第5話 灯
俺たちの部隊は、少し特殊な任務を有している。そのため、行動が昼と夜が逆転することが多くある。
夜陰に乗じ、敵の側背奥深くまで侵入し、後方攪乱をするのが任務だ。まったく、正気の沙汰ではない。
今日も夜間行軍が待っている。夜明けが来るまで、この歩みは止まらない。
間もなく薄暮を迎える、また今日も暗夜がやって来る。冬の訪れを告げる渡り鳥の姿が美しい。それでも俺たちは、その恩恵を受けることなく、ひたすら真っ暗闇を歩き続ける。
夜歩く以外、普通の行軍とは何も変わらない。長い隊列を組んで歩くが、先頭が何処かすら全く見えないのだ。
敵からの襲撃も可能性が少ないから、気持ちは幾分か楽だ。しかし、身体は本当に苦痛だ。
疲労困憊した身体に真っ暗闇。当然眠気が襲う。
自分が銃を担いでいる事も忘れて、思わず眠ってしまう。
人間とは器用な生き物で、歩いていても、脳の一部は眠る事が出来る。
もう二行程は寝ただろうか、俺は暗闇をいい事に、思わず歩きながら背伸びをする。一般部隊なら、上官から激しく叱責されるところだが、ここはこの部隊の唯一いい所だ。
これが山岳地帯であれば、呼吸が荒くてきっと眠くはならないだろうが、あいにく延々と地平線が見えるほどに平野だ。
変化の無い道路は、足の疲労を助長する。同じ場所ばかり擦れるから、軍靴の中も豆だらけだ。
銃が肩に食い込み、それも苦痛だ。どうして軍隊という所は合理的に出来ないのだろうと、バカバカしくなる。
そんな同じ景色ばかりが何時間も続いた平原の先に、ポツンと民家がある。窓からは暖炉とランプの仄かな灯、それでも、人の温もりが感じられて、とても羨ましくなる。
こんな時間まで、あの家の人たちは、一体何をしているのだろうか。
他愛の無い家族団欒、きっとそんな時間を過ごしているに違いない。
兵隊の目線からは、そんな日常がとてつもなく羨ましく感じられる。
出来れば、あの灯の中に入って、優しい笑顔の中に混ざりたい。
他愛のない、親子の会話に入りたい。
きっと子供は、早く寝なさいと母親に怒られているに違いない。
だが、そんな日常が、とても大切な、掛け替えの無い幸福なんだと、どうか気付いてほしい。
行軍中の兵士は、みんな俯き言葉を発しない。それでも、暖かな民家を遠目に、それが次第に小さくなって行くと、誰もが現実に引き戻される。
さようなら。君たちの日常。
もう会う事もないと思うけど、どうかお父さん、お母さんの言う事を聞いて、達者に暮らしてください。
俺たちは、また明日も夜通し行軍する。
隠密を常とした部隊の事なんて、年月が経てば誰も覚えていないだろう。
遠い未来で、今日俺たちが感じた温かさを伝える人は皆無だ。
些細なことかもしれないが、今日はそんな事が堪らなく寂しいと感じる。
俺たちは、何処に行くのだろう。
乾いた大地が、カサカサと俺たちの心を削って行くようで、今夜はそれが辛い。
いつか、この想いが誰かに届きますように。
遠き「祖国」は独立を勝ち得たろうか 独立国家の作り方 @wasoo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。遠き「祖国」は独立を勝ち得たろうかの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます