月(ルナ)  お題「宇宙の起源(はじまり)」

 イントロダクション


「宇宙の起源」だって? 何もストーリーが浮かばない。出す気はなかったけれど、書かずにいたらこのままず―――っと書かなくなりそうだから、その状況を打開すべくとにかく書くことにした。

 

 ストーリーなんか浮かびません。(注:決して自慢ではありません)断片的なシーンが「ポッ」と浮かんで消えるから、「ポッ」をとっつかまえてつなげて、いわば「ポポポポ……」にしました。


 ただそれだけだからうまい言い訳もできず、イントロダクションを終わります。さぁ、ポポポポ……っと書くぞぅ。


*********************************



 Scene 1  ミルク・クラウン (宇宙の起源)


 あたしは真下を見下ろしていた。眼を凝らしても薄暗くてはっきりと見えない。でもそこが白乳色で何となく『トロリ』といているが分かる。ゆらりゆらり、波立つというよりは穏やかに震えているようだ。


 あたしたちを待っているかのように、やさしく静かに揺れ続けている。ゆらりゆらり……。けれど『静寂』と『暗闇』はしっかりと手をつないでいて、何の音もそこにはない。静かででもゆったりと震えていて、何かが起こる寸前の……そう……胎児が新生児なる瞬間の空白と同じ。



 あたしは姉さんの後ろにいて、身体半分だけ姉さんの中にいた。姉さんが大きく膨らんで震えていた。


「行くの?」


 自分の身体の重みに耐えきれず、あたしと離れて落ちていこうとしている姉さんに尋ねた。でも、答えが返ってこないことくらい知っている。姉さんが巨大な『存在』だけであることを、あたしだけが知っているのだから。


 あたしは『その時』を見ていた。


 姉さんが自分の重みに耐えることが出来る限界に達していた。あたしの目の前で途切れるように穏やかにあたしと切り離されて、巨大な球体となって落ちていき、姉さんが離れた振動であたしも姉さんの後を追って落ちていった。あたしたちが落ちていこうとしているところは『混沌』だった。


 姉さんが落ちた。『混沌』と姉さんは同化し、ゆっくりと巨大なミルク・クラウンを創った。あたしはそれを真上から見ていた。『混沌』が沸き上がって、波紋を創りながら広がり始めた。『混沌』は息づきどんどんと広がっていく。


 あたしは『混沌』と姉さんが同化して宇宙になったことを瞬間的に知った。美しいミルク・クラウンがあたしを待っている。あたしはミルク・クラウンの中に落ちて、そのまま深く広く溶けていった。姉さんはその中で『存在』となりあたしは『意識』になった。


『静寂』と『暗闇』は手を離した。『混沌』は波立ち銀色の音を立てている。姉さんは音に合わせて銀色の光を放ち始めた。あたしは彼らの隅々まで広がり触手を伸ばした。姉さんと『混沌』が創り出したかわいらしい星々。その一つ一つすべてに、あたしは『意識』の触手を絡めた。



 Scene 2  ルナ


 あたしはとてもきれいな青色の光を放つ惑星に気がついた。それは凍てついた青だった。でも恒星はやがてもう少しだけ熱くなる。そうしたらその惑星は、生命を宿せるくらいに温かくなるだろう。あたしはその星の1/4もある巨大な隕石をその星の引力に捕らえさせてやった。あたしはそのままその隕石にとどまることにした。「月」という名を与え、恒星には「太陽」という名を与えた。


 あたしは月の引力で、水は何十億回と満ち引きを繰り返すさまを見続けていた。波打ち際にいた生物が陸に上がり、再び何億年もの時間をかけて進化し、その多くの種類の種族の中で、唯一本能以外の「知恵」と呼べばいいのだろうか? 「火」と「道具」を操る者たちが現れた。「人間」という名前を与えた。


 姉さんの中で「意識」になったあたしを思い出した。



  Scene 3   うさぎ


「おゆき」


 あたしは自分の化身を「地球」と名付けた惑星に降ろした。白乳色の小さな弱い生き物。けれど「月」……ああ、もうこの子を「月」と呼んであげよう。あたしとは違う名前をあげるわ。月がよく見える『夜』という時間に動き回り、たくさんの子を孕む。それは啓示。


