誰もが最初から戦うすべを知っているわけじゃない

 フユに戦ってみてもらうために手頃そうなアンヘルを探すこと数分。

 荒野を徘徊するイモムシみたいなモンスターを見つけた。


[クローラー:LV2]


 バイクと同じくらいの大きさのイモムシだ。

 モゾモゾと健気に地面を這う姿は、なんとなく可愛らしさを感じさせる。アッシュポリスのビルの中で、ブルークローラーというイモムシを見かけたが、恐らくはアレの下位互換だろう。虫とか苦手なプレイヤーがみたら発狂もののアンヘルだが、その点うちのフユは耐性バッチリだ。


「もすら!」


 フユはピョンピョンとバッタみたいに跳ねてはしゃいでいる。

 かわいいね。


「じゃあアレと戦ってみて、フユ」


「うん!」


「フユちゃん、気を付けて。あのイモムシは――」


「おっと、ストップよナナ。今はアドバイス禁止」


 フユに助言しようとしたナナを黙らせる。

 過保護な私らしくない行動に、ナナが不思議そうな面持ちで首を傾げる。


「どうして?」


「私はフユのプレーンなプレイヤースキルが知りたいの。そこには戦闘中の分析力とか、咄嗟の判断力とアドリブ力なんかも含まれてる。戦う前から相手の情報が分かってたら、条件が全然変わっちゃうじゃない」


「なるほど、そういうことなら黙って見てる」


 勿論、危なくなったら直ぐに助けに入るつもりだけどね。

 私とナナに見守られながら、フユがクローラーにとてとてと近付いていく。

 対するクローラーも接近してくるフユの存在に気付いたらしく、シューシューと威嚇音を発し始めた。


「いくぞー!」


 フユが駆けだす。

 鋼鉄の右腕を振りかぶりながら。

 ビックリするくらいのテレフォンパンチだ。


「シュー!」


 そしてフユがパンチの射程に入る前に、クローラーが口から糸を吐き出した。そこらへんもブルークローラーと同じか。

 飛んでくる糸の軌道はやや直線的で、速度も遅い。あの程度なら躱しつつさらに距離を詰めて、イモムシ本体をぶん殴るのが一番だけれども……。


「わっ!?」


 フユは飛んできた糸に対し、咄嗟に右腕を出してガードしてしまった。

 見るからに悪手だ。


「ベタベタする!」


 ネバネバとした粘着性の糸が、フユの右腕のアームギアにべったりと張り付いた。そして余った糸は、まるで意思を持っているかのように、フユの服や周囲の瓦礫にまで絡みついていく。

 フユは必死にもがき、糸を振り払おうとする。だが藻掻けば藻掻くほど、粘着糸との戦いは泥沼になっていく。もはやフユの右腕は、粘着糸の濃厚な束縛に阻まれ、全く自由が利かない状態だ。


「助けなくて良いの?」


「もうちょっと待って」


 いつの間にかスナイパーライフルを構えていたナナに待ったを掛ける。

 こういう土壇場での対応力なんかもプレイヤーにとっては必要な能力だ。そこまで確認しなくちゃ意味がない。


 フユが粘着糸との戦いに手を焼いている間も、クローラーは新たな攻撃の準備を整えていた。

 突如、クローラーはその胴体を丸めはじめる。まるでドーナツのように環状に身を巻き、その姿勢のまま高速回転を始めた。瞬く間に、クローラーの全身は目にも留まらぬスピードでぐるぐると回転し、あたかも車輪のように加速していく。

 そして、次の瞬間には凄まじい勢いでフユに向かって転がり始めた。地面を蹴って加速しながら、クローラーの回転はどんどんと速度を上げていく。それはもはや生物の動きではなく、まるで暴走するタイヤのような猛威だった。

 はたして、フユはどうやってこのピンチを切り抜けるのか……!


「わー!!?」


 どうしようもなかったらしい。

 フユはクローラーのローリングアタックに轢かれてぶっ飛ばされていった。


「あちゃー……ナナ、お願い」


「うん」


 ズドンとスナイパーライフルが咆哮を轟かせる。

 クローラーは一発で爆散した。


「フユー? 大丈夫?」


「全然らいじょうぶ」


「ベロが回ってないわよ、ほらしっかり」


 ド派手に吹っ飛んで近くのスクラップの山に頭から突っ込んでいったフユを助け起こす。なんとかHP全損だけは免れたようだが、フユはしばらく目を回していた。


「こりゃ前途多難かしらね」


 VRゲーム初心者でも、戦えるやつは最初から戦える。

 リアルで格闘技をやってる人間なんかはやはりVR世界でもそれなりに格闘戦が得意だったりするし、あるいは私のように始めからなんとなくでバトルセンスに恵まれている場合もある。


