第19話「ここにシエルが居るかも」
第19話「ここにシエルが居るかも」
俺は授業が終わり次第、シエルが以前入院していた病院に足を運んだ。
なぜかというと家出したシエルの居場所の手がかりになる情報を聞くため。
記憶喪失のあいつでも辿り着ける場所で、宿泊もできる施設と考えた時、ここが最も居そうな場所だったのだ。
仮にここに居ないとしても助けを求めて駆け込んだ可能性もある。
少なからずいい情報が聞けるのは確かだろう。
「ここにシエルが居るかも」
扉を開けたら、あのブロンドの髪をした美少女が姿を表すかもしれない。
俺はお花見に行ったあの日、シエルを追い出すような言葉を放った。
『記憶が戻ったら俺とはもうお別れだ』
『だって俺はお前とは会うはずのない人間だったんだ』
まだ記憶が曖昧なシエルは物心付いた子供と一緒だ。
そんな子供を突き放すような言葉。
冷静になって思い出すと、自分がどれほど無責任で最低な言葉をかけてしまったのかがよくわかる。
どんな顔してシエルにあったらいいか、シエルに会わせる顔がない。
もしも、シエルが俺をまだ許していなかったら…
「俺が悪かった。ごめん、一緒に帰ろう」と謝ったところで、シエルが付いてこなかったら。
もう違う人のもとでお世話になっていてその人の方がいいと拒否されたとしたら。
情けない奴だ。
だが、それならそれで受け入れる覚悟はある。自分のやってしまったことだ。
俺が激怒し、拗ねるのは間違っている。
とにかくシエルの安否が最重要だ。
病院内に入り、以前シエルの入院でお世話になった看護師の三上さんを呼んだ。受付は不思議な顔をして呼ぶのをためらっていたが、「以前入院していた者のことで相談が…本人は今居ないんすけど」と言ってなんとか呼び出しをしてくれた。
待合室でしばらく待っていると裏から三上さんが来てくれた。
久しぶりに会ったが、あの時と変わらない優しい笑顔で俺に挨拶をしてくれた。
この白衣の天使の顔がこれから鬼の顔になるのかと思うと身構えてしまう。
「シエルちゃんはそれから元気?」
三上さんはシエルのことを心配しているようでシエルの容態を細かく尋ねてきた。
俺はその質問に答えながら、三上さんの顔色を窺っていた。
「そう。大丈夫そうならよかったわ。記憶の方はまだ手がかりがつかめていないみたいだけど、こっちはゆっくりと時間をかけるしかないわよね」
「そうっすね」
「で、話を聞く限りだとシエルちゃんは大丈夫そうだけど、今日は何で来たの?」
「あ…」
俺は思わずうつむいてしまった。
「どうしたの?一緒に住んでて何か嫌なことでもあったかしら。もう同棲はごめんです!みたいな?」
あながち間違いではない。
「そうじゃないんすけど、ちょっと喧嘩しちゃって。こっちにシエル、顔出したりしてませんか?」
「ううん。来てないはずだけど… まさか出て行っちゃった?」
「出て行ったというか、俺が追い出したというか…」
「ん? どういうこと?」
「話すと長くなるんすけど…」
俺は事情を説明し、ここに来た理由も含めて俺の気持ちを全て三上さんに話した。
三上さんは終始俺を見つめて、話終わるまでずっと黙っていた。
「…て感じでここに来たんすけど。居なかったみたいですね」
何も言わない三上さんがとてつもなく怖い。
しかし、その恐怖が消し飛ぶほどいつも通りの声色で三上さんは話を始めた。
「そうね。残念ながらここでは仲直りできなかったわね」
三上さんは頬に手を当てて残念そうにそう言って俺をにやにやと見つめている。
「なんでにやついてるんすか。俺てっきり怒られるかと思ってました」
「だからあんなにびくびくしてたのね」
「バレてましたか…」
看護師にはなんでもお見通しなようだ。
「若い二人だもの、急に同棲し始めたら喧嘩しちゃうわよね。しかもお互いのことも何も知らなくて、新しい気持ちもたくさん芽生える時期だし」
