第九話 ヘルメス〜生後2日の大泥棒〜
前話にて紹介したアポロンには、固い絆で結ばれた大親友がいます。その神こそ
しかし、医術や芸能という貴族的性格を持つアポロンとは違い、ヘルメスは神でありながら人にかなりフレンドリーな神であり、庶民の味方でもある神なのです。では、どうして彼らは親友となったのでしょうか? その神話と神話の裏にある背景を語っていきましょう。
①アポロンの大親友~俺たちズッ友だよ~
伝令神ヘルメスは、最高神ゼウスと愛人マイアの間にうまれた神ですが、生まれた時から特殊な立ち位置にいました。マイアとヘルメスは、ヘラの嫉妬から逃れるために洞窟に隠れ住んでいたのです。
ヘルメス(生後2日)「ぼくはこんな暗い場所で終わる赤子ではないでちゅ!」
愛しい母を守るため、そして自分の兄や姉を見返すために、赤子ヘルメスは洞窟を飛び出していきました。そしてなんと、すでに光明神として名をはせていたアポロンの牛を盗みだすのです! しかも50頭! 盗み出す時にも、自分が発明した特殊なサンダルを使って、足跡を残さないようにする始末……本当に赤子か?
完全犯罪成立……かと思いきや、アポロンはすぐさま予言の権能を用いて、盗んだ犯人がヘルメスであることを突き止めます。
アポロン「おいクソガキ、今なら許してやるから、私の牛をどこへやったか言え」
ヘルメス「……? ばぶぅ⁇」
アポロン「プツン(血管が切れる音)」
アポロンの予言は絶対です。真犯人はわかっているのに、証拠が一切ない状況にしびれを切らしたアポロンは、なんと赤子ヘルメスを抱いたまま、父ゼウスのもとへ乗り込むのです。
そこでもヘルメスは、アポロンやゼウスの質問をあれやこれやとかわし続け、しまいには「ぼくまだうまれたばかりの赤子でちゅよ? おおきな牛さんなんて盗めないでちゅ」と知らばっくれるのです。
結局、ゼウスの進言によりアポロンはヘルメスを許し、ヘルメスは牛を返すこととなりました。ゼウスはこの時、ヘルメスの言葉巧みな交渉術と嘘をつく能力を見込み、自分の不倫のしりぬぐいをさせるようになりました。かわいそう。
ですがアポロンは気に入りません。罰を与えることができず、牛も何頭かヘルメスに食べられてしまったからです。ヘルメスはそれも予想していたのでしょう。彼は亀の甲羅で作った竪琴を引っ張り出します。
こうして柔らかな調べで歌い始めると、アポロンは感じたことのない悦びで胸がいっぱいになりました。
アポロン「その音色には牛50頭の値打ちがあるぞ。その竪琴と私の持つ杖を交換して、仲直りしないか?」
ヘルメス「喜んでお渡ししましょう。その代わり、もう僕を責めないでください」
アポロン「いいだろう、友よ。その代わり、私のものを盗むのはやめてくれ」
こうしてアポロンは杖ケリュケイオンをヘルメスに、ヘルメスは竪琴をアポロンに渡します。この尊い友情を見たゼウスは、2人を大親友として認めました。そして2人は今日に至るまで、互いを親愛なる友としているのです。
②盗みは名誉ある行為⁉
この神話からわかるように、ヘルメスは交渉や発明だけでなく、嘘や詐欺、盗みの神でもあります。アポロンもそうでしたが、なぜヘルメスも負の側面を担っているのでしょうか? アポロンと同じように外来の神なのでしょうか?
いいえ、違います。当時のギリシャにおいて『盗み』とは時には正当なる行為として認められ、『嘘や詐欺』も庶民にとって強い武器となったからなのです。
ヘルメスの生まれた場所、信仰地の一つであるアルカディアでは、家畜泥棒は名誉ある行為だったのです。古代アルカディアの農民たちは、多くの家畜や土地を持つ農民から、牛を盗みだすことを立派な行為だと捉えていました。
また嘘や詐欺という、ある種の交渉術というのは、庶民が誰かと交渉する時、商売の範囲を広げるときなどなど、幅広い場面で使われています。相手の弱みをいち早くつかみ、それを利用して嘘を混ぜながら交渉する方法は、大勢の奴隷や金銭を持たない庶民にとって、強力な武器だったのです。
このように、ヘルメスは庶民の味方としてあり続けました。それだけでなく、怒らせると恐ろしい罰を与えるアポロンやゼウスを懐柔し、オリュンポス12神の一員に至るまでになります。まさに、交渉の神にふさわしい、人たらしで神たらしな神と言えるでしょう。
古代ギリシャオタクは語りたい~ゼウス世代と作者の推し神編~ 神在月 里歌 @Sanosukemaru
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