知ってしまった。
こうして追い詰められて行く。
★☆
ある日の事だ。歌川邸に到着したが、あいにくその日は幸子が指定した時間にいなかったので待たされる事となった。
「美咲さん幸子お嬢様から少しだけ遅れるとの連絡が入りました。中でお待ち下さい」
家の中に通されて待っていると、深水画伯がリビングに入って来た。
「よく来てくれたね。いつも娘の為に有難う御座います」
「いえ……こちらこそ良くして貰ってありがとうございます!」
「美咲さん……こんな話して……誠に不躾とは思うが……君は医学部の授業料や下宿代で四苦八苦しているそうだね。私としては可愛い娘の為に尽力してくれているお友達の君に心から感謝している、そこで君の力にならせて頂きたい」
「ありがとうございます。お気持ちだけで十分です」
「それでだね……君が勉強に集中出来る協力がしたいのだが、良いお金を稼げるアルバイトを紹介したいと思ってね。それだったら……お金の心配はいらなくなるからね」
「どんなアルバイトですか?」
「嗚呼……もうすぐ娘も帰って来るので……その話はまた今度という事で……」
「あの……お引き受け……あっ……いえ……幸子さんに……あれだけお世話になっておきながら……図々しいですが、あの……もし……私で出来るお仕事であれば……是非とも……」
「それでは授業が終わる時間は何時ごろだい?」
「それは日にもよりますが……」
「2日後だと何時ごろに来れる?」
「その日は授業がありませんから朝の9時には、こちらに来れると思いますが?」
「じゃあその時間に待っているよ」
★☆
”ピンポン“ ”ピンポン”
「嗚呼……よくいらっしゃいました。今日はお嬢様はお留守ですが……」
アルバイト紹介話は昭子は知らない様子だ。
「あの……深水画伯とお話があるのです」
「どうぞお入り下さい」
こうしてリビングで待っていると深水がやって来た。
「嗚呼……お待たせしました。早速そのアルバイト先に見学に行きましょう」
すると何も知らない昭子がお茶を運んできた。
「可愛い娘のお友達にアルバイトを紹介するので、チョット出かけてくる。お茶は結構だよ」
こうして深水の高級車で出掛けた美咲だったが、車は高速を突っ走り深い山道や海を突き抜け当てもなく走り続けた。一瞬不安を覚える美咲。
「美咲さん不安な思いをさせてすみませんね」
「…………」
こうして美咲の乗った高級車は葉山にある深水の別荘に到着した。
「さあ美咲さん降りてください。こちらでそのお話をしましょう」
「一体ここで……何があるのですか?」
美咲は不安になってしまった。
別荘の中はアーティスティックな、芸術家の別荘にふさわしい絵画や調度品で埋め尽くされていた。
「さあ座りたまえ」
応接間に通された美咲は何も分からないままに、ソファーに腰を下ろした。
深水が慣れない手つきでコーヒーを淹れ運んで来た。
(一体こんな遠くまで来て……どんなアルバイトなのだろう?)
美咲は一層不安になった。アルバイトを紹介して貰えると思ったのに、美しい海岸線と遠くには豪華なヨットが望める場所にやって来た。どんなアルバイトなのか?
