11. 消された歴史

「そなた、随分と知識が豊富なようだな」


ソレは、飽きるほど見てきた「異能者」を見る人間の目。

問いかける声に含まれた、僅かな疑心の念。


「え?いえ、そのようなことは」


困惑したように首を傾げるも、彼の重心は先程よりも後ろに傾いている。

無意識の内に、距離を取ろうとしているのだろう。


「俺も学ぶのは好きな方だが、そなたの話した内容は一度たりとも聞いたことがなかった」


少し、詳しく説明をしすぎた。

腰元の刀に伸びる手に、訝しげな様子。

私が異能を有する者かもしれない、という疑念が浮かんだのだろう。

ここで仕留めてしまうのは容易だし、塵一つ残さず証拠を消し去ることも可能だ。

しかし相手は王族、彼に何かあれば後に触りしか出ないのは明白。

一先ず、躱してみるか。

無害さを演じるべく、出来るだけ困ったような笑みを浮かべ、少し高めの声で彼の問いに答える。


「それは、当然のことではございませんか?」

「当然、とは?」

「南方を追われ、東軍に助けを求めたのは宵の歴史にございます。あなた様の国では、おそらく悪しき「異能者」を遠ざけたという事実のみが伝わっているはず。その背景に存在する鎮守様や水神の湖のことなど、初めから記録には残っていないでしょう」

「記録に残らない?」

「今しがた私が申し上げた内容は、故郷を追われた敗者だからこそ、残された記録にございます。それに、あなた様の暮らす暁は、とても豊かな国だと聞き及んでおります。国境近くの危険な地まで、わざわざ薬草を取りに来る必要などないはず。この地との縁が自然と薄れてしまえば、この地に関する知識など必然的に消えてしまうでしょう」


「必要のない知識は消えていくものです」と断言した言葉に、彼が目を見張る。

そしておそらく、その言葉がよくなかったのだろう。

端的に核心を突いた言葉で、彼の中で私が「普通の人間」ではないという判断が下されたのがわかった。


「・・・そなたは、薬草を取りに来ていたのか?」


言いながら傍らに置いてある籠を一瞥し、辺りを見回す様子は、私の身元判別に必要な情報を得ようとしているのだろう。

籠に掛けてある布に目が止まった瞬間、不自然に強ばった表情。

東軍の紋を見て、私を関係者だと悟ったか。

こうなればもう、下手に隠し立てするのは無駄だ。

多少手荒になったとしても、早々に森から追い出してしまえば何とでもなるだろう。


「はい、仰る通りにございます。この地は宵では育たぬ植物が豊富な上、西軍の方々が足を踏み入れることはまずありません。鎮守様の機嫌さえ損ねねば、とても安全に良質な薬草が採取できる地なのです」

「そうだったのか・・・ならば、西軍の人間である俺が姿を現した時は、さぞ驚いただろうな」

「えぇ、とても。この地にはよく足を運びますが、暁の方はもちろん、誰かとお会いすること自体、あまりありませんので」


そう、ここに足を踏み入れる者は、暁を追われた者か、暁に居場所が無い者だけ。

間違っても、この少年のような人間が足を踏み入れて良い場所などでは無い。

戦を知らず、歴史を知らず、森の向こうにあるのが異形の集まる国だと信じているような人間には、留まる権利などあるはずがなかったのだ。


「宵では、それほど頻繁に薬草が必要になるのか?」

「いえ、戦時中ではございませんので、それほどでは。ただ、風邪薬や傷薬など、日常的に使用する薬の類でも、ここの薬草が必要なことが多いのです」

「薬師をしているのか?」

「そのような者ではございません。薬草を煎じることは、どの家庭でも一般的に行われております。私はただ、植物が好きなだけです。それで人より少し詳しいので、まとめて採取しております」


その言葉で、彼の視線が再び東軍の意匠へと向けられた。


「そなた、武人に仕えているのか?」

「え?」

「その紋様、東軍の意匠であろう?」


抜刀の動作へと入る彼の様子に、一際森がざわめいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

至上命令 一文字 幸 @yuki_ichimonji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