「ですけど、俺も言いすぎたところあって…シエルに会わせる顔がないです」
「そう思ってるなら気にせず謝ればいいじゃないって思うけど、それが難しいのがあなたよね」
「どういうことですか…」
「あなたの素直じゃないところよ。考えすぎっ!」
「いてっ!」
背中をバシッっと叩かれて思わず声が出てしまった。その反応に三上さんは大爆笑している。情けない声を笑われて恥ずかしいんだけど。
「なんでそんなに楽観的なんですか!怒らないんですか?追い出したことに対して」
「怒るもなにも、今こうして渉くんが行動してるんだからもう喝を入れる必要はないでしょう?」
俺が学校を休んだあの日、ゆきと話したおかげで喝は十分に入った。いま行動しているだけで三上さんが怒るポイントはないということだろう。自分の行動が正しいと言われているようで素直に嬉しい。
「ただ毎日に新鮮味がないっていうあなたはとてつもなくぶん殴りたいと思ったわ」
「え?」
嬉しさを感じているさなかのぶん殴りたい発言に俺は戸惑いを隠せなかった。
「あなたまだ高校生よね…? それで毎日が単調でつまらないとか、イベントがないとか。高校生なんて毎日が新しいことの連続じゃない! これ以上ない非日常で希望に満ち溢れていると思うわ。なのにあなたは現状に不満を持ってるなんて…」
三上さんは怒っているというよりは呆れているような表情で俺を諭している。
「社会人になったら、あなた孤独で鬱になりそう」
「さらっと怖いこと言わないでくださいよ! 社会人の方が楽しいですよ。毎日単調に勉強してるわけじゃないんですから。お金もあるし、自由な時間もあって」
そう言うと三上さんは目を見開いて俺の肩を掴んで「そんなことない!」と叫んだ。
「自由なんてないのよ… 毎日同じ職場に行って、同じような仕事をして。始めは覚えることだらけで一日がとっくに過ぎていくこともあったわ。でも今は単調作業の繰り返しで時々飽きてしまう。学生の時のように強制的にイベントに参加するわけじゃないし、自分から何か行動できないとそれこそ新鮮味を感じることなんてできないわ」
「そうなんすか…」
意外だった。自分のやりたいことやできることが増えるからこそ人生が豊かになると思っていた。
でも現実はそうではないらしい。やること全てを自分自身で決められる、その一見羨ましく思うことがつらく感じるようだ。
「高校生なんて楽しいイベントが盛りだくさんじゃない! 修学旅行でしょ、文化祭でしょ、受験や卒業式だって立派なイベントよ? そんな楽しいイベントがたくさんあるのに何が楽しくないのよ。呆れちゃうわ」
似たような言葉をついこの前言われた気がする。
ゆきも同じことを言っていた。
俺はなぜそこまで根暗なのか、と。
「きっとそれを楽しそうだと思ってないんすよ。友達がいるわけでもないし、盛り上がる成りじゃないし」
「成りじゃなくても盛り上がって見たらいいじゃない?」
「無理っすよ」
「友達がいないなら作ればいいのよ。行動力が大事!」
行動力か…俺にはないものかもしれない。
「ないなら自分で生み出せばいいし、割に合わないこともやってみちゃえばいいのよ。それで周りがダサい!とか変な人!とか言ってきたとしても無視すればいいわ。自分が堂々と楽しんでいたら悪く言う人はいなくなっていくものよ」
「そんな簡単なことですか」
「行動力と自信があなたの人生を楽しくするわ」
「名言っぽいこと言いますね」
「でしょ。あなたの座右の銘にしてもいいのよ」
ウインクしてドヤ顔をしている。すこしからかったが、とても勇気づけられる言葉をもらった。
「わかりました。心に刻んでおきます」
三上さんはそんな俺の頭を優しく撫でた。それは幼い頃、母さんに頭を撫でられた時のように俺の心を深く安心させた。
「がんばれ、若者よ!」
どこに行っても俺が励まされてばっかりだ。
俺は照れ臭さを感じつつも拒否することなく、しばらく頭を撫でられていた。
