第73話 Welcome to the Jungle(1987年)Guns N' Roses
秋の曇った関東の空の下を、二人の乗ったマツダ・サバンナRX-7は、ロータリーエンジンの音を轟かせて群馬県を北上していった。
カーラジオから流れていた、J-WAVEの曲はだんだんノイズが入るようになってきている。
私(原智子)は赤城高原サービスエリアに入り、車を停めた。
「ねえ、
「オレのこと、ダダシと呼んだ?」
「ええ、それが何か?」
「イヤ……」
「変なヤツね。そういえば、このCDチェンジャー、気になってるんだけど、オーディオにお金かけてるわね。ここに何のCDが入っているの?」
「あ!」
私はイジェクトボタンを押した
「なに、『うしろゆびさされ組』……おニャン子クラブか!がははは……」
島峰はしまった!という顔をしている(笑)
「ぷ、『象さんのスキャンティ』だって……あれ、もう一枚、出てきた、これは『うしろ髪ひかれ隊?」ははぁ、あんたアイドルオタクね!」
島峰はうつむいて顔が真っ赤だ……
「さあ、この6連チェンジャーには他に何が入っているのか、どうせ『河合その子』とか『国生さゆり』とか、……、まぁ押すのやめておくか」
私はカバンからCDウォークマンを取りだして、フタを開いた。
「ハイ、これ、入れて」
「智子さん、これGuns N' Roses……『Appetite for Destruction』なんちゅう……ヘヴィメタかよ……」
「まあ、ちょっとポピュラーというか、でもガンズ、最高じゃない。ほら、あと……」
「AC/DCに、Motörhead(モーターヘッド)……メタルばっかし……さすがワセジョ(早稲田女子)だ……智子さん、『見た目』通りの選曲ですね……」
「なにが見た目ですか!こいつらをチェンジャーにぶっ込んで、さっさと高速をぶっと飛ばそうぜ、なぁ、タダシクン。ヒヒヒ」
Welcome to Jungleがカーオーディオから大音響で流れ出した。
車は関越トンネルを抜け、新潟県に入った。
北の秋の空は綺麗に晴れて、空にはポツポツと
もう稲刈りが終わっているだろう、しかし、紅葉の季節には少し早い。
「俺、免許と財布しかもってないけど、ホントにそれしかない。こんな遠出になるなんて」
「私もそうよ」
「あとどのくらいで着く?」
「うーん、1時間半くらいで……柏崎には着くかなぁ」
「帰り遅くなりそう?」
「女の子の前で帰りの時間を気にする男は最低よ」
(何を言うつもりだ……)
「はい……(オレ何をされるんだろ、財布を気にしてたな……金を抜かれて、身ぐるみ剥がされて、海に捨てられるのか、オレ……)」
小千谷インターチェンジを降り、国道291を経由、国道8号に入った。
秋晴れの下の真っ青な日本海が見えてきた。
「俺、日本海を見るの初めて」
「ふーんそう、ねぇ、綺麗な青色をしているでしょ?」
車は日本海フィッシャーマンズ・ケープという、鮮魚店や雑貨店があるところに入た。 店舗の前の駐車場に停めて、鮮魚店を見ると浜焼きの美味しそうな香りがしている。
「ねえ、おじさん、イカの浜焼きを一つ、タダシはコレ食べたことある?」
「うーん、こんなデカイ浜焼きは無いかも。神社の縁日のヤツとかなら、もうちょっと小さいし……」
「じゃ、
私は彼にその大きなイカの浜焼きを渡した。醤油のとても良い香りがしている。
「うめぇ……これ、マジで……イカも肉厚で歯ごたえがあって、味が濃いし醤油の香りも……」と彼が美味そうに言った。
「私は父に連れられて良くここに来たからね」
私は、父と来たと言ったが、実際は高校の時にバイクで来た方が多かった。
「この上に行くと、サスペンスドラマに出てくるような、断崖絶壁の岬があるから行ってみない?そこに『シーガル』というレストランがあるから」
「そう、おもしろそう」
レストランシーガルの後ろに行くと、海に突き出た高い断崖絶壁がある。
サスペンスドラマのラストシーンと言ったが、ここはある名前で呼ばれていた。
