第9話 明日はお白洲
魔術師協会、居間。
トモヤとマツがげらげらとマサヒデを笑っていると、がらりと玄関が開いた。
「只今戻りました!」「たっだいまー!」
クレールとシズクだ。
「おかえりなさいませ」
マツが声を掛けると、2人が入ってくる。
「あ! トモヤさん! こんばんは!」
「おう、クレール殿! 今日もめんこいの!」
「もう! トモヤさん、やめて下さい!」
にやにや笑いながら、クレールが居間に入る。
「トモヤかー! 元気? タマゴ見に来たの?」
「鬼娘殿か! お主は今日も青いの! わははは!」
「あははは! どうだ、青いだろ!」
どすん、とシズクが座る。
マツが2人の前に茶を差し出す。
トモヤがにやにや笑いながら、
「おう、そうじゃ。お二方にも聞いてほしいのじゃ」
「なんですか?」「何々?」
トモヤが拗ねた顔のマサヒデを指差し、
「マサヒデよ! こいつの親馬鹿ぶりよ!」
「やめろ」
ぷ! とマツが小さく吹き出す。
「ふふふ。お二方が出ておる間の事じゃ」
「はい」「ふんふん」
「こやつめ、タマゴを団扇で扇いでおっての。
今日は暑かろう、これで涼しくなろうとな」
「ぷふっ」「あはははは!」
「カオル殿が声を掛けたのに、気付かぬでな!
顔を覗いたら、それはもう、にやにやと! わはははは!」
「あはははは!」「ぎゃははははー!」
くすくすとマツも笑う。
皆がひとしきり笑った所で、
「トモヤ様、夕餉は如何なされます? ご用意致しますけれど」
「あ! そうじゃ。先刻、カオル殿がすごい弁当を持ってきてくれたんじゃ。
申し訳ないが、ご厚意だけ、頂いておきます」
すごい弁当。
ぴくりとクレールとシズクが反応する。
「どんなお弁当ですか?」
「なんと、ブリ=サンク特注弁当よ!
ワインもついて、お七夜前に試し食いじゃ!」
「むー!」「ずるいぞ!」
「わははは! 食いたければ、皆様いくらでも食えましょうが。
此度はワシに譲って頂きますぞ!」
「むーん・・・」「ちっ・・・」
ふん、とクレールとシズクが横を向く。
「さ、急がねば、ワインが呑まれてしまいますでな。
ワシも少しは呑みたいもので、これにて失礼じゃ!」
トモヤがぐっと立ち上がり、玄関へ一歩踏み出して、くるりと首を回し、
「おおっとおー、マサヒデお父様!
今夜も暑いでのう、もそっと扇いでやらんとのう!」
ぷ、と皆がまた吹き出す。
「早く帰れ!」
ふん、とマサヒデが横を向く。
「わはははは! ではの!」
「ありがとうございました」
「また来て下さいね!」
「おやすみー!」
「ふん・・・」
がらっと玄関を開けて、トモヤは笑いながら帰って行った。
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くすくす笑いながらマツが台所に下がり、ふん、と拗ねて、マサヒデは縁側に寝転がる。
クレールが寝転がったマサヒデの背中に、
「そうでした! マサヒデ様、お父様からお願いを預かってますよ!」
む、とマサヒデは起き上がり、
「父上からですか? 何でしょう」
「パーティーの日、マサヒデ様か、カオルさんの馬を貸してほしいって」
「父上・・・馬に乗ってくる気ですか・・・」
「はい! 門弟さん達を連れて、槍とか持たせて、和装パレードみたいな!
どうですかこれ!? 格好良いですよね!?」
クレールの目が、小さな子供のように輝いている。
「まあ、私は構いませんよ。黒嵐なら、父上も乗った事はありますし。
晴の舞台に出られるのですから、黒嵐も喜ぶでしょう。
でも、そういうのって許しとかなくて平気ですかね?」
「ゆっくりでしたら、平気なのでは?」
「いや、門弟を20人以上も引き連れて、槍も持たせてなんて。
母上もそこに馬車で付いてくるんでしょう?
