死亡時刻推定の方法 (直腸温法)
投稿日:2021年8月25日 by 法ブロ先生 カテゴリ: 法医学知識
今回はミステリー小説でもよく取り上げられる「死亡時刻の推定」について書きたいと思います。
せっかくなので、実際の医師国家試験の過去問を見ながら進めていきましょう。
問題番号は、
・第102回E問題42番
・第98回I問題24番
・第115回F問題15番
これらの問題は【死後は深部体温が1時間あたり0.8℃下がっていくこと】を利用して比較的簡単に解けます。
それでは、実際の問題を見ていきたいと思います。
[102E42]
69歳の男性。一人暮らし。肺癌の末期で在宅療養中であり、週3回の往診を受けていた。往診担当医が午後5時に患者宅に行くと、寝室のベッド上で仰臥位のまま死亡していた。外傷はなく、肺癌で死亡したと判断された。直腸温30.0℃。室温22.0℃。紫赤色の死斑を背面に認め、指圧で容易に消退する。硬直を全身の各関節に認めるが、四肢関節の硬直は軽度である。
死亡推定時刻として適切なのはどれか。
a. 前日の午前9時頃
b. 前日の午後3時頃
c. 前日の午後9時頃
d. 当日の午前3時頃
e. 当日の午前9時頃
【正答 E.当日の午前9時頃】(発見の約8時間前) です。
次の問題もそうですが、この類いの問題を解くのは実はすごく簡単です。
使うのは"直腸温(深部体温)"です。
これが時間とともに低下していく性質を逆算に使います。
具体的には、乱暴に言うと『1時間あたり深部体温は約0.8℃ずつ低下する』んです。
何もなければ「亡くなった時点での深部体温は37.0℃と仮定する」のが一般的なので、今回の問題で考えると、
37.0℃ ー 30.0℃ = 7.0℃
つまり「深部体温を測定した時間から"7℃"低下した」ということになります。
1時間あたり0.8℃低下するので、
7℃ ÷ 0.8℃/時間 = 8.75時間 ≒ 9時間
となります。
従って、直腸温を測定した"午後5時"から9時間遡って、
死亡時刻は【午前8時】と推定されます。
午前8時はありませんが、選択肢のうち最も近い【午前9時】が正解になります。
もう少し解説したいところですが、先に次の問題を見てしまいます。
[98I24]
45歳の男性。一人暮し。4月のある月曜日の午後2時ころ、無断欠勤を心配した会社の同僚が訪問し、ベッドにうつ伏せで死亡しているのを発見した。5年前に会社の定期健康診断で高血圧と尿糖とを指摘されたが放置していた。発見の3時間後に行われた死体検案時の死体所見:身長180cm、体重86kg。暗紫赤色死斑が死体前面に高度に発現し、指圧で退色しない。背面は蒼白である。死体硬直は全身の諸関節におよんでいる。両眼は閉じ、角膜は中等度混濁し、左右同大の円形瞳孔を透見できる。直腸内温度は27℃(室温16℃)である。腹部に腐敗による変色はない。死体の外表に創傷を認めないが、口周囲に多量の吐物を認める。
推定死亡時刻として最も適切なのはどれか。
a. 発見前日の午前11時ころ
b. 発見前日の午後5時ころ
c. 発見前日の午後11時ころ
d. 発見日の午前5時ころ
e. 発見日の午前11時ころ
【正答 D.発見日の午前5時ころ】(検案の約12時間前) です。
こちらも同様の計算で出ます。
(37.0 ー 27.0) ÷ 0.8 = 12.5
つまり「深部体温を測定した時刻から12.5時間前に死亡した」と推定されます。
深部体温を測定した時間(検案時刻)は、発見時刻(午後2時)の3時間後なので、午後5時です。
従って、その12.5時間前、つまり【午前4時半】です。
選択肢にないので、最も近い【午前5時ころ】が正解となります。
[115F15]
死亡確認された成人遺体で、背部から下腿後面にかけての死斑と顎関節および四肢関節の硬直がみられた。角膜の混濁はみられず、直腸温32℃であった(外気温20℃)。
推定される死後経過時間はどれか。
a. 1時間以内
b. 6~12時間
c. 24~30時間
d. 36~42時間
e. 48時間以上
【正答 B.6〜12時間】です。
これも外気温とは一致していないのを確認した上で、
(37.0 ー 32.0) ÷ 0.8 = 6.25 時間
以上より【6〜12時間】が回答になります。
少し時間の幅が広くて不安になるかも知れませんが、これくらいの幅は許容範囲かと思います。
以上3問を見てきましたが、どちらも深部体温(直腸温)を見るだけで解答できてしまいます。
というのも、やはり数字でしっかりと出るのは"深部体温の計算式"くらいしか実際のところないんですよね。
もちろん、他にも問題文にあるような、
・死後硬直の程度
・角膜混濁の程度
・死斑の動き
というのは参考にできますし、もちろんそこからも推定できるようになっています。
ただし、これら3つは【○時間〜●時間】というように結構幅があるので、問題を解く上では決め手に欠けます。
その点、深部体温の計算式は"一つの数字"で出ますので、まぁ...分かりやすいですよね。
医師国家試験の問題は、問題文中に矛盾があってはいけませんので、必然的にこの計算値にも矛盾のない解答になってしまいます。
なので、今後も同じような問題が出ても、おそらく同様の方法で解けてしまうと思います。
もし問題文に直腸温が書かれておらず、他の所見から推定しなければならないというなら、少し歯ごたえのある問題にもなりそうですが...。
一応念のため断っておきますが、もちろん実際の法医実務ではこんなお粗末ではありませんよ。
そもそも実際はそんなにうまくはいきませんし、そんな無責任なことはしていませんのでご安心ください。
あくまで医師国家試験を解くことだけを考えたら...という話ですから。
ただこの「一つの数字で出る」というのは、その数字を過信しかねないという危険性も孕んでいます。
・周囲の環境温が過剰に高い/低い
・ご遺体が着込んでいた/裸だった
・感染症にかかっていた
・覚醒剤中毒だった
・肥満体だった/るいそうだった
このような状態だと、体温低下が0.8℃/時間ではなくなくなったり、基準となる体温が37.0℃ではない場合もあります。
そうなると当然この計算では間違った時間が算出されてしまうのが分かりますよね。。
また環境温度と深部体温が同じになるまで時間が経ってしまうと、当然ですが死亡時刻を推定することはできません。
例えば、気温が15℃で、ご遺体の深部体温も15℃だったら、それはもう計算式を使うことはできません。
計算してみるとわかりますが、大体亡くなってから24時間以上経つと深部体温が環境温度に到達します。
従って『この計算式は死後1日以内にしか使えない』というわけです。
これ以上になると、前述の3つの所見を考慮していく必要があります。
この3所見も数日経ってくると判定に厳しくなってくるので、それ以上では腐敗の程度やウジの成長具合などから推定しなければなりません。
こういった問題があるため、死亡時刻はこれらをきちんと理解している法医学者が推定する必要があるわけです。
ということで、死亡時刻推定問題の解き方は理解できましたでしょうか。
これで今後は国試に出たらサービス問題ですよね!?
でも、こんなに簡単に推定できちゃうのは試験問題か小説くらいですよ!