彼は看板を見て、その別名に気がついた
「ここ『恋人岬』っていうのか……」
「そうよ」
◆◆◆
柏崎市鴎が鼻(恋人岬)
この岬は素晴らしい眺望だ。
左手には約千メートルの米山がそびえ、目の前には日本海。向こうには佐渡島が見える。
その崖の柵には恋人同士が恋愛成就のために南京錠をかけてている。
「ここからは、日本海に沈む夕日が良く見えて綺麗なのよ」
「夕日を見て今日は…どう…?」
「あなたはどうするつもりなの?」
「ここ恋人岬っていうんだってね……」
「そうよ、恋人同士でくる場所」
彼はモジモジして、そして意を決したように、
「智子さん、俺とつきあってくれる?」
「いいわよ……やっとハッキリ、自分から言ったわね」
いままで男子校で、女子と縁のなかった島峰忠は、この展開に自分自身で驚いているようだ。
「俺さ、新歓コンパで酔っ払って、帰られなくなって、智子さんのとこに泊めてもらったでしょ。それから、ずっと、ずっと、キミのことが気になって……」
「分かってたわよ。あなたが煮え切らないから、こうでもしないと言わないだろうと思ってたし。もし、言わなかったら崖から突き落とそうかと、ふっふっふ……ジャングルへようこそ……」
(何をするつもりだ……)
「まだ日没まで1時間くらい、あるみたいだけど」
「じゃ、ここから海へ降りる道があから、海まで行こう。あそこに駅が見えるでしょ。あれが青海川駅……」
◆◆◆
ふたりで秋の日没を見た後、また私はハンドルを握った。
その岬のレストランを離れて、少し市街地側に向かって車を走らせ、国道から分かれた細い道に入った。
そして着いたのは海のすぐ近く、崖の上に建つ旅館、
「
大きくないが綺麗な建物である。
「智子さん、ホテルに入って行って……もしかしたらココに泊まるの?」
「他になにするの?今はオフシーズンだから部屋は空いているわよ。でも飛び込みだから食材がないかも……」
私はフロントでカギをもらってきた。今日は運良くキャンセル客の食材があるらしい。
ホテルの人が部屋を案内し、綺麗なお座敷の和室に通された。
眼下には日本海が広がっている。もう日が暮れて海は黒く、秋の星空しか見えない。
彼の心臓はもうバクバクのようだった。顔は青ざめている。
普段、雑誌でエッチなことしか考えていないような彼だが、
「その時」が迫っているという表情が見て取れた。
「アナタ、顔色わるくない?」
「いいや……あの……」
「そうだ、あそこに離れ屋が見えるでしょ。あれは、田中角栄元総理がこの宿を定宿にしていて、あの建物で『日本列島改造論』を執筆したんだって」
「マジですか!そんな田中角栄の定宿?そんなスゴイところに」
「政治家とか時々、ここに泊りにくるらしいのよ」
「でもお値段は手頃だよね」
「世の中、金額の高い安いじゃないのよ。アナタも田中角栄みたいな大物になりなさいよ!」
「ハイ……」
「じゃ、一緒にお風呂に入る?」
彼は立ちくらみがしたのか、気絶したように倒れ込んだ
刺激が強すぎたのか……
◆◆◆
ふたりでレストランでの食事が終わり部屋に戻ると、
畳の上に布団が二つ並んでいた。
◆◆◆
翌朝、
彼はパンツ1枚で寝ていた。
私はシャワーを浴びて、下着は持ってきてないから昨日のものを履いた……
突然の展開で何も用意していなかった
彼はまた子どものようにスヤスヤと眠っていた。
私は、彼の頬をツンツンと突くと、彼は目覚めた。
彼の頭の中は、私の肌のぬくもりの余韻に浸っているようだ
「卒業おめでとう」
「卒業か、ってオレが……よくアレだって分かったな」
「当たり前じゃん。アナタが始めてだってわかるわよ」
彼は、男子校で中高と過ごし、わき目も振らずに勉強し、女性と縁がなかったのだろう。
嬉しさで頬が緩んで、ニヤけていた……
窓の外には、秋の晴れた真っ青な日本海が広がっていた
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