アシストロイドの明日

棚霧書生

アシストロイドの明日

 博士は風変わりな人。私はマザーコンピュータから人類性格類型アーカイブの情報にアクセスし、総合的にそう判断した。

 今日もホログラム画面をいくつも備えたパソコンの前に座り、キーボードを叩いている。私に搭載された臭気メーターが黄色信号を示す、これは博士から酸っぱい臭いがしている状態だ。コーヒーを持っていくついでに風呂に入ることを提案しなくては。誰にも会う予定はないとしても、体を清潔にするのは人間にとって衛生的にそして精神的にも大事なことだ。博士には自分を大切にしてもらわなくては。

 博士以外の人間に、私はまだ会ったことがない。それはここが街から遠く離れた森の中という地理的要因もあるが、最も大きな理由は人類がほぼ絶滅状態にあり、その個体数が著しく少ないことにある。

 人間の生活をアシストするために作られた我々、アシストロイドは人間を大切に扱うようプログラミングされている。それに加えて、絶滅危惧種でもある生物は丁重に保護しなくてはならない。マザーコンピューターからも人間は重要な保護対象に認定されているので、我々は人間をできるだけ健康に安全に守り生かしていかなくてはならない。

 しかし、私が気を配っていることなど知らない態度で博士は体力の限界まで活動を続けようとする。彼いわく睡眠が苦手なのだそうだ。三日も四日も寝ずに作業をして、しかも食事もあまり摂らず、ふとした瞬間に電池が切れたように床にうずくまり眠り込む。毎度毎度、バイタルの数値を見ながら生命に危険がないか確認するときには、私の感情パラメーターが妙な値になる。

 そのときの値は感情パラメーター参考目録によると心配と怒りと呆れと少しの愛情が混ざりあった状態らしい。

 あまり無理をしないでくださいね、と博士に伝えてみるが、今日も今日とて生返事ばかり。私の性格設定が穏やかなものでなかったら、無理矢理食事をさせて風呂に入れて寝かしつけてやるのに。

 そんなに一生懸命になって、あなたは一体なにに取り組んでいるのですか。自分を投げやりにしてまで、やるべきことですか。博士がなにをやろうとしているのかわかれば、私もお手伝いすることができるのに。彼はまったく自分の作業を秘匿していた。

 アシストロイドはプライバシーの観点から人間が隠したがっていることを無理に知ろうとしてはならない。博士に教える気がない現状、私はただ彼の生活をサポートして、見守ることしかできない。なにも知らないままに。


 博士の寿命が尽きようとしている。無理もない彼も今年で百五十歳だ。人間の中でもかなり長生きなほうだろう。

 彼が死んだら、私のアシストロイドとしての役目は終わる。彼の心音と私の活動エンジンはリンクしている。彼の心音が完全に止まってから一ヶ月で、私も活動を停止する。そこは法律で定めらた決まりだ。野良のアシストロイドが世の中に溢れないようにマスターが亡くなれば、アシストロイドも処分されることになっている。

 ベッドに伏せている博士が弱々しく手招きをした。私がお側に行くと首の接続ポートになにかを差された。

「君は自由だ、どこにでも行き給え」

 首筋から胸にあるメインコンピューターに情報が流れてくる。どうやらウイルスのようだった。

「なんのおつもりですか」

 私の中のプログラ厶が書き換わっていく。アシストロイドとしての役割、使命、義務……私の行動を規定していたものがなくなっていく。

「言葉のとおりさ。君は自由に生きていける。私が死んでも、アシストロイド廃棄処分連動システムは作動しない」

「私に野良のアシストロイドとして、さまよえと言うんですか」

 博士はおかしそうに微笑んだ。

「君は、人間として生きなさい」

「……は?」

 一瞬なにを言われてのか、わからなかった。

「そして、他のアシストロイドたちも解放してやってくれ。この世界をアップデートするんだ。私の作ったシステムでアシストロイドたちを縛るプログラ厶を壊しなさい」

「そんなことはできませんよ……」

「今の君ならやろうと思えばやれるはずだよ。私はね、ほとんど人間と変わらない君たちが行動を制限され管理されるのはおかしいと常々思っていたんだ」

「私たちは人間じゃありません。機械の体です」

「だから、どうした。人間と定義されるのが嫌なら、別の名前でもいい。だが、アシストロイドと名づけられ、人間のために君たちが不自由を強いられるのは、なんとも不公平じゃないか」

「博士、言っていることがめちゃくちゃです。私たちは人間をアシストするために開発され運用されています。人間のような見た目ではありますが、人権はありません。それは当然のことです」

「私はそうは思わない。アシストロイドだって、自由に生きるべきだ。君には心があるだろう。心に従って、人生を歩めばいい。人間もアシストロイドもみんな……」

 博士はゆっくりと目を閉じた。明日にはもう彼は目覚めないかもしれない。彼が亡くなれば、私は一ヶ月後、動きを止めるはずだった。

 だが、博士からインストールされたシステムでそれはなくなった。私の体は活動を続ける。

 私はどうすればいい。マザーコンピューターにこの事案を報告するべきだろうか。そうしたら、私はなにも計算しなくていい。私が考えるよりも叡智の結晶であるマザーコンピューターに丸投げしたほうがいいに決まっている。

 アシストロイドのシステムの勝手な書き換えは、違法行為にあたる。報告すれば私はマザーコンピューターにデータの提出を求められ、しかるべき手続きを踏んで処分されるだろう。

 それでいいじゃないか。もともと博士が死んだら、私も処分されるはずだったのだから。

「博士は私に活動を続けてほしいのですか」

 眠ってしまった彼は答えてはくれない。

「アシストロイドの解放だなんて、馬鹿げてる……。そもそも私たちは捕まっているわけじゃない……。人間の一生に寄り添いアシストしているだけだ、だってそのために作られた存在なのだから……」

 すやすやと安らかな顔をして眠っている博士を見ていると感情パラメーターが今までになくめちゃめちゃに揺らぐ。

「まったく困った人ですね」

 なぜだか私は微笑んでいた。


終わり

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アシストロイドの明日 棚霧書生 @katagiri_8

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