物騒だし、往来の邪魔にもなってしまうでしょう」
「あ・・・そう、かも・・・」
うーん、とシズクが首を捻って、
「マツさんに聞いてみる? 許しって、奉行所かな? 役所かな?」
「さて、何とも。普通に馬車は通ってますけど、どうなんですかね」
ぽ、とクレールがマサヒデの横の蚊遣りに火を灯す。
ちり、と蚊遣りが音を立てる。
「もしお許しが必要となりますと、間に合いますかね?」
「ま、聞いてみないと分かりませんね。
それにしても、父上、また派手な事を考えて・・・」
ごろりとマサヒデが横になる。
「マサヒデ様、私達も何かしましょうか!」
マサヒデは団扇を上げて、ひらひらと左右に振り、
「やめましょうよ。当日は、そこら中から馬車が来るでしょうし。
私達を含め、沢山の馬車が、この町中を走ることになるんでしょう?」
「そうですが、マサヒデ様もお父様に負けてはいられませんよ!
たくさん来るなら、1台2台増えたって変わりはしません!」
「だね!」
ふ、とマサヒデは笑って、
「何もしなくたって、負けはしません」
「何でですか?」
「クレールさんが用意した馬車に、勝てる人います?」
ふふーん、とクレールが胸を張って、
「おりませんとも! 最高の馬車を用意してありますよ!」
「じゃ、それだけで十分じゃないですか」
「む・・・」
「ははは! ですから、クレールさんの馬車だけで十分なんですよ!」
「むーん・・・」
かちゃかちゃと音を鳴らし、マツが夕餉の膳を持ってくる。
「皆様、お待たせ致しました」
マツが膳を並べていく。
マサヒデも起き上がって、膳の前に座る。
「それでは、頂きます」
「頂きます」「頂きます!」「いっただきまーす!」
クレールがもくもくと飯を食べ、ごきゅんと飲み込み、
「マツ様、お聞きしたい事があるんですけど」
「はい、何でしょう?」
「あの、お父様がですね、当日に、馬に乗って、門弟さんに槍とか持たせて、格好良く! ばしっと決めて来たいって言うんです」
「あら、素敵」
「でも、そういうのって、お許しとかいるんでしょうか?
門弟さんは20人は居るというお話しでしたし、槍も持たせたり。
お母様の馬車も付いてきますよね」
マツは首を傾げて、
「ううん、そうですね・・・小さなパレードのような物ですから、特に問題にはならないと思いますけど、門弟さんにお持ちさせる槍なんかは、ちゃんと鞘に納めておきませんといけないでしょう」
「ふむふむ」
「ただ馬車が走って行くのとは違いますから・・・
まずはお奉行様にお伺いしてみるのが良いかもしれませんね」
「お奉行様ですか」
「町中を進んで行くわけですから、役所の許可も必要かもしれませんね。
たまにキャラバンが通ることもありますし、まず大丈夫だとは思いますが」
「分かりました! 明日、奉行所に行ってきます!」
「うふふ。そういえば、クレールさんは、奉行所は初めてでしょう?」
「はい!」
「お白洲なんか、見せてもらっては?」
はあー! とクレールが目を輝かせる。
「お白洲! これにて一件落着也の、あのお白洲ですね!」
「そうですよ。でも、あまりはしゃぎすぎて、お仕事の邪魔にならないように、気を付けて下さいね。レイシクランの人が来た! なんて言ったら、皆様、仕事を放り投げて『ご案内を!』なんてなってしまうでしょうから。少しだけですよ」
「はい!」
「確認して、お白洲を見せて頂いたら、お奉行様にご挨拶して、すぐに帰って来て下さいね。クレール様、いくらでも見て下さい! なんて言うに決まってるんです。後で、ああ仕事が! ってなってしまいますからね」
「分かりました! 奉行所、楽しみですね!」
シズクも目を輝かせて、
「ねえねえ、クレール様、私も行って良い?」
「行きましょう!」
「やったあ!」
クレールとシズクが、がつがつと飯を食べ出した。
マサヒデとマツはちらっと目を合せ、ふふ、と小さく笑って、箸を進める。
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