第13話 おしまい

 目が覚める。

 わたしはいつから眠っていたのだろう。

 起き上がろうとして、全身の痛みに顔をしかめた。

「気がついたかい?」

 声をかけられてようやく、ここが家ではないと気が付いた。

 のろのろと声の方向に目線をやると、心配そうな顔で先生が覗き込んでいる。

「急に起きないほうがいい。全身を痛めているからね」

「……どうして、新田先生が?」

 白い部屋、簡素な室内。病院だ。

「僕は君に何かあった時の緊急連絡先になっているのさ。君の体質を知り尽くしている、と言うと過言だけれど」

 そこまで言うと先生は一度言葉を止める。

 長い付き合いだ、わたしの質問を待っているのだろうと容易に想像がついた。

「何があったのですか?」

「まずは表向きの話をしようか。あの日、学校休止中だったのにも関わらず何故か一年生の一組が示し合わせたかのように登校。そして、凄惨な事故に遭遇。生き残りは君ひとり……というわけさ」

「色々と疑問は残りますが……表向き、ということはそうじゃない話も聞けるわけですね」

 ニコ、という擬音がよく似合う笑顔で、先生は続けた。

「現場の第一発見者は警備員さんだ。いつも通り見回りをしていたら、現場を発見。君以外にまともな人型を保っているものはいなかった。人間業では不可能だという事で、警察は早々に捜査を切り上げたよ」

 頭に浮かんだのは、笑顔で地獄を創り出したあゆみちゃん。そして、最期の時になってその笑顔を崩したあの子。

 どうして、ああなってしまったのか。あの子は、どうなってしまったのだろうか。

 自然と俯きがちになるわたしの様子を見て気を遣わせてしまったのか、先生は優しい声をかけてくる。

「一度寝るといい。気が付いたばかりだからね、担当の医師を呼んでくるよ」

 扉が完全に閉まり切り、わたしだけが存在する部屋の窓を強く雨が叩きつける。

 大切な人がいなくなるのは二度目。けれど、今回あの子がいなくなった原因は。

 目の前が涙で歪み、嗚咽が止まらなくなった。


 翌日。

 豪華なことに部屋は個室。そのうえテレビがついていて、物珍しさを感じながら画面をじっと見ていた。

 スイッチを押すと画面が切り替わる。けれどどの数字を押しても、画面に映っているのはわたしの学校だ。

 画面の中の人はみな、しきりに「事故」「事件」「未成年者死亡事件とのかかわり」などと語っている。

 体育館も映ってはいたけれど、中はブルーシートが敷き詰められていて床がほぼ見えない状態だった。

 ふと、画面の端に気になるものが映る。

 天井に照明があった。

 いや、天井に照明があるのは普通のことなのだ。そこが、私の『体質』で照明を落とした場所でなければ、だ。

 急いで数字を押しまくり別の画面を見る。どの画面を見ても、あの照明は落ちた様子もなくそこについていた。

 心臓に強い衝撃を感じる。

 息が早くなり苦しい。

 けれど、今はそんなことより。

 あゆみちゃんは死んでいないのでは?

 わたしがみたのはそれこそ何か、そう、事故だったんだ。

 人間業では不可能? そうだ、あゆみちゃんにできるわけがない。

 だって、あゆみちゃんは普通の女の子だ。

 わたしのような体質もない、正真正銘の普通の子だ。

 できるはずがない。そもそも、みんなを殺す理由だってない!

 先生に、連絡しないと。

 先生なら、あゆみちゃんがどうしているかを調べてくれる。

 もしかしたら、何か知っているかもしれない。

 部屋に来た看護師さんに声をかけ、先生に連絡をしてくれと必死で頼み込んだ。


「なるほど、そんなことがあったのか」

 あの日にみたこと、テレビの光景のおかしさ、あらゆるものを話し尽くした。

「はい。わたしのような体質もないのに、あゆみちゃんにあんなことができるはずもありません」

 お願い、そうだと言って。

 わたしの思い違いだって、何かの間違いだって。

 何度か頷いた後、先生は静かに話し出した。

「そのことだけれどね。君にはもうないのさ、不幸をまき散らす体質がね。すべて篠崎さんが持って行ってくれた」

「体質が、なくなった? いえ、持って行ったって。どういう、意味ですか」

 いきなりの話に、頭が混乱する。

 けれど、先生は話を続けていく。

「君の中に遭った『淀み』は、篠崎あゆみさんが、少しずつ引き受けていた。最近身の回りで事故が減ったとは思わなかったかい?」

「『淀み』って、昔先生が言っていた……ええと」

「廻るもの。はじまりもなければおしまいもない。ヒトがヒトとして生きている限り、増えることはあれど決して消えることはない、ヒトビトの罪。」

「それがどうして、あゆみちゃんに? 引き受けていたって、どうして」

「理由は、君ならいずれ理解する。これだけは覚えておいて」

 一拍間をおいて、普段見せない真剣な表情で先生は言う。

「これからも篠崎あゆみだったものは、富永由香のそばを離れない。彼女は、君を絶対にひとりにさせない」


 病室から立ち去る先生を見送る。

 窓の外は、相変わらずの雨。

 ————ふと、外に見慣れた姿を見かける。

 急いで窓際に駆け寄るも、どこにもその姿はなかった。









 ながく降っていた雨はようやくやんだ。

 雲の間から光が差し込み、退院する由香を照らす。

 由香はまぶしさに目を細め、歩き出した。








 そばには、彼女がいた。

 傘をさしているにもかかわらず、血でずぶ濡れになった彼女は。

 ずっとずっと、由香を見つめていた。

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【完結】九屯市怪忌譚:ずぶぬれさんのうわさ 嘉津山千尋 @niboshi3_5

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