第8話 トモヤ、タマゴを見る


 魔術師協会。


 がらりと勢い良く戸が開けられ、


「こんばんは! マツイでございます!」


 トモヤの大きな胴間声。

 ぱたぱたとマツが出て来て、手を付いて、


「これはトモヤ様、いらっしゃいませ」


 トモヤが顎に手を当てて、出て来たマツをじろじろと見る。


「ふむ・・・ふむふむ」


 マツが困惑した顔で、


「あの、何か?」


「あ・・・や、これは失礼。

 何ともないとは聞いておりましたが・・・ううむ。

 マツ殿、どこぞ、調子の悪い所はござらぬか?」


「いえ、特に。強いて言えば、書類仕事で目と肩が少し」


「仕事・・・酒も呑んでおられるとか」


「はい。久し振りに、少しだけ」


「まっこと、何もないのですな?」


「はい」


「ふ、ははは! これはこれは! もっと早く来れば良かったの!

 いや、お元気そうで良かった良かった!」


 くす、とマツが笑うと、マサヒデが居間から顔を出し、


「おう、トモヤ」


 と声を掛けた。


「おう、マサヒデ! では、マツ殿。上がって良いかの?

 もうお七夜まで待てぬのじゃ。噂のタマゴ、見せて貰えんかのう?」


「ようございますとも! ささ、お上がり下さいませ」


「では失礼!」


 どすどすと廊下を歩いて・・・


「・・・」


 ぴたりとトモヤが足を止めた。

 床の間の、見るも禍々しいタマゴ。

 まるで、絵物語の邪教で祀られていそうだ。

 ふ、とマサヒデが笑って、


「どうした? ほれ、入れ」


「お、おう」


 そーっとトモヤが居間に入る。

 マサヒデはにやにやしながら、


「どうした、そんな隅に。タマゴを見に来たのではないのか?」


「ああ、うむ。そうじゃが」


「見るのは構わんが、絶対に触るなよ。

 医者がタマゴを取り上げた時、手を大火傷したからな。

 マツさんが居たから、すぐに治してくれたが」


「な、何!? 大火傷!?」


「いや、直に触らねば何ともないから、何かを巻いておけば良いのだがな」


 マサヒデがタマゴの上に手をかざし、


「不思議なもので、この通り、熱くも何ともないのだ。さ、こっちへ来い」


「うむ・・・」


 恐る恐る、トモヤが床の間に近付く。

 もやもやと霧が垂れている。

 この霧は平気なのだろうか・・・

 そー・・・


「わっ!」


「うおおっ!?」


 マサヒデの大声に驚き、どすん、とトモヤが尻もちをついて仰け反る。


「ははは!」


「マサヒデ! 驚かすな!」


「ははは! 火傷などと、嘘だ、嘘! 触っても平気だ!」


 ぽん、とマサヒデがタマゴに手を置く。

 くすくすと笑いながら、マツが茶を持ってくる。


「悪い嘘をつくな! 嘘に聞こえんわ!」


 む、とマサヒデが眉を寄せ、


「何? お前、マツさんのタマゴがそんな風に見えると言うのか?」


 ぎらりとマサヒデの目が光る。


「いやいや! そうではない! そうではないぞ、マサヒデ!」


「・・・」


 じー・・・

 マサヒデの目。いつもの目ではない。

 トモヤの顔から血の気が引いていき、ごくん、と喉を鳴らす。


「ぷっ」


「おほほほほ! マサヒデ様、お戯れが過ぎますよ!」


「何じゃい! マサヒデ、マサヒデ! お主、また!」


「ははははは! どうかな? 俺も少しは凄みってものが付いてきたかな!」


「ええい! 全く!」


 ぷい、とトモヤが横を向く。


「冗談、冗談。そう怒るな。さ、見てくれ」


「ふん!」


 じろっとマサヒデをひと睨みして、トモヤがタマゴに近付く。


「ふふふ。皆、初めて見ると驚くからな」


「お主が驚かせるからじゃ!」


 そう言って、トモヤは畳に顔を擦り付けるように、下からタマゴを覗き込む。


「のう、このもやっとしておるのは何じゃ?」


「魔力が漏れておるのだ」


「魔力? このタマゴ、魔力があるのか?」


「そうだ。マツさんの血が濃いのだな。

 それはもう、凄い魔力だそうだ。

 将来は歴史に名を残す大魔術師になる、と医者に太鼓判を押してもらった」


「なんと! 大魔術師か! それほどすごい魔力か!」


