第26話 弱みを握られた深水


 

 一事不再理 という言葉をご存じだろうか?


 一事不再理とは、ある刑事件の裁判について判決が確定している場合には、その事件を再度審理することを許さないとする刑事手続上の原則である。


 だから……例え昭子が誤って香織を殺害したのであっても、二度と結果はくつがえらないのである。

 

 それではどうしてこのような恐ろしい事件が起こってしまったのだろうか?

 

 ★☆


 昭子は許せなかった。

(売れない時代を支えたのは誰?私の献身があったからこそ悠々自適の生活が出来て、絵画に打ち込む事が出来たのに、それなのに……)


 深水の父は深水に惜しみないお金と愛情を注いだ。だが、いくら父が支援してくれるからといっても、それにも限度がある。普通は24歳にもなれば自分で自立して生活するものであるが、芸術家はそうはいかない。


 それは芸術というものが、すぐに生活に直結するものではないし、別に芸術が無くても生活が出来るからである。


 だから芸術家というものは売れるまで時間が掛かるのである。その時期を支えたのは他ならぬ昭子だった。


(それを……売れてしまえば自分の前からあっさり姿を消して、あんな美しい妻を娶り私は蚊帳の外。そんな事が許せる訳がない)


 やっと探し当てて深水の元に現れたは良いが、2人の愛し合う姿をまじまじと見せ付けられて嫉妬に狂い、どれだけ眠れぬ日々を送った事か、昭子はとうとう我慢できなくなった。


 こうして事件は起きた


 ★☆

 ラブラブな2人を見ているのが辛くて、昭子はとんでもない事を思いつく。


 それは、絵のモデルの学生にお金を握らせて、香織を強姦させようと思い立った。それも……嫉妬深い深水が2人の関係を絶対に見逃す筈がないという事を、よく分かっているうえで、アトリエで強姦するように指示を出した。


 一方の香織にすれば青天の霹靂である。余りにも突然の出来事にショックを抑える事が出来なかったが、それと同時に徐々に自分の奥底に眠っていたマゾヒズムが頭をもたげて来てしまった。それはショックな事件が起こったというのに、夫の度重なるサデステイックな言動の数々に、いつの間にか眠っていたマゾヒズムが呼び起こされてしまったのだ。


「香織お前という女は俺という夫がありながら、よくも若い男と関係を持ってくれたな。許せない!」

 バシン! ドスン! ガシャン!


「あなたヤメテ!辞めて下さい!」

 

 深水は、あの日妻香織が学生に強姦されている姿を目撃して以来、その場面が度々オーバーラップして、香織を許そうにも到底許せない。


 愛する香織を抱きながらも、その場面がオーバーラップして嫌悪感から、香織をいたぶり傷つける事でやっと心の平穏を保つ事が出来た。深水にすれば目の前でその場面を見たのだから、その苦しみたるや相当なものだ。


 そしてその言動は日に日に酷くなっていった。妻に暴力を振るったり、浮気が出来ないほどは激しく責めたり、四肢を細紐で縛り、手拭いにて猿ぐつわをはめた上、絶対に浮気が出来ないように焼け火箸で背部などに『歌川深水』と烙印して男を近づけないようにした。


 


 更には姑オズラーと昭子が共謀してFGM施術しようとした事も全て事実だった。 

何とも不幸なことに、FGMを行おうとして誤って下腹部を切り裂いてしまった事は到底許されぬ行為。


 香織が眠った頃合いを見計らって麻酔クリームを局部に塗って施術が行われた。麻酔は証拠としていつまでも体内に残らない。時間が来たら消える。


 準備には準備を、もし目が覚めて暴れ出しては大変。紐でベッドに縛り付けた。


 だが、暫くすると香織が目を覚まし暴れ出した。そこで今度はオズラーが押さえつけた。


 その時に余りにも香織が暴れるので、傷があちこちに付き、更には女性器切除など程遠い話で、誤って腹部をものすごい勢いで刺してしまった。


 こうして内臓が飛び出す事態に発展した。


 

 ★☆

 深水は名古屋の個展から帰ってきて2人から話を聞いて慌てた。自分の絵画人生ももうこれで終わりだと思った。


 話を聞いて行く内に救いようのない話ばかりに、昭子の言いなりになるしかないと観念した深水。もし昭子が悪いのであれば警察に通報するなり出来たが、どの話も

母オズラーが不利になる話ばかりである。


 FGM施術の話も母オズラーが主導であることが分かってきた。更にはオズラーが犯罪者であることも知られてしまった。


 それではどうして知られてしまったのか?

 それはある日の事だ。オズラーが家の電話の子機を持って地下室に降りる姿を目撃した。いつもはリビングで大きな声で電話をしているのに、よほど聞かれたくないのか、地下室に降りる姿を目撃した。


 こうして何事かと思い、こっそり地下室の部屋の前で聞き耳を立てて聞いてみた。それはオズラーの男だった殺人者からの電話だった。


「何よ今更……電話してこないでよ!」


「お金が入用で……へっへっへ……それで……ちょっと用立てて頂こうと思って……へっへっへ」

「いい加減にして頂だい!お金を持ってトンずらしたくせに💢」


「全てをバラシて居場所を密告するぞ!」

 

「わっ分かったわよ。じゃあ口座に送金しておくから」

 

 この会話をしっかり聞いていた昭子。

 昭子は女中なので掃除であちこちの部屋を掃除するので、狭い空間の中では全てお見通しだった。地下に降りてひそひそ話しているので何事かと思い、オズラーの電話を盗み聞きをしていた。


 この様な理由から深水は昭子にしっかり弱みを握られてしまっていた。放っておけば母はイランに引き渡されて死刑になってしまうかも知れない。それだけは絶対に避けたかった。言われるがままに、自分が犯罪者になってでも母を救いたくてあのような供述をした。


 ★☆


 あの日FGM施術の失敗でオズラーと昭子は弱り切っていた。どこに電話をして助けて貰おうにも、日本ではFGMは立派な犯罪。困り果てていると朝の9時30分頃に深水が帰宅した。


 お医者さんを呼ぶ前に3人はしっかりシュミレーションを重ねた。


「お母様FGMのお話はお母さんの口から出た言葉ですよね。こんな事が世間に知れたら深水の画家人生は終わったも同然。それから……私が身代わりになって差し上げたいけど、FGMはイスラム世界の話で私が犯人になる訳ないですよね。ってことはイラン人のお母さんの犯行になります。でも……でも……お母さんがいる事が、バレたらまずいんじゃないですか?この前お母さん誰かと電話なさってましたよね。人殺しの件で……こんな事がバレたら即刻本国に引き渡しになり死刑になります」


「昭子分かったうるさい!昭子の言う通り香織をマゾヒストにして、傷つけられることに快感を持つ女として供述するという事だな?俺が香織の要望に従って事件は起きたとすればいいんだね?」


 こうして深水は昭子の敷いたレールに乗りあのような供述をした。


 それでは美咲はどの様な失敗をこの歌川邸で犯したのだろうか?

 それは当然妻香織の死体を冷凍庫で発見したことは大きい。


 一体この歌川邸で何が起こったのだろうか?


 いよいよ最終話も近づいています。


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