第4話 ある夜の一幕(4)
現代社会においては様々な組織や団体が存在することによって、生活が成り立っている。警察、消防、自衛隊、医療関係。それぞれの組織には、それぞれの役割があるものだ。
ナイトウォッチと呼ばれている組織にも当然、その役割というものがある。まずナイトウォッチという組織は日本だけではなく、世界各地に存在している。Night Watchの頭文字を取り、NWとも訳されているこの組織は軍隊や警察、他の組織と協力をすることもあるが主に「夜において扉が開いた際に発生する現象、又は事件」を担当している組織だ。
この世界の夜と、別世界の夜を繋ぐように開かれる【扉】。そこから現れる者たちは
あくまでもそれぞれの国が正式に認め、政治的な支援も行っているのがナイトウォッチという組織であり、非公認であったり、独自に活動をしている組織や団体、もしくは個人も多数存在している。そのいざこざにもナイトウォッチは対応しており、
凛に竜胆と名乗った男が支部長を務めている宵闇市のナイトウォッチ支部なのだが、ここは世界各地──そして国内に点在している支部の中でも、最も戦力が集結している支部であった。その理由としては、「宵闇市は世界的にも群を抜いて、【扉】が開く頻度が高い場所」だからである。それ故に頻繁に
レイジが口にしていた「宵闇市では深夜に出歩くのは禁止されている」というのは、これが原因だからだ。二十四時以降の屋外での活動は宵闇市では禁止されており、飲み屋やコンビニなどの店もその時間前には閉まっている。なお深夜で見込まれる売上金は宵闇市から補填されているので、店を経営する分には問題ない。それが可能になっているのは、政府や他団体から多数の支援金で財政的に補助を受けているためである。
そんなナイトウォッチ宵闇支部の支部長を務めている竜胆は「掛けてくれ」と、凛にソファーに座るのを促した。凛は言われるがまま、高級そうなソファーに腰掛ける。それを見て机を挟んで反対側のソファーに、竜胆は腰を下ろした。
「レイジ、お前も座ってくれ。部下が一人立っているのを見るのは、どうにもな」
「いえ、俺はこのままで構いません。お気になさらず」
凛が座るソファーの後ろに立ったままのレイジは、静かな声色で雨宮に言った。竜胆は「参ったな」と苦笑するも、レイジが座る様子を見せないので、それ以上は言わないことにしたようだ。
竜胆の年齢は五十代ぐらいだろうか。しかしながら若々しく、黒髪の中にも白髪は見られない。レイジと同じ黒いスーツ姿で、その体格は元々現場で腕を振るっていたことが窺えるような、逞しいものだ。
「初めましてではないね、凛君。今から約一年前に、君のことは見かけていた」
「はい。……姉貴が行方不明になった後、実家まで父さんと母さんに会いに来た時ですよね。あの時は挨拶も出来ませんでしたけど」
と凛は当時の事を思い出しながら、そう答える。悠李が行方不明になってすぐの話だ。あの時は警察の関係者かと凛は思っていたが、竜胆がナイトウォッチの人間だと知ったのはその後だ。何故なら悠李が行方不明になったのは、大々的に報じられたからである。見た目麗しい女子高生が……というのもあるが、もっと大きな要因があった。
それは悠李が高校一年生の時点で、ナイトウォッチ宵闇支部の実働部隊に配属されていたからだ。勿論特例であり、最前線とも言える宵闇支部に高校生が正式に配属されるなど、あり得ないことであった。その上、悠李自身の見た目もあり、まるでアイドルのように扱われていたらしい。今でこそ落ち着いているが、「悲劇の弟」としてマスコミからの取材も凛の元に多くやって来た。
「悠李が行方不明になり、あの時はひっくり返ったような大騒ぎだった。落ち着いて話をすることもできなかったのを、申し訳なく思うよ」
「いえ……もし当時にその時間があったとしても、俺はちゃんと話を聞くことができていなかったと思います。俺も冷静ではありませんでしたから」
竜胆の謝罪を聞き、凛は自嘲するように笑った。たった一人の姉が行方不明になったという事実を、当時の凛は冷静に受け止めることができなかった。では今は? 一人でこの宵闇市にやって来たのを考えれば、まだ冷静とは言えないだろう。
「しかし、レイジから連絡が入った時は驚いた。悠李の弟である君がこの宵闇市に来ていて、その上、
「そんなことはないです。……俺が姉貴と同じように、ナイトウォッチに入るための訓練をすることを、姉貴はあまり良くは思っていませんでした。そもそも、「私が凛の分まで戦う」って父さんと母さんに言っていましたから。父さんと母さんも、俺をナイトウォッチに入れるつもりなんてないはずです」
