クレール道場へ
第2話 クレール道場へ・前
パーティーは4日後。
朝餉を終え、茶で一服しながら、
「皆さん、今日は何をするんです」
マツは「ふう」と溜め息をついて、
「私は仕事を急いで片付けませんと。
ここ数日、手つかずですから、もう、通信機を見るのが怖くて。
協会から怒られてしまいそうです。産休の申請、通るでしょうか・・・」
カオルは自分の湯呑に茶を注いで、
「私は、シズクさんの服を仕立てます。
シズクさん、後で丈を測らせて下さい。
測るのはすぐ済みますから」
「はいよー」
「必要ないと思いますが、何か仕込みますか?」
「いらない」
「クレールさんは?」
「雀の稽古して、読書して、少しお昼寝したら、雀の稽古して、読書です」
「シズクさんは?」
「丈、測ってもらったら、ギルド行って、稽古して、寝るか、本かな」
ふむ。
クレールとシズクは暇なようだ。
マサヒデは少し考えて、
「では、シズクさん。お願いがあるのですが」
「何?」
「丈を図ってもらったら、今日は道場へ行ってもらえますか?
ちょっと、様子を見てきてもらいたいんですよ。
私達も、随分とばたばたしましたからね」
「あー。道場は門弟の人達もいるもんねー。
分かった、行ってくる。
大丈夫そうだったら、稽古してきて良いよね?」
「勿論です。あと、クレールさんにもお願いがあるんですが」
「はい! 何でしょう!」
にこ、とマサヒデは笑って、
「シズクさんと、道場を見てきて下さい。
あまり忙しそうでしたら、忍の方を1人か2人、お手伝いに出して頂けますと」
「分かりました!」
「大丈夫そうでしたら、シズクさんと一緒に、稽古に」
「分かりましぇっ!?」
「稽古です。道場で」
「ええーっ!?」
「魔術師相手の稽古って、道場では出来ないんですよね。
村に、まともな魔術師の方が居ないもんですから。
役所に何人か居る程度でして」
「・・・」
「門弟の皆さん、冒険者の方々みたいに、魔術も剣術もって人、居ないんですよ。
師範の父上が魔術を使えませんから、当然、魔術師の方は来ないんですよね。
全く、すぐそこの冒険者ギルドで、魔術師の方なんか雇えるでしょうに」
(マサヒデ様、それは無理ですよ)
(ご主人様、無理です)
(マサちゃん、それは無理だって)
剣聖の道場に師範代、などという依頼、誰が任されるものか。
任されるほどの魔術師は、王宮や省庁、協会のお抱えにでもなっているだろう。
「は・・・はあい・・・」
「私もアルマダさんも、魔術師相手の稽古は、マツさんが初めてだったんです。
クレールさん、道場で皆さんに魔術師って奴を見せてやって下さい」
くす、とマツが笑って、
「クレールさん。死霊術でまともに戦える魔術師って、すごく少ないんですよ。
是非、道場の皆様にお見せしてあげて下さいな」
「はい・・・頑張ってみます・・・」
「ははは! そう言えば、前にマツさんも師範役やりましたよね!」
「ええ」
「皆、びっくりしちゃって、最後には誰も、なんて! ははは!」
「あれは、あれは、ちょっと調子に乗っちゃっただけです!
じゃなくて、ご実家なんですから、少し気合が入り過ぎちゃっただけで」
マサヒデはにやにや笑いながら、
「ふふふ。ま、このように、皆さん、魔術師って慣れてませんから。
少し力を抜いて、撫でてやるかって程度でお願いしますよ。
クレールさんなら、余裕ですって。
シズクさんもそう思いますよね?」
「クレール様なら大丈夫だよ! カゲミツ様以外なら、簡単簡単!
あ、マサちゃん、別に道場を馬鹿にしてるわけじゃないよ」
「構いませんよ。実際に、弱いんですから。
勇者祭に出てった人が戻ってくれば、少しはましになると思いますが」
ぐいっとシズクがクレールに顔を突き出して、クレールが少し仰け反る。
シズクは人差し指を立て、
「クレール様、いい?
クレール様は私より強い!
私は、門弟さんの誰にも負けない!