「あっそうだ。美咲さんこれから、その詳しい話でアルバイト先の社長が見えるが、その前に美咲さんに葉山でとれた、とれたての伊勢海老、サザエ、アジ、カワハギ、舌平目など新鮮な魚介類を直売所から買って来るから、少し待っていてっくれる?」
そう言うと深水は車で出かけた。
★☆
”ピンポン“ ”ピンポン”別荘のチャイムが鳴った。
「嗚呼……深水画伯が帰って来たのかしら」
美咲は慌てて玄関のドアを開けた。すると見知らぬ男が2人入って来ていきなり美咲を寝室に連れ込んだ。
「あなた達は誰?何をするの。ヤメテ—――――――――ッ!」
美咲は全く知らない2人組の男に強姦されてしまった。美咲は只々ショックと恐怖と無念で泣き叫ぶしかなかった。
するとそこに深水が帰って来た。
「どうしたんだい?その恰好は……」
「ぅうシクシク;つД`)わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭酷い!一体何の真似ですか?許せません。わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」
「一体何があったというんだ?」
するとその時深水の別荘の電話が鳴った。
「あっ!もしもし……何?君たちは一体誰だ……何―――ッ!本番動画を収めただと?……絶対に世間に漏れないようにしてくれ!……金は幾らでも払うから」
電話を切った深水。
「一体何があったんだい?変な輩に強姦されたという事か?」
「ぅうシクシク(´;ω;`)ウッ…わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」
「最近不審者がうろついていると聞いたが、許しておくれ!私の娘幸子のお友達をこんな目に合わすなんて……絶対に許せない。裁判に訴えるって手もあるよ。でも……でも……君が強姦された事実も世間に全て晒されてしまうけど……」
「私はその動画さえ帰ってくれば警察沙汰にはしたくありません。将来がある身ですから……」
「分かった大切な娘幸子のお友達だから……全面的に協力させてもらうよ。僕が親切心でやった事が仇となった事は非常に申し訳ない。僕がこんな所にさえ連れて来なければ、君はこんな目に合わなかった。だが、君にも落ち度があった。何故誰とも分からない人なのに……安易に鍵を開けたんだい?嗚呼……それと……お手伝い昭子さんから聞いたけど……地下室の話だが……美咲さんに言っておきたい事がある。それはだね。君……地下室で冷凍の死体を見たらしいね?あれは誰が悪い訳でもない事件で判決の出た事件だ。だから……あの話を今更……蒸し返してほしくないんだ。だから……絶対に誰にも漏らさなければ君に全面的に協力させてもらうよ。」
「……嗚呼……私が地下室に入った事はご存知だったのですね。絶対に言いません。私も本番動画を世間に晒されたら恥ずかしくて、生きていけません」
「僕がこんな所に連れてきたせいで君は本番動画を取られてしまった訳だから、幸子のモデルだけは続けて貰って、足りない学費は全面的に協力させてもらう。だから心配しないで勉強してくれたまえ」
★☆
美咲は水野が「越前センター病院」の病院長となって福井に移動になった事で、やっと肩の荷が下り水野から解放されてひと時の幸せに浸っている。有休をとって愛する夫ジョーと湯布院の温泉巡りにやって来た美咲。
2人はベッドに入り、いつものように有料のAV動画を見て愛し合う準備。最高潮に達するための準備段階としてAV動画をくまなく見入っている。
これもジョーとのマンネリを防ぐための手段だ。色んな体位を研究してセックスを楽しむためだ。
その時だ。20年以上も前の美咲が医大生だった頃のAV動画が流れた。顔は「モザイク処理」されていて誰か判別出来なくなっていたが、ジョーは美咲であることが確認できた。
それは首筋に残る蝶の形をしたアザを見た時にハッキリと分かった。それでも…疑問に感じていたが、その時首筋から横顔などが映し出されて、一瞬だが美しい美咲の顔が映し出された。
普通は親戚でも、親しい友達でも「美咲に似ているね」で終わるのだが、ジョーだけは美咲だと直ぐに分かった。
制作責任者にすればこれだけの美人「モザイク処理」をしなければ売れ行きが倍増すること間違いなし。だが、映像回収処分を条件に多額の金額を受け取っていたので、下手なことは出来ない。こうして欲に取り付かれた業者は、チョットだったら絶対にバレないと思い顔を一瞬だけ晒した。
人間というものは、いくら絶品料理でも、これでもかと同じものを食わされたら嫌気がさすが、ほんの少しだけ絶品料理を頂くという所に、もっと食べたいと思う願望が倍増するものなのだ。
美しい女性もそうだ。一瞬だけ……特に美咲は右斜めの顔が特に神秘的で魅力的だった。こうして一瞬だが、その顔があまりにも魅力的だったので、今尚DVDが多く出回っていた。
「これ……美咲じゃないか!」
穏やかなジョーの顔が美咲を見るなり、見る見る疑惑と軽視の眼差しに変貌して行った。
「何を言っているのよ。絶対に違うってば!」
