流れ星が見られませんように

下東 良雄

流れ星が見られませんように

 私は祈る。

 流れ星が見られませんようにって。

 お願い、私の小さな恋を邪魔しないで。



 幼い頃から好きだったいつきくん。

 マッシュショートでちょっと小柄。中性的な可愛らしい顔付きが私たち女子に人気な男の子。

 そんな彼は一軍男子。二軍のベンチ入りすら叶わない地味で陰キャなメガネ女子の私は、ただ遠くから見ているだけ。中学生になって同じクラスになったのは喜んだけど、下手に話し掛けようものなら一軍女子にイジメられるだろう。一応幼馴染みだけど、まぁ負けキャラだ。


「……田中さん、今年の夏休みも楽しみだね……」


 廊下ですれ違った時、樹くんから囁かれた一言。

 今年もまた、あの夢のような夏の夜を過ごせるのだ。



 小学五年生の夏休みの夜、親に叱られて家を飛び出した私。

 ふてくされて、近所の公園の芝生に寝転んだ。

 叱られたのは私のせいだけど、何だか納得いかなかった。

 ちょっと田舎なこの辺りは、夏でも星がよく見える。

 夜空に瞬くたくさんの星を眺めていた。


「田中さん? どうしたの?」


 突然声をかけられて驚く私。

 声の主は樹くんだった。


「あ、あの、星を……流れ星を探していて……」


 咄嗟に出たウソの言い訳。

 そんな私のウソを聞いた樹くんは、私の横に寝転んだ。


「オレも見てみたいな。ねぇ、流れ星が見つかるまで、明日からここで天体観測しようよ!」


 私は驚いた。あの樹くんが一緒に天体観測してくれるというのだ。

 この公園は家のすぐ近所だし、街灯で明るい。出入口のところには交番があるので安心の場所。

 私は樹くんからの提案を喜んで受けた。


 家に帰って、お母さんに謝った。

 そして、樹くんからの提案を話したところ、必ず樹くんが一緒のこと、必ず防犯ブザーを手に握っていること、天体観測の前に必ず交番のお巡りさんに声をかけること(いない時は観測中止)、お巡りさんの目が届く場所で行うこと、そんな条件の下でOKをもらった。やったね!


 それからほぼ毎晩、樹くんと公園で天体観測。

 夜空を眺めながら色々な話をした。学校でのこと、好きなアニメ、推しのアイドル、将来の夢……毎日ほんの一時間だけ、ふたりだけの世界がそこにはあった。


 私は祈っていた。流れ星が見られませんようにって。この世界を壊さないでって。

 その願いが通じたのか、この年の夏、流れ星を見ることはできなかった。


「流れ星が見えるまで頑張ろうな!」


 樹くんとの天体観測は翌年も続き、六年生の夏休みも夢のような夜をふたりで過ごした。流れ星はそう簡単には見られない。


 でも、中学生になって同じクラスにはなったものの、明確なカーストで区分けされてしまい、樹くんと言葉を交わすことすらなくなってしまった。

 もうあの夏は戻ってこない。そう思っていた。



 そんな時に樹くんからそっとかけられた言葉。驚いて振り向くと、樹くんも振り向いていた。そして、私に優しい微笑みを残し、そのまま向こうへと行ってしまう。

 今年も夢のような夏の夜が過ごせる! この日から私は夏休みが待ち遠しくて仕方なかった。


 そして、夏休み。


 いつもの時間、いつもの公園に樹くんはいた。

 芝生にビニールシートを引いて、寝転がる私たち。

 ずっと会話できていなかった私たちは、その空白の時間を埋めるように色々な話をした。二度と体験できないと思っていた夢のような時間だ。


 だから、今年も私は祈る。流れ星が見られませんようにって。この時間が永遠に続きますようにって。


「あっ……!」


 八月に入る直前、夜空を駆け抜けていった流れ星を見てしまった。

 樹くんも声を上げたということは、流れ星が見えたということだろう。

 天体観測三年目。観測を始めてから二年後、ついに見えてしまった。

 夢の時間は終わりを告げ、流れ星は私の心に秘めていた小さな恋心を打ち砕いた。幼馴染みという負けキャラは、二軍にも入れない地味な女子は、夢を見ることさえ許されないのだろう。

 夜空に輝く星々がゆっくりと滲んでいく。私は樹くんに見られてはいけないと目を拭った。


「……なぁ、また流れ星を見たくないか、


 私の左手が暖かくなる。

 樹くんが私の左手を握ってくれていた。

 驚いてとなりの樹くんを見ると、じっと夜空を見てはいるけれど、私が見たことないほど顔を真っ赤にしていた。


 流れ星が私の恋心を打ち砕いた、なんて思っていたけど、それは違っていた。砕け散ったのは流れ星の方で、キラキラと輝くその星屑は、私と樹くんを優しく包み込んでいた。


 私は、そんな樹くんの問いに答えない。

 その代わり、樹くんの手を強く握り返した。


 私は祈る。

 また綺麗な流れ星が見られますようにと。

 樹くんと一緒に見られますようにと。


 私たちの真夏の夜の夢は、まだまだ終わらない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流れ星が見られませんように 下東 良雄 @Helianthus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説