 


 人間さん。夜が怖いの? あなたたちの目は、光がないと見えないものね。火を焚きながら、今にも落ちてきそうな巨大な月が、規則正しくまあるくなったり細く痩せるのが怖いのね。月があなた方のような生き物だと勘違いしているのでしょう? 月があなた方を殺して食べるのだと信じている人間も多いのね。


 夜は怖いし、その闇に生きている月の存在も怖いのね。月を見上げて飛び跳ねるあたしたちも怖いのかしら?


 あたしたちは弱い生き物よ。足も速くないし、武器になる爪も牙もないわ。あるのはどんなに小さな物音でも聞こえる長い耳と炎のような赤い目だけ。あなたたちはあたしたちを『月の精』だと信じて恐れているけれど、他の肉食動物にとってあたしはごちそう。やがて、あなたたちもあたしを食べるわ。


 でもあたしたちは死んでいったうさぎたちの何倍もの子を産むの。そうやって、月の願いを語り継いでいくのよ。あなたたちは、誰に教えてもらったわけでもなくあたしたちの存在が月と関係があることを知っていたわ。


 月は生きている。月は万物を支配する。月は吉の相と不吉の相の狭間を15日間かけて息をするの。人間の子は、満潮に産まれ、干潮に死す。地球の重力と月の重力は微妙な関係で均衡しているわ。そう、やじろべいのようにね。


 その月に住んでいる「うさぎ」。その月を見て跳ね、子を孕むという「うさぎ」。やがてあなた方は、月の願いを知るんだわ。




 Scene 4   魔女


 あたしら魔女の出現かい? それは「警鐘」さね。まぁ、もう少し待っててごらん。そうさね、あと数百年ってところさ。あたしらは暗闇に生きるもの。月夜の晩にゃぁ、あたしら一族にきっと会えるだろうよ。


 あたしらはねぇ~。うさぎに扮するのが得意なんだ。たいがいの魔女はうさぎの姿をしているよ。さらにだね。うさぎはね、あたしらの魔力の源なんだ。あたしらだって昔はただの女だったんだけれどね。どうした訳だろうね。うさぎの肉を食った女たちのごくわずかのものが、不思議な能力を持つようになったんだよ。うさぎはねぇ。女に呪術力を与える生き物だったのさ。


 あたしらはうさぎの肉を食うんだ。食って呪術力を手に入れ魔女になる。老いの時間を消し去り、不吉な予言をつぶやき、手を使わずになんだって操り・殺す。悪魔を目覚めさせ、月夜の晩にゃぁ、古ほうきに力を与えてやってどこへでも行くのさ。


 そう。あたしらは魔女。いくらでもあたしらを狩るといいさ。魔女を狩り、うさぎを狩るがいい。あたしらはやがて姿を消すだろう。うさぎは可愛いだけの小動物になるだろう。あたしらはただの警鐘さね。




   Scene 5    黄昏


 疲れたわ。私の可愛いうさぎ。まだなの? 急いでちょうだい。もう黄昏時だわ。暮れていくしかないのよ。


 その赤い目は何のため? その長い耳は? 闇夜でも見つけられるように、どんな小さな音でも聞き逃さないように、お前の身体を創ってあげたのよ。探しなさい。早く探してあたしに知らせなさい。


 お前は魔女の存在を創ったわ。その血を辿りなさい。もとよりお前の血ではありませんか。早くお前に一番近いものを探してちょうだい。姉さんは今でも巨大な『存在』だわ。それが姉さんのすべてであり、永遠にあり続けるものなの。


 でもあたしは「意識」。意識はやがて弱くなる。あたしはもう、未だに光速を越えて広がりゆく姉さんと「混沌」の隅々まで触手を伸ばす力が残っていない。それなのに、姉さんたちはまだまだ巨大化し続けているの。あたしにはもう追えないの。うさぎ。早くあたしの代わりを探してきなさい。あたしはお前を創り、お前は魔女を創った。今、魔女はあたしの代わりになるもの。いいえ、「あたし」を創っているはずよ。

