第74話 You Could Be Mine(1991年)Guns N' Roses

 令和元年12月 


 俺(橘一輝たちばなかずき)は、愛用のアイバニーズのギターをいつものように背負って高速バスで新潟駅を降りた。


 新潟駅から古町へ歩くのが寒くなってきた。吹きすさぶ風でギターケースが濡れないよう、最近は彼女の家にバスで行くことが多くなってきた。


 新潟駅は建て替え工事が徐々に始まっていて、あちこちが囲いなどで覆われている。


 俺は、ひかるに、今日は11時ごろ新潟市役所前に着くと知らせ、到着場所に出迎えていた。

 ダッフルコート姿であった。背の高い彼女は一目でわかり、とても目立っていた。

 分厚いコートのフードをかぶり、風が顔に吹きつけるのを寒そうにして彼女は待っていてくれた


 輝はコートの下に冬服の制服を着ている。そしてベースのケースを持っていた。


 オレンジ色のスカニア製の連接バスが市役所前バス停を発車して行った。


 オレは左手の手袋を脱ぎ、輝は右手の手袋を脱いで、ふたり手をつないだ。輝はオレの方に寄り掛かった。


 その時だった。


 少し先から、輝の学校の英語教師の原智子先生がこちらに向かってきた。

「これは、やばいぞ」とオレは思ったが、千里眼というか、デビルマンというか恐ろしい眼力を持っているあの先生に、すぐに気付かれてしまった。


 そして原先生はこちらに寄ってきた。


「あら星さん、カレシとデートかしら?」


「みつかったか、てへへ」輝が答える


「てへへじゃないわよ……こんな学校の近くで堂々と手をつないで、まあ」

「いいでしょうが」

「そうだ、君たち、一緒にご飯に行かない?ほらアソコにハンバーガーショップがあるでしょ」


「え、この辺りにはマック(ドナルド)とかモス(バーガー)はないはずだけど……」

 オレは言った。


「ちがうわよ、ハンバーガーレストラン。あのかどにある……」


「私、そこにたまに行くわよ。よく(新潟大学)医学生が良く行く場所」

「そう、そこ、そこ」

「オレ、そんなにお金をもってないけど」

「しょうがないわね。私がオゴルわよ。でも一番安いヤツね」


 この先生は相変わらずだ。


 原先生がスタスタと前を歩いて行く。オレと輝は追うようについて行った。

 輝の髪はとても良い香りがした。

 先生はトレンチコートを着ていて、これまた良い香りがする。


 吾は目眩めまいがしそうだった。


 茶色い扉を開けて、中に入るとお客さんがちらほら座っている


 若い学生、女性の姿が目立った。保健学科の看護学生だろうか


 俺たちは4人掛けのテーブルについて。原先生はオレも分もオーダーして、そして輝は自分で好きなハンバーガーセットを頼んだ。



 輝から話をきりだした。

「ねぇ一輝。学校はそのまま4年生(高等専門学校)に進むんでしょ?」


 オレは「その予定だけど……」と答えた。


「一輝はバンドを、続けるよね……」


「ああ、そのつもり」


 先生が切り出した。

「輝さん、あなたは本当に専門学校でいいの。音楽大学に進まないの?」


「だって音大ったって、クラシックでしょ。私はバンドを続けたいだけよ」


「保育か幼稚園の専門学校と聞いているけど。あなたの成績なら専門学校でなくても新潟大学教育学部か上越教育大学とか、新潟県立大学は大丈夫だと思うんだけど」


「いいんです。私は母の面倒もあるし。ここから通うのに一番近くの近い専門学校に進みたいんです。新潟大学教育学部はここから遠くはないけど、私の成績じゃギリギリか、落ちるかもしれないでしょ。私はバンドを続けたいし、それに幼児教育が好きなんです」


「そう。あなたが選びたいこと進みたいことに、私はもう、とやかく言うことはないけど、もったいないわね。一輝くんはそのまま、長岡で寮生活かな」

「そのつもりですが」


「そうだ。これを言わないと」輝が切り出した。

「この前に工藤君がね、あなたと寮の同室の。一輝は才能があるから、もっと身を入れて工学の勉強した方がいいと、私に忠告してくれって連絡してきたわよ」


「あいつ、キミにそんなことを言ったのか」


「私は工学のことはよくわからないけど、あなたはあなたの才能を伸ばした方がいいよ」


「じゃ、バンドは?」


「あなたはそのまま進級だから、勉強しながらでも、すこしはバンドを続けられるでしょ。でも工藤君が、そう言うんだから……」


 原先生がポツリと言った

「そうだね、橘クンは、きっと才能あるわよ」


「先生もなんで適当なことを言って……」

「私は、……あなたのお父さんのことを知っているからよ」


 輝は言った

「工藤君は、一輝が長岡技術科学大学の3年編入するか、専攻科にいくか、就職するのかと心配してたよ。『あいつ』がバンドをやるのは否定はしないけど、どっちつかずだと両方の可能性がパーになるってさ……」


「あいつ、そんなに俺のこと心配してたのか」


 原先生は、工藤君は良い人だね、と言った。



 店員さんがハンバーガーを持ってきて、それから3人は、とりとめのない会話をして、原先生は会計をして出ていった。輝の分も払って行った。



「そうだ、一輝、新しい曲のコード」


「なにこれ……Guns N' Roses オレ、知ってる『You Could Be Mine』だ」


「どうして一輝も知ってるのよ?」


「いや、オヤジが時々この曲を大音響で掛けて……」

「あなたのお父さんも?私の母も掛けてたわよ。ははは」

「たしか、アーノルド・シュワルツェネッガーの(スマホで調べて)『ターミネーター2』の主題歌と言ったっけ。1991年?かなり古いね……オレのオヤジが学生時代、長岡技科大の学生寮で悶々としていた時期だな……はは」


「ねえ、これから、私の部屋に来ない?」


 そうきましたか……ライブハウスの練習費の節約?いや……


 今日も肉を食わされたからなぁ


 ◆◆◆


 輝のマンションに着いた。



 暖房のスイッチを入れ、コートを脱いで、彼女は学校のブラウスの上にニットを着ている。

 ソファに腰掛け、オレはギターを持ち、彼女はベースで、タブレットに写したコードをみながら練習を始めた。


 オレが弾いていると、彼女はああした方が良いとか、こうした方が良いとか、教えてくれる。 昔から音楽をやっているだけあって、彼女には才能があった。


 彼女がコーヒーを入れてくれている時に、俺は家から持ってきたノートパソコンを取り出した。学校の課題のプログラミングができるようになっていた。高速バスや電車の中でも作業できるようにしていた。


 彼女は、興味深そうにタブレットをのぞき込んで、俺のプログラムを見ていた。


 部屋は暖房が効いて暖かくなっている。



 輝はパソコンをジッとみていたが、それから俺の顔をジッと見てきた。


「ねえ、一輝、You Could Be Mineという意味わかる?」


 あ、始まるな、と思った時に抱きしめられて、そして俺は押し倒された。


 俺のパソコンからガンズ(Guns N' Roses)のYou Could Be Mineが流れていた


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