第3話 クレール道場へ・中


 ばたたたた・・・

 クレールがトミヤス道場の門前に降り立つ。


 稽古をしている。

 ここからでも、竹刀の音が聞こえる。


「ふん!」


 ぱちん! と両手で頬を叩き、気合を入れる。


 よし!

 シズクさんも言っていたではないか。私に勝てる者はいない。

 マツ様も言っていたではないか。死霊術を使って戦う者は貴重。

 もし勝てなくても、死霊術での戦闘を見せられれば十分だ。


「ふん!」


 と一歩踏み出すと、道場の戸が開いて、門弟が走り出てきた。

 まっすぐこちらに駆けてくる。


(あれ?)


 邪魔だろうか、とクレールが門前から身を避けると、門弟が足を止め、


「失礼します。クレール様ですね?」


「え? え?」


「来られると、シズク殿から聞いております」


「え、何で・・・」


「カゲミツ様が、来たから迎えに出ろと」


「ええっ!?」


 門から道場まで、結構離れているのに、何故分かったのだろう。

 まさか、カゲミツの感覚がここまで鋭敏だとは。


「さ、どうぞ。道場へご案内します」


「はい・・・」


 いつしか、道場の竹刀の音が消え、静かになっている。



----------



「お連れしました!」


 門弟がずらりと壁沿いに並んでいる。

 シズクがカゲミツから離れた横に座っていて、にっと笑った。

 クレールを案内してくれた門弟も、下がって並ぶ。

 カゲミツは上座で胡座をかいていて、にこやかな笑顔を浮かべ、


「おお、クレールさん! おはよう!」


 と、手を上げる。

 クレールがぴしりと頭を下げ、


「お父様! おはようございます!」


 『お父様』。

 門弟たちが顔を見合わせる。

 まさか・・・この少女は、まさか・・・

 先日、マツ様が来たばかりではないか。


「ふっふっふーん。さ、クレールさん。こっち来てくれ」


「はい!」


 とてて・・・と小走りにカゲミツの前に立ち、綺麗に正座する。

 ぴしりと手を付いて頭を下げ、


「お父様! 本日はよろしくお願いします!」


「いやいや! 魔術師相手の稽古って中々出来ねえから、助かるよ。

 今日はこいつらをよろしく頼む! さ、皆に顔を見せてやってくれ」


「はい!」


 クレールは正座したまま、くるりと後ろを向いて、


「皆様、まだまだ未熟者で御座いますが、本日はよろしくお願いします!」


 と、頭を下げた。


「はーっはっはー! クレールさんが未熟者とはな!」


 カゲミツが立ち上がり、クレールの横に立って、


「さ、立ってくれ」


「はい!」


 立ち上がったクレールの肩に、ぽん、と手を置いて、


「お前ら! さっき話したが、今日は特別師範に、クレールさんが来てくれた!

 マツさんと同じ、純粋魔術師だ!

 それもただの魔術師じゃねえぞ!

 クレールさんはあー・・・なんと! あのレイシクランだ!」


 レイシクラン? と首を傾げる者もいれば、ぎょ! と目を見開く者もいる。


「見た目に誤魔化されるなよおー?

 こう見えて、お前らの爺さん婆さんより、遥かに年上なんだ。

 それと・・・ええと・・・」


 ちょっと気不味い顔をような顔をした後、むふふ、とカゲミツは笑って、


「なんとおー・・・マサヒデの2人目の嫁だ!」


 え! と門弟たちが驚いてクレールを見る。


「はっはっは! マサヒデの野郎、やりやがるよな!

 モテる所は俺譲りってわけだ!」


「皆様、よろしくお願いします!」


 クレールが頭を下げる。


「クレールさんは只の純粋魔術師じゃねえぞ! 死霊術の使い手でもある!

 いいか、死霊術で戦う魔術師ってのは滅多にいねえ!

 お前らが敵うわけはねえだろうが、しっかり見せてもらえ!

