勇者祭 20 パーティー準備

牧野三河

第1話 朝の素振り


 ぱちっと目が覚めた。


 横にはマツがすうすうと眠っている。

 暗い。まだ夜だろうか。

 頭痛や吐き気、むかつきの類はない。


 そっと身体を起こし、枕元の水を取って飲む。

 じわりと水が身体に染み込んでいく感覚。乾いている。


 少しめくった布団の中から、酒臭い臭いがして、む、と顔をしかめる。

 マツの酒か・・・


 起き上がって、静かに部屋を出た。

 物音をたてないように、静かに廊下を歩く。

 もう、廊下が酒臭い。


 居間では、シズクだけが大の字になって寝ている。

 今回は、クレールはちゃんと部屋で寝ているようだ。


(ふふふ。盛り上がったみたいだな)


 台所に入り、水瓶から水をすくって、ゆっくり飲む。

 じわじわと水が身体に行き渡る。


 部屋からでは分からなかったが、薄ぼんやり明るくなってきている。

 もうすぐ日の出だ。

 離れた所から、雀の声が小さく聞こえる。


 湯呑を洗い場に置き、静かに部屋に戻る。

 そーっと練習着に着替え、木刀を持ってくる。

 まだ早いが、昨日は身体を動かすな、と止められてしまった。

 その分、今日は振らなければ。


 ゆっくり、静かに庭に下りて、井戸から水を汲み、顔を洗う。

 手拭いを出して顔を拭き、木刀を取って、静かに構える。



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「すうー・・・ふうー・・・」


 深く、ゆっくり息を吸ってから、細く、長く吐いて・・・

 丹田を膨らませて・・・


 しゅ。


 カオルは気付いてしまった。

 まだ、少し使いこないせていない部分はあった。


 しゅ。


 だが、元から身に付いている技量が、既に違う。

 無願想流の振り方そのものも、カオルが元々持っていたものに近い。


 しゅ。


 少しでものんびりしていたら、あっという間にマサヒデは抜かされる。

 加えて、カオルには忍の技術もある。


 しゅ。


 もう、総合力はとっくにカオルに負けている。

 だが、せめて剣だけは。


 しゅ。


 剣だけは、誰にも負けたくない。

 アルマダにも、カオルにも、シズクにも。


 しゅ。


 父上。剣聖。武聖。カゲミツ。今は敵わない。

 しかし、敵わないから、と投げている訳ではない。


 しゅ。


 父上にも、いつかは。

 いつか、必ず。


 しゅ。


 老いて動けなくなった父上に勝っても、意味はない。

 現役のうちに、勝てるようになりたい。


 しゅ。


 勝ちたい。

 負けたくない。勝つ。


 しゅ。


 トミヤス流は勝ちが全て。

 どんなに汚い手を使っても、勝った方が正義。


 しゅ。


 マツに道場ごと吹き飛ばしてもらって勝っても、正義。

 だが、マサヒデは堂々と立ち会って勝ちたい。


 しゅ。


 甘い!

 だが、俺はこれでいきたい!


 しゅ。


 自分が「勝った!」と納得出来なければ、それは勝ちではない!

 只の自己満足! 只の欲! 俺は欲の塊だ!


 しゅ。


 欲の塊、大いに結構! 俺はそれで構わない!

 俺は求道者ではない! 俺は武術家だ!


 しゅ。


 勝った先に何がある? 俺は勝っていない! 知るものか!

 強くなって何になる? 俺は強くない! 知るものか!


 しゅ。


 知りたい!

 だから勝ちたい!

 だから強くなりたい!


 しゅ!


 全ては勝った後! 全ては強くなった後!

 勝たなければ、何も分からない!

 だから、勝ちが正義!


 しゅ!


 トミヤス流は、どんな手を使っても勝てば正義!

 ならば、俺は俺の勝ち方で、勝つ!


 欲を満たすため、マサヒデは木刀を振る。

 身体を動かしているうちに、いつしか無心になって木刀を振るう。



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 日が昇り、いつしか庭が明るくなっている。


 汗を乱して木刀を振るマサヒデの前に、カオルが立った。

 す、とマサヒデは木刀を納め、息を整える。


「おはようございます。ご加減は」


「おはようございます。ご覧の通りです」


「ご主人様。一本、願えますか」


「構いませんよ。分かったら、受けるという約束でしたからね」


「では」


 カオルが下段につけた。

 マサヒデは無形に剣先を垂らした。


 ちちち・・・


 雀が、庭木の枝に止まる。

 同じような構えの2人が、じっと見つめ合ったまま、動かない。

 じりじりと、日が昇ってくる。


「ふぁーい・・・」


 シズクが欠伸をかいて、起き上がろうとした瞬間、


「ふ!」「む!」


 カオルの木刀が斜め下から上がって、マサヒデの袖を払った。

 カオルが振り上げた腕の隙間。

 顎の下。

 ばらっと払われた袖が垂れる。

 マサヒデの木刀の先が、カオルの喉元で止まっている。


「まっ・・・参りました・・・」


「お見事です」


 ぱちぱちぱち、とシズクが拍手をして、マサヒデもカオルも木刀を引く。


「おっはよ! 朝からきついのやってるねー」


「ははは! シズクさん、まず湯に行って下さいよ。

 また、酒臭いですから」


 にやっとシズクが笑い、頬杖をついて、


「ふっふっふー。マサちゃんもね! 自分の臭いに気付いてないな!

 マサちゃん、臭うぞおー! 汗から、酒の臭いがぷんぷんしてるぞ!」


「ええっ!?」


「道着の臭い、嗅いでみなよ! 自分でも分かるでしょ?」


 がば! と道着の襟を開け、顔を突っ込む。

 すん・・・


「う・・・」


 夢中になっていて気付かなかったが、まさか自分まで。

 家の中が酒臭いせいだと思っていたが、自分もだったのか?

 布団をめくった時の酒の臭いは、自分?


「あーっはははは! 昨日、自分がどんだけ呑んだと思ってるのさ!

 オオタ様に付き合って呑んでたんだぞ!

 真っ昼間から、夕方までずーっと!」


 げらげらとシズクが笑いながら、マサヒデを指差す。


「あ! その顔! 酔ってないからって、自覚してなかったなー!

 昨日、湯に行ったから、自分じゃないとか思ってたろ!」


 図星を着かれ、恥ずかしくなって、かっと顔が赤くなる。


「は、はははは! マサちゃんも湯に行こ! 汗流して、さっぱりしようよ!

 マツ様もクレール様も起こして、皆でさ!

 その道着、洗濯が大変だー! あはははは!」


 くすくすとカオルが笑う。


「・・・」


「ぷくく・・・カオル! 朝飯の用意、頼むよ!」


「ふふふ。ご主人様、洗濯はお任せ下さい」


 マサヒデは顔を「ぶん!」と横に振って、


「く、くそっ! 酒なんて、酒なんて嫌いだ! 何なんだ!」


「あーはははー!」


「ふ、ははは!」


 カオルまで声を上げて笑い出してしまった。

 マサヒデはばさっと道着を放り投げ、足音を荒らげて家の中に入って行った。

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