 だが残念ながらフユはどっちかと言うと時間の掛かるタイプだろう。

 まあ、まだフユはリアルキッズだしそこんとこは仕方がない。昔姉にも言われたことがあるが、私のようなケースが単純に稀なだけで、フユみたいに最初はある程度苦戦するのが普通なのだから。

 しかしゲーマーに置いて最も重要な資質は、楽しむことと諦めないことだ。


「アキねーちゃ! もっかいたたかうー!」


「はいはい、次に良さそうなのが見つかったらね」


「うん!」


 情けなく吹っ飛ばされたあとだというのに、フユは全然楽しそうだし、再チャレンジへの意欲も有り余っている。私にもこんな風に純粋にゲームを楽しんでいた時期があったなぁと、なんだか懐かしい気持ちになってくる。

 出来ることならフユは私みたいに擦れたりせずに、このまま伸び伸びと真っ直ぐ育って行って欲しいものだ。


「さて、フユがどの程度戦えるのかも分かったし、先を急ぐわよ」


「はーい!」


「了解」


 気を取り直してバイクでエリア31へと向かう。

 レベリングも大事だが、それ以上にサラサを奪還するという大目標を忘れてはならない。


 クエスト:[欠けた歯車を継ぐもの]は、クエスト詳細を確認してもクリア条件や失敗条件が不透明だ。ナナにも聞いてみたが、どうやらギアーズベルト内で発生するインスタントクエストは、基本的に不親切仕様になっているらしく、クリア条件も失敗条件もプレイヤー側で推察するしかないとのこと。


[欠けた歯車を継ぐもの]のクリア条件は分かる。

 サラサをピースフルレイクまで無事に連れ帰ることだろう。


 だが失敗条件は?

 ほぼ確定なのはサラサが死ぬことだ。

 この手のクエストで重要NPCが死ぬのは、特殊なケースを除けはほぼ失敗に繋がるのが鉄則。例えば、サラサを誘拐犯の手から無事に助け出せたとしても、帰り道でアンヘルに襲われてサラサが死んだりしたら結局失敗に終わるということ。


 そこで気になるのが、アントたちがサラサを攫った目的についてだ。

 その目的如何によって、このクエストのタイムリミットが決まってしまう。


 例えば極端な話、アントたちが自分らの目的を達成するために、最終的にサラサの命を奪うことになってしまった場合、それまでに私達がサラサを助けられなければその時点でクエスト失敗となる。

 だから私達はあんまり道中のんびりとしていられない。


「あ、良くない」


 のんびりしていられないのに、ナナが急ブレーキをかけてバイクをドリフトさせた。


「あっ……ぶないわね! フユがまた吹っ飛ぶとこだったでしょ!」


 サイドカーにしがみついて楽しんでいるフユを指差しながら、ナナの胸倉を掴み上げる。

 だがナナは落ち着き払った様子で私の手を引き剥がしてきた。STR的にナナに大きく劣る私は、あっさりとナナから手を放してしまう。


「アキネ、落ち着いて。アレを見て」


 そう言って、ナナが先程まで私達が進んでいた方角を指差した。

 その視線の先、地平線の彼方に、禍々しい黒煙が渦巻いているのが見えた。まるで大地が喉から黒い血を吐き出しているかのように、ドロドロとした濃煙が地面から立ち上っている。

 黒煙は火口から勢いよく噴出していて、周囲の大気を貪るように黒く染め上げていく。時折、噴煙の中に炎の粉が混じっているのが見え、それはあたかも黒い霧の中で踊る鬼火のようだ。


「あー……なにあれ」


「有毒なマグマガスが噴き出してる。今この一帯は酸素マスク無しでは、まともに探索も出来ない状況になってる」


「酸素マスク持ってないの?」


「人数分はない」


「このガスはいつ収まるの? というか収まるものなの?」


「通常2、3日は掛かる。昨日通った時はなんともなかったから、多分今日発生したガスだと思う」


「じゃあ回り道するしかないってこと? 誘拐犯はここを突っ切って行ったかもしれないのに?」


「いや、多分それはない」


「どうしてそんなことが言えるのよ」


「ガス内でのみ活動する強力なアンヘルが存在しているから。そいつらもNPCを生きたまま誘拐するのが目的なら、不要なリスクは避けて回り道しているはず」


 ふむ……なら仕方ないか。


「じゃあ迂回していきましょう」


「それが一番」


 帰りはマスクを4人分調達しておいて、ここを突っ切らせてもらうとしよう。

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