あなたへ

クロノヒョウ

あなたへ



 知り合ったのはゲームの中。

 キャラデザインが綺麗だと思い、なんとなく始めたゲームだった。

 そこで出会って仲良くなったあなた。

 ゲームに詳しくて頼りになる、優しくてカッコいいあなたと毎日そのゲーム内で楽しんでいた。

 もちろんあなたのことは何も知らない。ただゲームの中で会って、たまに会話するくらい。

 たぶん、きっと、ただそれだけだけど、私たちは女同士だけれど、お互いに強く想い合っていたと思う。

 私の心の中であなたの存在はどんどん大きいものとなっていった。

 一年と少し経った頃、私はそのゲームをやめてしまった。ただ、やめた後もあなたは私のことを気にかけてくれた。SNSで繋がり毎朝挨拶をかわすようになった。

 あなたはいつも仕事が忙しいと言っていた。もう三ヶ月も休みがないと。今どきそんな会社があるのかと腹が立った。もっと他にいい仕事はいっぱいあるから辞めてくださいと言いたかったけれど、私に言う権利はないと思っていた。

 だって私はあなたのことを何も知らないから。

 そんなある日、あなたからの返信が遅くなった。あなたは仕事が忙しいと言っていた。

 私は心のどこかであなたに飽きられたのかな、と思っていた。よく聞く、仕事が忙しいから会えないと言い訳する浮気した彼氏、的なやつかなって。そうやってどんどん会えなくなって別れを告げられるパターンかなって。

 そこで食い下がる勇気がなくて、私はしばらくあなたにメッセージを送るのをやめようと考えた。本当に仕事が忙しいならなおさら、私への返信に労力を使わせたくなかったのもあった。あなたはまだゲームは続けているだろうし、これ以上あなたの時間を削って寝不足にさせるのは私の方が辛かった。

 音沙汰がない日々が続いても私は心のどこかでずっとあなたのことを想っていた。

 どうしてるかな?

 元気にしてるかな?

 また一緒にゲームでもやりたいな……。

 そう思っているうちに季節は変わり、春になった。

 毎日通る通勤路の公園の桜が咲いていた。

 写真に納めた桜を見ていると、私は無意識のうちにあなたにその写真を送っていた。

 久しぶりでドキドキしたけれど、返信はなかった。

 心がもやもやした。

 あなたを想う気持ちは恋に似ていた。

 だから返信がないのが辛くて、いっそのこと終わりにした方が楽だと思った私はあなたに言った。

『迷惑だったらそう言ってください』

 仕事が終わってスマホを見ると返事がきていた。

『返事遅くなってごめんね、今入院してるんだ』

 私の心臓が一気に加速したのがわかった。

 しばらく動けなかった。

 そしてすぐに後悔という波が私を襲ってきた。

 どうして私はメッセージを送るのをやめてしまったのか。もっとちゃんと毎日送っていれば、いや、送ったところでどうにもならないのだろうけれど、もっと早くあなたの状況を知ることはできただろうに。

 後悔してもしきれなかった。あなたに何があったのか聞いてもしばらく返事はなかった。ただ二ヶ月ほどの入院だと言った。二ヶ月も入院するなんて重い病気なのは明白だ。

 それから私は毎朝あなたに『おはようございます』と挨拶を送っている。

 返信は二、三日に一回だけれど、もうそんなことは気にしない。あなたにどう思われてもいい。あなたが元気になってくれれば。

 仕事帰りにあの公園で足をとめ夜空を見上げた。

 桜はとうに散って緑色に変わった。

 空は晴れ、星がキラリと瞬いた。

 少しずつあなたの病状がわかってきた。

 もう後悔はしたくない。

 あなたが早く元気になって、早くあなたの日常が取り戻せますように。

 そしてあなたが元気になったらいつかお互いに笑顔で会えますように。

 そう思った瞬間、空に星が流れた。

 頭の中にまだ見ぬあなたと二人で楽しく笑っている光景が浮かんだ。

 私はスマホを取り出しあなたにメッセージを送った。

『一年後か二年後か、私たちはきっと一緒にいてきっと一緒に笑ってますよ。流れ星がそう言ってました。だから癌に負けないでください』

 顔も名前も声も何も知らないけれど、あなたは私の心の中にちゃんといて、今ちゃんと生きている。

 どんなに苦しいのかどんなに辛いのかは計り知れないけれど、私の知る限りのあなたは強くてカッコいいから病気になんて負けるわけがない。

 思えばあなたと知り合って二年。

 友情でも恋でもない、心の中だけの不思議な繋がりは二年経っても色あせることはなかった。

 どうかこれからもあなたと私を繋ぐこの空の星たちが変わらず輝いていますように。

 できることなら一緒にこの空を見上げることができますように。

 そう心から願っています。



            完







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