ローレンツフィスト
「レベリング……確かにそれは必要かも」
バイクに乗り直してエリア31へと向かう道中。
レベルが圧倒的に足りていないと説明する私に、散々NANA拍子が後頭部を縦に揺らす。
かも、じゃなくてマジで足りていない。
私のレベルはようやっと6。こんなのネトゲ基準では、ハイハイを始めた赤ちゃん並みのレベルだ。
「ナナ、あんたのレベルはいくつ?」
「48」
「このゲームの現在のレベルキャップは?」
「……現状、確認されてる最高レベルは60。でも普通のプレイヤーは50止まりになってると思う」
「ふぅん? 50から先のレベルに進むのに、なんか面倒な条件がある感じ?」
「そんなとこ」
なるほど。
となると最悪のケースは、レベル60の大台に乗ってるプレイヤーが出て来ることか。
レベル48のナナなんかとは比べ物にならないくらい強いだろうし、リリースから1ヶ月程度のこのゲームをそこまでやり込んでいる廃人ならゲーマーとしての練度も高いはず。そういうトップ層がこの件に絡んで来た場合は、もう無理だと思って素直に諦めるしかないだろう。
基本的には最悪のケースは考えるだけ無駄だ。なので比較的楽な想定でクエストに挑んでいくものとする。
「仮にだけど、レベル50のプレイヤー相手に、ナナがスナイパーライフルでヘッドショットを決めたら、どれくらいHPを削れそう? ってか、何発くらいで倒せる?」
「VITにそこまで振ってない相手なら2、3発。ただ頭装備次第ではヘッドショットが有効打にならない場合もあるからなんとも」
「STRに結構振ってるみたいなこと言ってたのに、その程度の火力しか出せないんだ? 銃のダメージの計算どうなってんの?」
「銃は銃そのものに設定されている固定ダメージがあって、あとは弾の被弾個所によってダメージボーナスがある。それから銃を撃ったプレイヤーのDEXが高いと、ダメージボーナスの倍率が上昇する……らしい」
「らしい?」
「そこらへんの計算式とかは表に出てなくて、考察班の検証結果を参考にしてるだけだから」
「……なるほどね」
このゲーム、火力を追求するならあまり銃には頼らない方が良さそうだな。
ナナはあのクソ重たいスナイパーライフルを持ち歩くためにSTRにステを振っていたのだろうが、そのステ振りが火力に直接貢献してないのはアホだ。勿体ない。
そもそもこのゲームはギアーズベルトってタイトルなのだから、ギアを主体にして戦うように設計されているべきだ。というメタ読みも含めて考察するに、戦闘は店売りの銃よりもギアを主軸にして組み立てていくのが正解な気がする。
とはいえ、たかだか始まって1ヶ月のゲームだ。プレイヤー間の研究が進めば環境など一瞬でひっくり返るのがオンラインゲームの常。それだけは念頭に入れておくべきだろう。
「そういやナナ、あんたの右腕のロケットパンチだけど」
「ローレンツフィストのこと?」
「名前は知らないけど。あのロケットパンチって、どれくらい自由に制御出来るの?」
「ある程度は自由自在に……」
「ろけっとぱんち!? ナナねーちゃの腕、飛ぶのか!?」
サイドカーに乗ってはしゃいでいたフユが、大好物の特撮っぽいワードにめちゃくちゃ食いついてきた。
「飛ぶ」
「すげー!」
きゃっきゃと喜ぶフユ。
何故かドヤ顔のナナ。
妹を寝取られた気がして若干キレ気味の私。
「じゃあ、あそこを歩いてるアンヘルいるじゃん、つるはし持ったレイジーオーク。アレにロケットパンチで攻撃してみてよ」
「分かった」
そう言ってバイクの速度を落とすナナ。
おいおい。
「なにしてんの?」
「え、ローレンツフィストを撃つから、バイクを止めようと……」
「それくらい運転しながらやってよ」
「無茶言わないで欲しい。片腕で運転するだけならともかく、ローレンツフィストの制御にも意識を割かなきゃいけないのに」
「えー……」
自由自在に動かせるロケットパンチは、本体が動きながら片腕だけ別行動出来るのが強みなのに、それじゃ宝の持ち腐れだ。
私と戦った時は、片腕を飛ばしながら狙撃してきたが、どうやら今のナナはあの程度の不意打ちに使うのが限界らしい。
「それじゃあ、撃つけど」
「ワクワク」
フユと私に見守られながら、ナナが機械の右腕を標的に対して水平に構える。
「――ローレンツショット」
次の瞬間、強烈な電磁パルスが放たれ、ローレンツフィストが炸裂した。
ナナの拳が閃光を放ちながら目標へと突き進む。電磁力に導かれたローレンツフィストは、重力や風速といった自然の法則を無視するかのように、一直線に加速。
「ブギャア!!?」
そして着弾。
レイジーオークの分厚い脂肪を撃ち貫き、一撃でHPを消し飛ばした。
「おー! かっこいい!」
フユが無邪気にパチパチと拍手をする。かわいい。
にしても大した威力だ。今のは直線で速度を稼いだから威力が増してたっぽいな。もし屋上の時に私が今のパンチと同じものを喰らっていたら、たとえ当たったふりのカス当たりでもHPを全部持っていかれててただろう。
「戻って来て、ローレンツフィスト」
仕事を終えたローレンツフィストが、急旋回してナナの元へと帰ってくる。音声コマンドで戻って来る仕様か。
右腕をくっ付け直したナナは、拳を開閉させて感触を確かめつつ息を吐いた。
「こんな感じだけど」
「速度はそれなりね。飛ばしたパンチのダメージはSTRにも依存してる?」
「してる」
「めちゃくちゃ強いじゃん。あんたスナイパー止めた方がいいわよ」
「うーん……でも近接戦闘苦手」
「あー、そういやそうだったわね。あれじゃあ、戦い慣れてるプレイヤーには勝てないか。ちなみに、射出後のローレンツフィストは、指は自由に動かせるの?」
「動かせるけど」
「マジか」
その使用なら色々と悪さし放題だ。戦術の幅が広がるなんてもんじゃない。私がその腕を欲しいくらいだ。今のところ強みしか見えてこない。
強いて欠点をあげるとするなら、射出時にデカい音と閃光が出るくらいか。屋上で戦った時は射出音が聞こえなかったが、それは私の耳が閃光弾やらなんやらの影響で死んでたからだ。つまりどうとでもカバーできる程度の欠点でしかない。
「射程距離は?」
「50mくらい」
「使いづらい点とかある?」
「操作が難しい。集中してないと上手に飛ばせない。今のは真っ直ぐ飛ばしただけだから問題なかったけど、複雑な動きはまだ練習中」
一番の欠点は使い手だな。
「あと、燃費が良くない。今の操作だけでENが4割持っていかれた」
「今のだけで? そりゃ確かに燃費悪いわね」
……なるほどね。
ローレンツフィストについては大体分かった。
こうやって味方が何を出来るのかを把握しておくのも重要だ。
サラサ奪還までの間、チームで行動して他のプレイヤーと戦うのだから、そこを怠ってしまったらいざという時に最善手が見えてこない。
というわけで、だ。
「じゃあ、次はフユの戦い方を見せてもらおうかしら」
「やる!」
我がパーティーにおける、一番の不安要素の登場である。
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