ハッピーエンドを見届けよう★おまけSS

 我が家に、新たらしい二人の家族が同時に誕生したのは、6ヶ月前。新緑が燃え盛る5月の事。


 長男・四季しき


 長女・朝陽あさひ


 四季折々、季節が移り変わるように、毎日朝陽が上るように、この子たちの成長が、当たり前でありますように。

 そんな願いを込めて、大和と二人で名前を付けた。


「まさか姉ちゃんが双子を産むとはね」


 そんな言葉がすっかり口癖となった康介は、慣れた手つきで四季にミルクを飲ませている。

 朝陽はベビーベッドでお昼寝中。


「朝陽はよく寝るね」


「うん。助かる」


 大和がなかなか育児を手伝えない中、戦力になるのはやはり家族だ。


 それでも一人で双子の育児と家事は、想像を遥かに超える忙しさだった。


 疲労は二倍。

 しかし、喜びも幸せも二倍。


 出産は、大和立ち合いの元、帝王切開で行われた。


『救命のお医者さんが傍にいてくださるなら、何かあっても安心ね』

 助産師の言葉とは裏腹に、終始青ざめた顔で、誰よりも緊張していたのは大和だった。


『こういう時、男は本当に無力だな』

 その言葉は改めて女は強いのだと教えてくれて気がする。


 手術が終わり、病室に戻って、寒さに震えながら先ずした事。

 それは――。


『窓、開けて』

 途切れそうな声で、大和にそう告げると、不思議そうな顔で窓を開けてくれた。


 柔らかな風が侵入して、部屋の空気を入れ替えた。


 お昼過ぎの新緑が焼けるような匂い。


『あの時の匂い……』


 私を苦しめた、あの日の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。

 部屋の空気が入れ替わるように、この匂いの記憶が幸せな物に入れ替わるように。


『え?』


『初めて妊娠した子供をおろした日。あの日と同じ風の匂い』


 大和は『うん』といいながら私に寄り添うようにベッドに腰掛けた。


『あの時ね、毎年この匂いを嗅いで、あの日の事を思い出してみじめな気持ちになるんだろうなって思ったの』


『うん』


 大和は私の肩先をさすった。

 その手は大きくて、とても温かい。


『でもね、来年からはきっと、今日の日を思い出して幸せな気持ちになるんだろうなって思う』


 そんな事を大和に話した事を思い出した。


「二人のどっちかが、あの時の赤ちゃんなのかな?」


「え?」


「康介言ってくれたじゃん。産まれて来られなかった子はまた戻って来るって」


「ああ」

 康介は、なんだか気まずそうに四季の顔を見ながら曖昧に頷いた。

 さては当てずっぽうだな、と思ったが言わない。

 あの時の私には、あの言葉が必要だった。


「どうだろ? わかんないけどさ、あの子の分まで幸せにしてあげなよ」

 ミルクを飲み終えた四季を縦に抱き、背中をトントンしながらそう言った。


「そうね」


「あの時死んでたら、姉ちゃん四季と朝陽に会えなかったんだぞ」


「うん。ずっとちゃんと言おうと思ってた。あの時は、本当にありがとう。康介が気付いてくれなかったらって思うと、怖いよね。死んでたか、後遺症に悩まされてたか。本当、バカな事したって思うよ」


「けど、それがあって大和さんと出会えたんだもんな」


「それもそうだけど」


「世の中、上手く出来てるよ」


「こうして、あの時の事笑えるようになるなんて、思いもしなかったな」


 大きな声で笑う二人の声が、晩秋の空に吸い込まれた。


「うんぎゃーーーーーーー」

 元気いっぱいに朝陽が目を覚ます。


「ああーー、起きちゃった」


 朝陽はよく寝るが、寝起きが最悪なのだ。


 急いで抱っこすると、ふがふが言いながら泣き止んだ。

 と同時に


「ふんぎゃああーーーーー」


 今度は四季が、康介の腕の中で大暴れ。


「ああ、こうなったら俺じゃ無理だ。姉ちゃんバトンタッチ」


 そう言って四季を私に丸投げする。


 右腕に朝陽、左腕に四季を抱きかかえると、泣き止んでしまうのだから不思議だ。


「さすがママスイッチ」


 康介はそう言って笑った。


 私は、両手いっぱいに幸せを抱きしめる。


 人はいつか必ず死ぬ。

 どうせ死ぬなら、めいっぱい幸せを堪能しつくしてからがいい。


 四季と朝陽がこれから紡ぐ物語。

 ハッピーエンドを見届けて。



 完

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どうせ死ぬなら 神楽耶 夏輝 @mashironatsume

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