第11話


「あかんあかん。行くで」


 赤瀬は慌てて呟くなり、私の腕を掴み返して駆け出した。あっと言う間に横断歩道を渡り、委員長と合流する。


 委員長は目が合うなり顔を強張らせた。


水間みずまさん? 大丈夫?」


「えっ?」


「顔色凄く悪いよ? ごめん、もしかして、具合が悪くて早く帰ったのかな」


「ああ、いや……」


 赤瀬は私を一瞥すると、素早く明るい笑顔を作り委員長へ向ける。


「そうみたい。ごめんね。あたしも先にひなたに連絡入れればよかった」


 自然な標準語。


 赤瀬は方言をからかわれるのが嫌なのか、何も言わない私の前以外で訛らない。


 そして相手を名前呼びするのは親愛の証じゃなくて、親しみを覚えさせる為の演出。要は防衛と擬態。


 委員長は眉根を寄せる。


「いや、いいよ。頼んだのは私だし。ごめんね水間みずまさん。プリントの提出は今度でいいよ。内容さえ口頭で伝えてくれれば、後は私がやっとくから。赤瀬さんもありがとう。リュック返すね」


 赤瀬は本心を込めていない笑顔を崩さない。


「ひなたが頼んでくれなかったら一人にさせる所だったし。荷物も見といてくれてありがとう。涼穂すずほも、学校に用事あったみたいだから気にしないで。どうせ今帰っても仕事で親居ないみたいだし、あたしの家で寝かせとくよ。ね?」


 赤瀬は受け取ったリュックを背負いながら、私の喋らせるタイミングを綺麗に潰して念押しして来た。意訳すると、「黙って言う事聞け」の「ね?」で。


 私も喋れる精神状態じゃないし矢花やばなさんという厄介な事情を抱えたばかりなので、穿鑿せんさくを受けかねない場面を作るのは極力避けたい。


 という背景を察しての赤瀬の行動なので従っておく。逆らってまでするべき事も思い付かない。


「うん。プリントは今渡すよ。サボってごめんね、委員長」


 プリントを差し出すと、委員長は少し困ったように笑いながら受け取った。


「委員長じゃなくて蘆屋あしやね。名前で呼んでとは言わないけれど」


 思ってないくせにお茶目な事を言うので、肩を竦めて返しておく。


「似合ってるからつい」


 大体あんた、望んでいつもそういう生真面目キャラに落ち着こうとしてるじゃん。


「ふーん? ちょっと嫌味っぽく聞こえるけれど。まあお大事に。何かあったら連絡してね」


 絶対しない。


「何か先生みたいだよ」


「委員長なんて先生のパシリでしょ。私も内申欲しくてやってるだけだから」


 委員、……蘆屋あしやさんはそう笑うなり、校舎へ引き返そうとする。


「わざわざ迎えに来てくれたって事は、あたしか涼穂すずほに直接確認したい用があったんじゃない?」


 赤瀬はまだ笑顔を崩さず言った。


 表情も声も穏やかなのに、明確な棘があった。


 蘆屋さんは足を止めて振り返る。その表情は、また硬くなっていた。


 赤瀬は頑なに笑みを崩さない。


「特に連絡してないのに丁度ちょうどいいタイミングで来られたのは、あらかじめ正門辺りで待ってくれたんじゃない? たとえば、メッセで済ますには軽率に感じる用事があって、合流までの時間を少しでも削ぐ為に。涼穂すずほの具合が悪そうだから遠慮してるなら、一旦本人に確認してみてからでも遅くないと思うよ。あたしにきたい事がある場合でもあたしにかれると困る場合でも、時間や場所変える気遣いぐらい全然出来るし」


「下手にあなたを外して話した方が悪化するだろうから大丈夫」


 蘆屋あしやさんは宥めるように笑った。諦めも混ざってるんだけれど嫌味っぽさは無い、ただ全くその通りだからオーバーキルはやめてくれと伝えたいだけの笑み。要は降参。そして毎度ぞっとする赤瀬の抜け目の無さ。


 蘆屋あしやさんと赤瀬とは、クラスメートとしてはよく話す方だ。だが赤瀬はお構い無しに、常にこのレベルで他者を警戒し追及する。例外は私ぐらいか。矢花やばなさんを黙らせる事が出来たのも、この隙の無さがあってこそではある。


 兎に角トラブルらしい。私か赤瀬に関連があり、かつ委員長である蘆屋あしやさんが振り回されているという事は、私達二年六組全体に絡んでそうなスケールの。


 既に私達に向き直っている蘆屋あしやさんは目を伏せるなり、深く嘆息した。それから眉をハの字にして、億劫そうに目を開けると漸く切り出す。


「文化祭の出し物はお化け屋敷がいいって聞かない人が一定数いるから、早くクラス全員の意見を集めて、少しでも説得の材料が欲しかったの。去年、水間みずまさんのお兄さんの発案で発表されたお化け屋敷が相当人気だったから、真似したいんだって。水間みずまさんがこんな事知ったら困るだけじゃ済まないでしょ? 妹だからって理不尽な反感を持たれたり意味不明な協調性求められかねないし、そうなったら赤瀬さんがそれは怒って、学級崩壊の秒読みが始まる訳。その人正義感がつよぎて正義の味方通り越して、悪を憎みたいだけの気があるから」


 それはそれはダルそうな顔をする赤瀬と、表情筋は死んでるが同じぐらいダルいと思ってる私に、蘆屋あしやさんは「でしょ?」と肩を竦めた。


「その面倒な一定数を説得するの、手伝ってくれる? 受け取った時にチラ見えしたからもう諦めモードだけれど、水間みずまさんの一票でお化け屋敷派と劇派の票数が同一になって、拮抗状態に入った所だから」



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