ピーマンの肉詰め

脳幹 まこと

「ヤる」で伝わるって凄いよな


 父さんはよく「ヤらねえ男には背骨がない」と抜かしていた。

 良くも悪くも昔の男だった父さんは、典型的なマッチョイズムを持っていた。

 筋肉・カネ・女。それらを手に入れない男は男じゃない。

 男でない男、俺みたいなやつはいくら踏みにじっても構わない。男に屈しない女、つまりは母さんみたいな人も。

 そんな好き放題やってきたあの人は、俺が20歳の頃、あっさり脳出血でくたばった。完璧な肉体を作るためのトレーニング中に起こったのだから皮肉なことだ。

 あの人の遺伝子はほとんど俺には受け継がれなかった。強いて言えば二つだけある。一つは彼譲りの大きいイチモツ、もう一つは下ネタ好きだ。

 あの人はどんな馬鹿らしい下ネタでもゲラゲラと笑った。「ピーマンの肉詰め」といっただけで性行為を連想する体たらくっぷりだ。

 俺は下ネタが好きだけど、結局一度も自分の下を使うことはなさそうだ。


 35歳の健康診断、俺は待合室にいる1クラスくらいの男達の中にいる。

 肌着で来いと言われて、俺は貧相な上半身を晒した。身体測定は昔から嫌いだった。「ガリよりはデブのほうがまだマシ」とあの人は言っていた。ガキの頃の俺は散々食わされた。吐くくらい食わされたのに、全然太れなかった。

 看護師さんが定期的に声をかける。新設された病院は美人さんが多かった。男性女性で分かれているから、女性用にはきっとイケメンが大勢いるのだろうと勝手な邪推をする。

 ぼんやりと考える。

 この中の一体どのくらいがヤッてるのだろう。

 若者のセックス離れと言われて久しい今でも半分くらいはヤってるらしい。誰だろう。

 あのガタイの良い二人組の兄ちゃん達はほぼ間違いないか。あの人もブイブイ言わせてそう。あの人も父さんに近いオーラを感じる……

 やっぱり雰囲気づくりから始めるのか。あのスタッフもその時はあえぐのか。自慰より気持ち良いのか。そういうのを解説してくれる動画は定期的に見てるが、やっぱりよく分からない。


 ヤる、か。XXXチョメチョメするという言い方もあるが、それだけで伝わるっていうのは凄いことだ。英語にすれば「Do」だ。基本的すぎる。

 性行為というのは、それだけ動物の根源に近いものなのだろう。「死」というものが一文字で言い表せるのと同じように。

 父さんの言う通り、俺には背骨がないのかもしれない。いくら「皆の尊重」とか「理性的な活動」とかが勢いを増したとしても、そんな歴史の浅いものが、動物の本能を越えられるとは到底思えない……


 感慨にふけっていると、どこからか声が聞こえてきた。


「あそこの中華屋の八宝菜がねえ、とろっとろのあんがまた絶品でさ」


 とろっとろ……あん……絶品……

 笑いが込み上げてくる。くだらなさ過ぎる。だからこそ笑えてくるのかもしれない。

 聴力検査は問題なさそうだなと思いながら、ひたすらこらえる。

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