てことは、クレール様に勝てる奴なんていない! カゲミツ様だけ!」
マサヒデも頷き、
「師範役も、ギルドの訓練場で練習したでしょう。
クレールさんなら、大丈夫ですよ」
「あ、マサちゃん、馬車いらない? クレール様、歩きはきつくない?」
「何言ってるんです。風の魔術で、びゅーん、じゃないですか。
あっという間に到着ですよ。
ドレス着て、挨拶に行くわけでもありませんし」
「あ、そうか」
「シズクさんが口取り(馬を引っ張る人)してくれるなら、黒嵐を出して乗って行ってもらっても構いません。でも、おしりが痛くなるかもしれませんよ」
「じゃ、飛んでってもらった方が良いね」
「というわけですが、クレールさん、どっちにします?」
「飛んで、行きます・・・」
「じゃあ、クレール様は先に行っててね! 私も走ってくからさ!」
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うん、うん、と色々な魔術を出しては消し、出しては消し。
シズクはとっくに出て行ってしまった。
カオルが縁側に座り、庭で魔術を出しているクレールを見て、
「クレール様」
「はいっ!」
「そろそろ・・・シズクさんも向こうに着きますし、忍の方も既に」
「は、はいっ!」
「それと、お腰の物(魔剣)は、こちらでお預かり致します。
カゲミツ様には、一目でバレてしまいますから」
「あ、そうでした! うん、魔力の使い過ぎには注意しないといけませんね!」
「余ってしまうと思いますよ。さ、一握りして、魔力を一杯にして頂きまして」
「はい!」
く、と握ると、もやもやと黒い霧が溢れ出す。
一瞬で、クレールの身体に、魔力が満たされる。
「ううむ・・・一杯です! 溢れそうです!」
よいしょ、と鞘付きのベルトを外して、カオルに差し出す。
カオルが受け取って、
「クレール様。そう、お固くならずに。
訓練場での冒険者相手と変わりません。
むしろ、楽ではないかと思いますよ」
「・・・そうですかね?」
「張り切って道場を壊してしまっても、マツ様にすぐ直して頂けますし。
ですが、さすがに灰になってしまっては・・・
火の魔術には、十分にお気をつけて下さい」
「分かりました! 火は気を付けます!」
「そうでした、かまいたちの術もお使いになりませんよう。
もし、門弟の方の腕や足が落ちてしまいましたら、治せませんから。
真剣勝負ではなく、稽古ですので」
「はい! かまいたちは厳禁ですね!」
「カゲミツ様の事ですから、本気でなどと仰るかもしれませんが、乗せられませんように。クレール様の本気では死人が出ます」
「わか・・・死人、ですか?」
「周りにご主人様、奥方様、シズクさん、カゲミツ様と、とんでもない方がおられますから、つい忘れてしまいがちでしょうが、クレール様はそれほどの魔術師です。ご主人様の試合にも、暇つぶし程度でご参加なされていたのでしょう?」
「まあ、そう、でしたけど・・・」
カオルは頷いて、
「くどいようですが、絶対に、本気で門弟の方々に向かって行ってはなりません。
クレール様がご心配なされるべきは、門弟の皆様の安全です」
「あの、それで良いんでしょうか?
お父様に、手抜きだって怒られないでしょうか?」
「冒険者の皆様に稽古をつけるのと同じです。
驚かす程度で十分です。それで門弟の方々も腰を抜かしてしまいましょう。
腰を抜かした門弟には、カゲミツ様やシズクさんが気合を入れてくれます」
「分かりました。うん、気張りすぎでしたでしょうか?」
「はい。おっと、そうでした。カゲミツ様に、何かレイシクランの力を見せてくれ、と言われるかもしれませんが・・・」
「あ・・・お腹が空いて、倒れちゃうかも・・・」
「はい。ですので、その旨をお伝えして、出来る限りお断り下さい。
どうしても、と強くご希望されましたら、稽古の最後にしてもらいますよう。
お食事は出してもらえましょうから」
「はい! よおし・・・」
クレールが杖を握ると、ふわ、と風が巻き上がる。
髪が舞い、シャツの裾が踊る。
「では、行ってらっしゃいませ」
「はい! カオルさん、ありがとうございました! 行ってきます!」
ばばばば! と音を残して、クレールが空へ上がって行った。
(どうか、死人が出ませんように)
一抹の不安を残し、カオルは部屋に戻って行った。
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