「このもやも、今は漏れておるが、すぐ止まってしまうそうだ。

 いくら魔力がすごいとは言っても、この大きさだからな。

 そうなれば、普通のタマゴだ」


「ふーん・・・」


 もやがなくても、全く普通のタマゴではないが・・・

 むん、とトモヤは起き上がって、


「のう、触っても良いか?」


「構わんぞ。落としても割れはせんから、撫でてやってくれ」


「割れぬのか?」


「うむ。父上でも斬れるかどうかでは、と医者は言っておった」


「何? そんなにか」


「タマゴで産まれる種族のタマゴというのは、そのようなものらしいぞ。

 さすがにここまで丈夫なのは、そうはないと思うが」


「ほう。そうなのか」


 トモヤがそっと手を伸ばし、タマゴに手を置く。


「ふむ?」


 ぽんぽん。

 すりすり。

 つんつん。

 さわさわ。


「何ともないの」


「だろう」


「ふむふむ」


 鱗のような物を押してみる。全く動かない。

 鱗の隙間の赤い部分に、指を突っ込む。何ともない。


「鱗はあるが、全く普通のタマゴじゃな?」


「父上でも斬れるかどうかとなれば、普通ではあるまいが」


「それはそうじゃな」


 もう一度、タマゴの頭に手を置いて、すりすりと撫で、


「あっ! ああっ!」


「どうした?」


 ば! とトモヤが後ろのマツに振り返って、


「これ! マツ殿!」


「はい! 何でしょう!?」


 湯呑に茶を注いでいたマツが驚き、びく、と身をすくめる。


「こんな固い鱗の付いたタマゴを産んで、えらくない訳がなかろうが!

 ほれ、何をしておる! 茶など良いから、今すぐお休みなされ!」


「トモヤ、大丈夫だ」


「何?」


「その鱗は、産まれた後に出来たものだ。

 産まれた時は、こう、つるっとしておったし、もっと小さかったのだ。

 だから、マツさんは平気だ」


 くす、とマツが笑って、茶を差し出す。


「ふふ。ご心配、ありがとうございます。

 でも、ご覧の通り! 私、元気一杯です」


「ふふふ。あまり大声を出すなよ。

 このタマゴの中には、もう赤子がおるのだ」


「お、おお! カオル殿も言っておったな。中には赤子がおると」


「そうだぞ。小さいが、ちゃんと赤子がおるのだ。

 お前のでかい声も聞こえておるわ」


「ふうむ、ワシの声ものう」


 トモヤがぐいっと身体を後ろの床の間に向けて、ぽん、とタマゴに手を置く。


「ほい! 聞こえておるかの! ・・・おるのかの?」


 小首を傾げるトモヤを見て、ふ、とマサヒデは笑い、


「赤子からは返事がないから分からんが、まず間違いなく聞こえておるぞ。

 音は、物を伝わって響くからな。中にお前の声が響いておろう」


「おおそうか! 聞こえておるか! のう、ワシがトモヤじゃ!

 お主の親父殿、マサヒデの友じゃ! わははは!」


「ふふふ。うるさい、眠らせろ、などと考えておるかな?」


 くすくすとマツが笑う。

 2人の笑い声を聞いて、トモヤはにやっと笑ってマサヒデの方を向き、


「ところでマサヒデよ?

 お主、随分と親馬鹿ぶりを発揮しておるようじゃの」


「んん? そんな事はないぞ」


「ふふーん。カオル殿から聞いたぞ」


「うん? 何をだ?」


 トモヤは顎に手を当てて、ぐっとマサヒデの方に身を乗り出し、


「お主、ここで団扇を扇いでおったそうじゃの? タマゴに向けて。

 ほれ、今日は暑かろう、これで涼しくなろう、などと」


「む」


「カオル殿が呼んでも、全く気付かなかったそうじゃの!

 顔をのぞいたら、扇ぎながら、それはもう、にやにやしておったとか!

 横に座って、やっとカオル殿に気付いたとか! わはははは!」


 ぷ! とマツが口に手を当てる。


「知らぬ」


「わはは! それはそうじゃの、気付かなかったのじゃから、知らんわの!」


「マ、マサヒデ様・・・ぷっ」


 昼の暑さが残る居間に、少し涼しくなった夕方の風が入る。

 縁側から、トモヤとマツの笑い声。

 マサヒデだけが渋い顔で、2人から目を逸している。

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