「そうか……凛君、ひとつ訊きたいんだが。宵闇市に来ていることは、ご両親には伝えているのか? もしくはご両親もここに?」
「いえ──伝えていません。友達と中学校を卒業する記念に旅行をすると嘘をついて、ここまで来ました。素直に言っても、きっと認めてはくれなかったでしょうから」
凛の言葉を聞いて、竜胆は「早まったことを……」と呟き、深く息を吐く。凛からは見えてはいないが、レイジも僅かに顔をしかめていた。竜胆は凛を正面に見据え、静かに──だが迫力のある声で言う。
「
「分かってますっ。でも……俺のこの力なら、姉貴を見つけられるかも知れない。欠片ぐらいの手がかりでいいから、欲しくて……」
彼の言っていることは正しい。凛も分かっている。それ以上言葉を続けられなかった凛は、言葉を詰まらせた。だがそんな中で竜胆とレイジは、ちらりと視線を交わしていた。そこにはある種の確信があった。
──
彼の言う
そしてその
「……私たちとしても、悠李が死んでしまったとは思っていない。現在も彼女の行方を調査している。だが有益な情報が得られないことで、弟である凛君にこんな無茶をさせてしまったことは、本当に申し訳なく思う」
「そんな。これは俺が勝手にしたことですから」
竜胆が真摯な口調でそう言うと、レイジに目配せをした。レイジはこくりと頷き、視線を落としている凛の肩を指先で叩く。
「ひとまずはここで休んでいきなさい。レイジに宿泊用の客室まで案内させる」
「ありがとうございます……あの、父さんと母さんには……」
「こちらから連絡しておく。このまま連絡をしない訳にもいかないだろう」
ゆっくりと立ち上がりながら訪ねた凛に、竜胆はきっぱりと答えた。「両親には黙っていてください」などと言えるはずもなく、凛は「分かりました」とだけ言って頷くと、客室までの案内を任されたレイジの後を追い、支部長室から出て行った。退室の際、凛は竜胆に向き直ると頭を下げる。竜胆は小さく右手を上げてそれに応えると、ドアが閉められて一人になった室内で天井を見上げた。
「しかし……彼をこのままにしておくことはできんな……」
どうしたものか、と呟き思案を巡らせる竜胆の中にある考えが浮かんでいた。
◇
「気にせずに自由に使ってくれ。冷蔵庫の飲み物も飲んで良い。シャワー室はあそこにあるし、着替えはクローゼットの中に用意されている。朝になったら食事を持ってくるようにと、職員に伝えておこう」
レイジに案内された客室は、いわゆるお偉いさん方が宿泊する部屋なのだろう。凛が一人で使うには広すぎるぐらいで、まるでホテルのスイートルームのような内装だ。思わず入り口で立ち尽くす凛の背中をレイジの掌がぽん、と軽く叩いた。
「本来ならば、こういった形でこの部屋も使用できればいいんだがな。実際はそれとはほど遠い、金や権力や立場のことしか考えていない人間しか使わない。それに対応するのも、俺たちの仕事だからな」
「──今のは、聞かなかったことにした方が良いですか?」
「ん? ああ、いや。構わないさ。悠李から少なからず聞いているだろうからな」
とレイジは肩をすくめると案内を終えたので、部屋から出て行こうとした。そのレイジに凛は「色々とありがとうございます」と口にする。純粋なお礼だ。
レイジはそれを聞き、背中を凛に向けたままこう口を開いた。
「支部長も言っていたが、悠李が死んでしまったとは俺も思わない。俺に出来ることなら、最大限協力しよう」
レイジはそれだけ言うとドアを閉め、凛を案内した客室から出ていく。残された凛はとりあえずシャワーを浴びようかと、白いパーカーを脱いだ。そのパーカーには
凛は元々ナイトウォッチと接触するつもりだった。しかし正面からではいくら悠李の弟だとは言え、簡単にはいかないのは目に見えている。かなり強引な方法ではあったが確実に、かつスピーディに進めるにはこれが一番だと思った。あわよくば、悠李が見つかればとも思ったが、それはいくら何でも都合が良すぎたようだ。
想定していたよりも悠李の情報を聞き出せなかった上、両親に連絡を取られれば明日にでも迎えが来るだろう。
(……やっぱり、ナイトウォッチに任せるのが一番なのかな)
竜胆にも言ったが、凛は自分の能力ならばもしかしたら、と淡い希望を持っていた。
だが凛自身は気づいていない。
ナイトウォッチ ~行方不明の姉を探さなきゃいけない上に、どうも世界も大変なことになりそうだ~ 森ノ中梟 @8823fukurou
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