 当然だが、少しはトミヤス道場の門弟だって所を見せろよ!」


「はい!」


 門弟達が元気よく返事を返す。


「じゃ、クレールさん。早速見せてやってくれ。

 あ、道場燃やさないでくれると助かる」


「は、はい!」


 び、とカゲミツが手前の門弟を指差し、


「じゃ、お前。まず相手してもらえ」


「はい!」


 門弟が木刀を持って立ち上がる。


「良いかあー? マツさんの時みてえに、だらしねえ姿見せるなよ。

 またあんな風になったら、全員、山のてっぺんまで裸足で走ってもらうからな」


「は、はい!」


「よし。じゃあ、初手だけ譲れ。

 さすがに、マツさんほどの規格外の化け物じゃねえからな。

 本来、純粋魔術師ってのは、面と向かって打ち合うもんじゃねえんだ」


「はい!」


「じゃ、クレールさん。俺、審判するから。よろしく!」


 すたすたとカゲミツは上座に歩いて、どすん、と座った。


「はい、始め!」


 門弟が礼。

 クレールも礼。


「で、では、参ります!」


 クレールが杖を突き出すと、ぽん、と小さな水球が浮かぶ。

 ぐにっと水球が歪む。

 水鉄砲の魔術。


「?」


 カゲミツも、門弟も、何だろう? と宙でぐにゃっと押し潰された水球を見る。


 ばしん!


「ぶぁ!」


 門弟が壁まで吹き飛ぶ。

 どかん! と派手な音を立てて、門弟が転がり、近くの門弟が飛び退った。


「お、おいおい・・・」


 カゲミツが驚いてクレールを見つめる。


「あ、あっ! ごめんなさい!」


 慌ててクレールが駆け寄って、倒れた門弟に治癒魔術をかける。


「一本だな。何だい、クレールさん。

 水の魔術であんなの見たことねえぞ」


 門弟に手を当てながら、カゲミツの方を向いて、


「あ、あの、マサヒデ様が考えてくれた魔術で、水鉄砲の魔術で」


「水鉄砲? ああ、なるほどな。それでぐにゃっとしてたのか。

 思いっ切り押してたわけだ。ふーん・・・そうか・・・

 これをマサヒデが考えたってか・・・」


「弱くしたつもりですけど、申し訳ありません。

 緊張して、力が入っちゃったかも・・・」


 カゲミツが真剣な顔で、


「弱いのか。そうか、あれで弱いのか。へーえ・・・

 水の魔術って、あんまりがつんとくるのはねえからな・・・そうか・・・」


 怒ってしまったか?

 ぱ! とクレールは立ち上がって、


「申し訳ありません!」


 と、頭を下げた。


「いや! いいんだ。あれくらい、軽く避けられねえとな。

 最初にぐっと溜めてたろ?

 そこで、危ねえ! 避けなきゃ! ってのが普通だ。

 もっとがつんとくるのをかましてやってくれ。

 あ、でも死人は勘弁な!」


「はい・・・」


「よし。次、お前だ」


 カゲミツが反対側の壁に並ぶ門弟の、手前を指差す。


「はい!」


 門弟が真ん中に立つ。

 クレールも前に立つ。

 互いに礼。


「はい、始めー」


 ぶわ! と道場の中が霧で包まれた。


「ああ!」「なんだ!?」


 自分の手も見えず、門弟達が慌てて声を上げる。


 ごん!


(やった!)


「う」


 す、と霧が晴れる。

 からん、と木刀が落ちて、腹を押さえて門弟が崩れ落ちる。

 ころりと石が転がる。


「やるねえ! 一本だ!」


 とてて、とクレールが走り寄って、門弟の腹に手を当てる。

 痛みが消え、門弟が立ち上がってクレールに頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 木刀を拾って、門弟が壁に下がる。

 カゲミツがにこにこしながら、


「クレールさん。次は死霊術見せてくれ。

 俺も、死霊術使って戦う魔術師ってほとんど見た事ねえんだ」


「は、はい!」


「よし! じゃあ、次はお前だ! ビビって小便ちびるなよおー?」


「はい!」


 門弟が立ち上がり、クレールの前に立った。

 次は得意の死霊術。

 さて、何を見せようか。

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