ジョーは許せなかった。2人の男性に入れ代わり立ち代わり強姦されるその様は、2人の憎き男を恨んでは見たものの、それ以上に顔の分からないひょっとすれば快楽に溺れているかもしれない、この薄汚い女美咲を心から憎み、汚らわしくて一緒に生活は絶対に出来ない境地に達した。
ジョーは美咲の元を去った。
★☆
「ジョーどうして……どうして……分かってくれないの?母を救う為には上り詰める他なかったのよ。私は……何も悪い事していないのに、ず―っと後ろ指刺され続けた人生だった。確かにおじいちゃんも父も裏街道を歩く人間だったかも知れない。それでも……それでも……それは昔の事でしょう。どうして……普通に何の引け目も感じずに生きていけないの?どうして……卑下するだけの人生しか歩む事が出来ないの?悲しすぎる!やっと医学部に入学出来たというのに……またしても金銭面の高い壁。私はず――っと思っていたわ。私達を軽蔑して見下した同郷の奴らを見返してやりたかった。ヤクザ!ヤクザ!それが何だっていうの。どうしようもないじゃないの。差別や偏見などで、そんな場所で生きるしかない人間もいるってことよ。だから……そんな家族を、この私の力でどんな事をしても日の当たる場所に導いてやりたかっただけなのに……(´;ω;`)ウッ…どうして理解してくれないの?こうする事しか私には道がなかったのよ。ぅうシクシク(´;ω;`)ウッ…わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」
優しさを持ち合わせていながら、人間本来の優しさをどこかに置き去りにして来た氷のような心しか、持たざるを得なかった美咲に天罰が下った。
(こんな私が人並みの幸せを掴み、特に不幸続きの母を日の当たる場所に導いてあげる為には、そう……何の弊害もない唯一の方法、それが頭脳で勝負出来る医者だった。私は上り詰めて今まで見下した連中を絶対に見返してやりたかった。その為だったら人の心を弄ぶ冷淡さだって、私にすれば只の手段でしかなかったのよ。愛なんて信じなかったし水野が私をどれだけ愛していたかってことも、分かろうともしなかったし、私にすれば只の戯言にしか過ぎなかった。私は……優しさをどこに置き忘れてきたのだろう。只々権力を掴む為だったら人の心を弄ぶことなんて、手段の一つで悪い事だなんて思った事もなかった。嗚呼……だけど……愛するジョーに捨てられ始めて分かったわ。人を愛する事の苦しみを……ククク(´;ω;`)ウッ…私は本当は出世なんかよりジョーが何よりも大切だった。ううっ;つД`)嗚呼……今更気付いたってもう遅いわね。ぅうう( ノД`)シクシク…わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭)
幼少の美咲の唯一幸せな時間。そう……縁日やお祭り花火大会のあの賑わいまでもが、薄汚れて地面にぽたぽた落ちて行く。
そう……唯一甘えられたおじいちゃんとおばあちゃんに今すぐ会いに行き……その胸に飛び込みたい。そして…この苦しみを……ほんの……少しでもいいから取り除いて欲しい。でも……でも……唯一心を許せたおじいちゃんとおばあちゃんはもうこの世にいない。
おじいちゃんとおばあちゃんを思い出す時、必ずと言ってあの賑やかな縁日やお祭りを思い出す。だが、苦し過ぎて唯一の楽しい思い出の時間までもが、今の美咲の苦しみにすれば余りにもちっぽけ過ぎて、愛を失った苦しみが膨れ上がり、何十倍にも何百倍にも美咲を支配して、灰色に色褪せてしまった唯一楽しかった縁日や祭りの思い出までも、綺麗に涙で洗い流されてしまった。
「ジョーお願い行かないで……ジョーがいなかったら……( ノД`)シクシク…ぅうう……私は……生きていけない……行かないで(´;ω;`)ウッ…わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」
★☆
実は……葉山での事件は深水が仕組んだのだった。あの地下室の秘密をバラされたくなかった深水は必死で策を練った。
それでは、その経緯はどのようなものだったのか?
――まず、「個撮」に出演するAV女優をどのように募集しているのか。
深水は幾つかのサイトを覗くと『動画に出てくれるモデルを募集中』とアカウントに書いてあったので、幾つかの制作業者にツイッター経由でメッセージを入れた。そしてAV女優募集のサイトに出くわした。こうして「綺麗な子がいる」との情報を入れた。
すると制作責任者から早速連絡が届いた。こうして事件は起きた。この様にAV業界では、撮影の詳細について女優にはほとんど知らされず、暴行ビデオの撮影が強行される事がある。
美咲が動画が出回る事を何よりも恐れたので、深水はお金を支払って回収した。だが、制作責任者は全部捨てていなかったビデオテープをコピーしてDVDにして動画を顔だけ「モザイク処理」をして売り出した。
※2000年頃から徐々にDVDに移行して行った。
そして…付きまとっていた「パックン」社長賢三氏は事故であっけなくこの世を去っていた。天罰が下ったのだろう。
終わり
過ぐる日の過ち(宴の終焉) あのね! @tsukc55384
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