第12話 富永由香の場合<4>



 朝起きたら、郵便受けに学校から通学再開の通知書が届いていた。

 内容は簡素なもので、当日は全校集会を開催するため教室ではなく体育館へ直接集まるようにと。

 休んでいた間のほとんどをあゆみちゃんと過ごしていたものだから、それがなくなると思うとほんの少しだけさみしい。

 けれど、学校生活はまだまだこれからだ。放課後に宿題を一緒にするのもいいだろうし、長期の休みと言えば夏休みもある。

 今までただただ何もなく過ごしていた日々は、あゆみちゃんのおかげでもうすっかり変化した。

 それからのわたしはすっかり浮かれ気分で、前日の夜には明日一緒に登校しよう、と自分から誘いのメールを送るくらいだった。

 その日は夜遅かったからか返事はなかったが、寝てしまったのだろうと結論付けた。


 当日、体育館。

 全校集会と書いていたけれど、集まっているのは十数名だ。

 それに、どういうわけかクラスメイトしか集まっていない。

 あの後あゆみちゃんからの返信はなく、少し寂しくなりながら一人で登校し、輪の中にも入らないで体育館の端っこに立っていた。

 最初こそ、「久しぶり、元気だった?」など話していたクラスメイト達だが、時間が経つにつれ雰囲気が変わってくる。

 もうすぐ朝礼の時間だというのに、なぜか体育館にいるのはクラスメイトだけ。

 流石におかしいと思ったのか、クラスの委員長が先生を呼んでくる、と外に出ようとしたとき。


 突然に体育館の照明がすべて消え、内部は暗闇に包まれる。

 同時に、まるで扉が意志を持っているかの如く次々と閉まっていく。

「え、ちょっとなに?」

「やだやだ、なんで? 開かないんだけど」

 ガタガタという扉を揺らす音。わたしは端っこにいたからか、窓からわずかに入ってくる光でほんの少し視界を確保することができる。けれどみんなは違う。

 誰もが動揺し、扉の近くにいた女子は真っ先に扉を開けようと飛びついたけれど、扉は揺れるばかりで決して開くことはない。

「みんな、落ち着け! 一か所に固まるんだ」

 委員長の男子の発言は焦りが隠せておらず、そんな言葉でみんなが落ち着けるはずもなく。

 もちろんわたしも少なからず動揺していて————とはいってもわたしの場合はなにもしていないしなにもされていないのに、こんな事態が起こったことにではあるが————きょろきょろとあたりを忙しなく見ていた。


 一瞬。光が見えた。

 けれどそれは皆にとって希望の光ではない。

 ごとり、重たい音がする。遅れて、もっと重いものが崩れる音。

 ある女子の足元に転がったそれの表情はここからはわからない。

 その子のつんざくような悲鳴が上がる。が、すぐにそれは掻き消える。

 口だけではない、顔がなくなったのだ。悲鳴を上げ続けられるわけもない。

 風船が針で割られたように、一瞬。身体はまだ生きているのだろうか、ぴくぴくと痙攣している。

 ふたつの命を簡単に、無慈悲に奪って、それでも光は止まらない。

 その次はそう、例えるのならばスイカ割り。可愛らしい傘が振り上げられる。

 ひとつ、砕いてちりばめさせた。

 ふたつ、押し込みめりこませた。

 みっつ、よっつ、逃げようとするやつにはケンケンパ。

 踏み付け、潰して、踊るように。人の身体でステップを踏む。

 わたしは光から目が離せない。

 どんどん血に濡れていく、いつも通りの笑顔を浮かべた、大好きなあの子から目を離せない!


 気が付けばわたしは座り込んでいた。

 体育館に転がっている、見慣れた表情で固まった顔たち。

 驚きと、恐怖。

『事故』が起きたときに誰もが浮かべる、嫌になるほど見慣れた顔。

 まともに動いている人などいないのに、光の舞踏は止まらない。

 丁寧に、ひとりひとり、確かめるようにゆっくりと。

 しばらくして。満足したのか、動きが止まる。

 どこか遠くを見つめるような、心ここにあらずといったように、ぼうと突っ立っている。

 恐る恐る立ち上がり、名前を呼んだ。


「あゆみちゃん」


 こちらに気が付いたのか、あゆみちゃんはいつも通り駆け寄ってくる。

 ああ、きっと何か悪いことが起きていたのだ。

 駆け寄ろうとして、瞬間、衝撃を感じた。

 頭が揺れている。骨が悲鳴を上げている。


 どうして?


 可愛らしい傘はもう見る影もない。

 どろりと、元が何だったかわからないナニカで汚れている。


 どうして?


 傘が振り上げられる。

 ナニカが零れ落ちる。


 どうして?



 あぁ、でも。


 楽しかった。今まで、楽しかった。

 短い時間にたくさんのものをくれた。


 名前を呼んでくれた。一緒にいてくれた。笑顔を向けてくれた。


「あゆみちゃん」


 消え入るような声だった。

 思い出す日々はどれも幸せで、思わず笑顔があふれてしまう。

 最期に残す顔は、これがいい。






「ゆかちゃん?」


 いつもの声。

 でも、あゆみちゃんの顔からは笑顔が消えていて。

 何を言おうとしているのか、口が動いて。

 よろよろと後ずさりをし、傘から手を離した彼女は。



 天井から落ちてきた照明につぶされた。

 普通ならあり得ない、『事故』のように————

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