パイナップルの彼女

青いひつじ

第1話


僕の彼女は、人を野菜や果物に例える癖がある。


彼女と初めて会ったのは、サークルの飲み会だった。

彼女は僕を見るなり「岡田くんって、玉ねぎみたいな人だね」と言ってきた。

僕は確か、言われたことの意味が分からず、2秒ほど固まった後に「それは、褒められてるのかな」と愛想笑いをした。


仲良くなりはじめてから、あの発言はなんだったのか聞いてみたが、彼女は覚えてないと言った。

ついでに、野菜や果物が好きなのか聞いてみたところ、「普通」とのことだった。


そして、落ち込む時は「どうせ私は酢豚に入ってるパイナップルだから」と言う。

こうゆう時は大体、人間関係で揉めた時だ。

多分、好き嫌いが分かれる的な意味だと、僕は解釈している。


告白の時は、彼女お得意の食べ物話法を使った。


「僕にとってカナちゃんは、うずらの卵かな。入っていればささやかな幸せどころか大きな幸せ。カナちゃんを見つけると、なぜだかいつも幸せな気持ちになるんだ」


そう言うと、彼女は照れくさそうに下を向いたまま、僕のコートのポッケにそっと手を入れてきて、僕らは初めて手を繋いだ。




彼女は、想像力が豊かな人だった。

大学3年生になった僕らは、山奥にある知る人ぞ知るラーメン屋を目指し、車で遠出をした。

ラーメン屋を訪ねるための旅行だなんて、なんて贅沢で大人な旅なんだ、なんて考えていた。

しっかりチャーハンまで食べて、お腹いっぱいになった僕らは、近くにある有名な神社に立ち寄ることにした。

参拝の仕方を検索する僕と、キョロキョロ辺りを見渡しながら、石段を駆け上がったり、かと思えば降りてきて僕の手を握ったりする彼女。

2拝2拍手1拝で拝礼し、会釈をする僕を、彼女はじっと見つめていた。


「カナちゃん短かったね。なにお願いしたの」


「してないよ。自己紹介だけしといた」


「え、そうなの。僕なんて、就活と健康と宝くじまでお願いしたけど」


「神様も、ここに住んでない人から急にお願い事されても戸惑うでしょ。ところで君は誰だい?って」


「神様ってそんなコミュ障なの?」


「神様に何か叶えてもらったことないんだよなー」


こんな感じで僕たちの会話は、ラブラブピンクファンシーなものとはほど遠く、気づいたら彼女のおとぎの国へと足を踏み入れている。



彼女は、食に関しても僕とは違う感覚を持っていた。

彼女は、かき氷は嫌いだった。氷を食べているだけだからという理由だった。

ハンバーグに関しては、肉の塊をミンチにしてまた固める意味が分からないと、不可解そうにしていた。

彼女は、しけたせんべえやポテトフライが好きらしい。

よく食べ残した袋を開けたままにし、しけたのを確認すると、満足そうに食べている。

僕にとっては、その行動の方が不可解だったが、その不可解さが面白くもあった。




大学を卒業し社会人になった僕ら。

彼女は、打ち合わせの時も例の食べ物話法を披露しているらしく、時々取引先をポカンとさせているという。

水曜日は決まって、"今日までの自分お疲れ会"が開催される。


「水曜日おつかれー!今日は、どうしても美味しい中華が食べたくて、頼んじゃいました!」


「おぉ!いいね中華、僕も食べたかった!」


僕は、普段と何ひとつ変わらない態度をとっていた。


「餃子おいひー!」


「ねーー、ビールさいこーだー」


コトンとビール缶を置いた僕の顔を、彼女がニコニコしながら見つめていた。


「なに?」


「んーー、おかしい」


「どうしたのカナちゃん」


「ケイちゃんなんか、元気ない?」


餃子をパクッと口に入れた彼女には、全てお見通しのようだった。


「あ、いや、なんか。社会人って難しいなあって」


「ほうほう」


僕は、最近の悩みを打ち明けた。


「僕がいる部署って競争激しくて、みんな言いたい放題でさ。いつもギスギスしてるから、なるべく明るく振る舞ってたんだけどね。他の人からは、いつもヘラヘラしてって思われてるんだろうなって、笑顔で過ごすの疲れてきちゃった」


賑やかだった食卓が静かになってしまった。ホカホカだった中華料理が冷めていくような感じがして、僕は顔を上げた。

「あ、ごめん。こんな話するつもりじゃ」と、お箸から目線を移すと、彼女は自分のお箸を握りフルフルと震え、今にも弾け飛びそうになっていた。


「カナちゃん?」


そして小さな口をムッとつむり、僕の顔を見た。



「でもさ。どんなに甘い玉ねぎだって、土から引っこ抜いてそのまま食べろなんて言わないでしょ。きれいに洗って、髭も取って、皮だってめくって、味をつけて。だからケイちゃんがしてることは、間違ってないんだよ!」



目の前の彼女は僕を励まそうと真剣なのだが、前髪をひとつに束ねおでこを出すその姿はまさにパイナップルのようで、とても可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。


「ふふ、ありがとう〜〜」


「なんで笑うの?!」


「はい、パイナップルあげる。僕、酢豚に入ってるのは嫌いだから」


「うわー!嫌われたーーー!」



僕のために、こんなにも怒ってくれるパイナップルの彼女。少し変わった人だけど。


これは、とってもとっても愛しい、僕の彼女のお話。




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パイナップルの彼女 青いひつじ @zue23

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