 人間たちにとって、お前は「啓示」。魔女は「警鐘」。次は「目覚めるもの」。うさぎ。探してちょうだい。その赤い目を光らせ、その長い耳をあらゆる方向へ向けて探しなさい。



 Scene 6    継ぐ者


「私はいかなくてはいけないらしい」

 私の前に小さな野うさぎが現れた。後ろ足だけで立ち上がり、小さな鼻をひくひくさせながら赤い目で私を見つめた。視線が合った瞬間、どこへとか考えず、ただ「行くのだ」と予感した。


 私は赤い目の奥から、一瞬で膨大な映像を取り込んだ。白乳色の球体。巨大なミルク・クラウンの中へ溶けていった「意識」。宇宙全体が私の中に納まる。月にとどまった「意識」。そこから来たうさぎ。魔女。最後が月の願いだ。赤い眼差しは「啓示」だった。


「私はいかなくてはならない」

 私はいつの間にか東の空に登った巨大な満月を見上げて呟いた。



  Scene 7    交代


 そう。あたしは待っていたわ。うさぎ。ようやく見つけたのね。うれしいわ。あたしはこれで静かに眠れる。さぁ、あたしを継ぐ者よ。交代しましょう。あたしは触手をすべて私の中へ戻したわ。あたしはこの月の中だけにいる。もう、姉さんの存在が大きすぎて何もわからない。あたしはもうこの小さな月になるわ。あたしは待っているから。さぁ、うさぎ。今度はあなたの番よ。火の中にお入り。お前の肉を与えなさい。魔女の力を与えてあげなさい。


 継ぐ者よ。うさぎをお食べ。そう、一欠片も残さず食べなさい。うさぎはお前に力を与えるわ。

 

 全部食べたわね。よくやったわ。さぁ、試しにあたしをほんの少し動かしてごらん。そう。お前なら簡単にできるわね。


 それじゃぁ、本番よ。これが最後だわ。「意識」を強く持ちなさい。あたし以上の力をその小さな身体に凝縮させなさい。あたしを見なさい。見つめて見つめて、あたしを破壊しなさい。


 あたしの呪縛を破って、あたしと交代しなさい。あたしを粉々に打ち砕いて宇宙のもくずにしなさい。あたしは地球を道連れにしてあげるわ。すべてを破壊し、お前の肉体も葬ってあげる。お前は肉体の呪縛から解放されあたしになるのよ。


「姉さん。姉さん。あたしは消えるわ」


 そう呼び掛けても答えが返ってこないことくらい、あたしが一番よく知っているわ。姉さんはただの「存在」。巨大で永遠に変わることがない「存在」。あたしは姉さんの「意識」だった。でも今はただの小さな「月」。この月とともに滅びて消滅する。


 「存在」し続けなければいけない姉さん。ずっと姉さんの中ですべてを見続けていた「意識」のあたし。姉さんの命に終わりはないけれど、あたしは小さな月になって消えていくわ。


 何となく、素敵だわ。



  Scene 8    再び(宇宙の起源)


 私は両手に「宇宙」を抱いていた。私は「存在」より強かったらしい。宇宙の外にはじかれて、この両手の中へ捕まえてしまった。かつて私の前にあった「意識」の記憶によると、これは「存在」になった姉さん。というものらしい。私は宇宙を抱いたまま、腰を下ろしてゆっくりと瞼を閉じた。私は安らかな眠りにつこうとしている。私の腕の中で宇宙は動き続けているけれど、それは心地よい振動に過ぎない。

 私は宇宙を軽くいなして大きく息を吸い込み再び吐きながら眠りの深淵へと堕ちていく。夢の中で宇宙をのぞきさまよう。いくつもの小さな欠片がキラキラと輝いている。ああ、覚えている。あれは私が破壊した月の欠片だ。


 キラキラキラキラ……。美しい欠片だ。


 ルナの……。はるか昔、巨大な宇宙の「意識」だったルナの……。


 ……涙かも知れない……


                              (了)


 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SF小説 短編集 柊 あると @soraoda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