頭を十分撫でられた後、俺たちはシエルの居場所について話し合っていた。
「俺の予想だとここがいちばん寝泊まりにちょうどいい場所だと思ってたのにいなかったんで、どこを探せばいいのか正直わからないんですよ」
他に心当たりのある場所は学校くらいだった。しかしそこで何泊もしたとは思えず、他に行く当てがあるのかと考えていた。
「そもそも病院はすぐ来ても泊めることはできないわ。何日も外にいるとなるともう警察のお世話になっている可能性の方があるんじゃないかしら?」
「あ、そうか」
盲点だった。確かにシエルが居なくなってからもう三日が経とうとしていた。
そこまで外に居たら知り合いではなくても誰か目撃者が声をかけた可能性も考えられる。普通の人であれば、まず警察に届けるのが常識だ。
「やさしい人が届けてくれているといいけれど」
そうだ。シエルに声をかけるのがいい人だけとは限らない。
悪い人だって、可愛い女の子には声をかける。
そしてその子が家出少女だと知ったら…
それって…
俺が考えた最悪の展開になるかもしれねぇじゃん!
どこの馬の骨かもわからない男がシエルを家に連れ込んであんなことやこんなことを…
だめだ、そんなこと!
あいつには純情可憐な女の子でいてほしいんだ!
「ぐあぁ……」
俺は頭を抱えて半泣きになりながら、シエルのあられもない姿を想像していた。
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫じゃないですよ。シエルがシエルじゃなくなってしまうかもしれないんですよ。これは深刻な問題です」
「何言ってるのかちょっとわからない」
「なんでわからないんですか!」
「そんなに心配なら追い出さなきゃよかったのに」
「それは言わないでください」
みんなも思わないでください。
「次にシエルちゃんかいる可能性があるのは、学校なのよね」
「そうです。そこくらいしか安心してシエルを置いておける場所が思いつきません」
俺たちは学校にいる可能性を考えることにした。
昼間は学生や先生、用務員の方など多くの人の出入りがあるが、夜の学校は静かで侵入しやすい場所ではある。
しかし監視カメラや巡回の警備員などがあり、見つかる可能性は昼夜共に高いのだ。
セキュリティーが万全すぎて夜の学校に忘れ物をとりに行くことすら容易には叶わない。
それに夜の学校は怖い。
俺はオカルトは信じないタイプだが、あの暗闇で少しでも物音がなればびっくりするのは間違いない。あんなところ二日も三日も泊まりたいなんて思えないが…
「学校って泊まれるところあるの?」
三上さんが俺に尋ねる。
学校の寝泊まりできる場所といえば体育館が最もいい場所だ。
倉庫には授業で使われるマットがあるし、校舎の中よりはセキュリティーが緩い。布団やタオルなどは体育倉庫で探せば一枚くらいあるだろう。
「体育館…くらいじゃないですか」
「そうよね…教室にはいられないわよね」
「可能性はつぶした方がいいので、俺この後行ってきますよ」
病院に来て、シエルが来てないと確信した時から俺は心配でたまらなかった。
ほかに安全な場所が一つもない。学校でも他の人の家でも心配なのは一緒だ。
「そうこうしているうちにもう日が落ちます。今日はありがとうございました。何かあればまた伺います」
急いでバッグを持って、病院を出ようとした。
「あっ、待って!」
「なんですか」
「シエルちゃん、今日中に見つかるといいわね。それと記憶の方だけど、私は急いで戻そうとは思ってないから。あまり急がないでいいわ。喧嘩をしてしまうなら、なおさらね」
三上さんは最後にそう言って、俺を入口まで見送ってくれた。
さて、学校に急ごう。もう日が暮れてしまう。
凡人高校生は記憶喪失の少女をひろったようです。 秋人 @akatsukiii
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