第4話 この世界の底辺より

 どうして、このような任務に就くことになったのか、そこの部分は完全に抜け落ちている、しかし、私は今、諜報ちょうほう活動の真っ最中にいる。

 

 戦時中の困難も乗り越え、戦後も再び軍事の世界へ足を踏み入れたが、よりにもよって、諜報関係の仕事に引き抜かれてしまった。

 

 単純に、外国語や海外に渡航歴があれば、引き抜きがあるような世界だ、人事が枯渇しているのもよく解る。

 下山事件のようなリスクを負って、中途半端な事件を起こすほどに、この国の諜報部員の質は下がっていた。

 いや、任務を振ってくる国が、日本からアメリカに変わったことも、その大きな要因と言える。

 とにかく無理難題を言って来る。

 敗戦国の諜報部員なんて、本当に奴隷そのものだ。

 戦前・戦時中を通じて育成された諜報部員の多くは、未だ海外で活動中であるか、新たな国家建設により、もはや帰ってくることが困難な状況にある。

 それ故に、私のような戦後からの諜報部員が、多く量産され続けていた。

 

 今日も単純な任務。

 

 仲間たちは、新生国軍での訓練に明け暮れている事だろう。

 羨ましい、私だって前線に立ちたいと、いつも思う。

 

 それがどうしたことだろう、働き盛りの男が、こんな時間に公園のベンチに座り、何もすることなく、ただ座っている。

 まるで、社会から取り残されたようで、とてつもなく寂しさを感じる。

 諜報部員なんて、直接情報活動する人間は、ほんの一部だ。

 ほとんどの要員が、書類の収集と翻訳に従事している。

 外に出て、映画のように活動するのは、ほんの一握り。


 私は、そんな一握りの一人だ。


 世間的には、目立たない中年男性、生きがいすら見出せない、地味な男性。

 ここはまるで、世界の底辺のようだ。


 曇り空で未だ肌寒いが、公園には新緑の息吹が感じられる。

 こんな美しい空間に、戦いを持ち込むのは、本当に下世話な話だと感じる。


 少し離れた所に、よそ行きの服を着た親子連れがいる。

 子供は帽子を被って、いかにもお坊ちゃんだな。

 母親も、気分がいいだろう、子供にお洒落させて。

 きっと、裕福なんだろうな。


 私も妻子ある身ではあるが、もう随分会っていない。


 一緒に行楽なんて、そう言えば全くしてこなかった。

 申し訳ない、・・・達者に暮らしているだろうか。


 目標が近付いてくる。

 

 ・・・ああ、本当に嫌だ、こんな平和な空間に、戦争を持ち込むなんて。


 やはり、私は諜報部員には向いていない。

 懐の拳銃の重さが、無駄に左右のバランスを悪くする。



 相手が先に発砲する。



 とても静かだ。


 地面が急速に近付き、自分が撃たれて倒れたのだと悟る。

 痛みは、あまり無いが、さっき近くに居た親子が、悲鳴を上げてこちらを見ている。

 結局、私は拳銃を抜くことも無かった。


 そんな目で見ないでくれ。

 敵の目的は達成された。

 私が倒れたならば、ここでの銃撃戦は発生しない。


 だから、それでいい。


 きっと、こんな切ない気持ち、誰にも伝わらずに、消えて行くんだろうな。


 私も、自衛隊が良かった、一般部隊で、最前線に身を置きたかった。


 こんな、誰にも知られることなく、情報戦士として散って行く事に、きっと大した意味はない。

 仲間と共に、部下と共に最前線の男として散りたかった。



 最後に、あの親子連れに危害が無くて、本当に良かった、本当に。

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