第11話 隣の席の和泉くんの場合<2>
電話が鳴ったのは、母さんが慌ただしく家を出て行って少しした頃だった。
ソファから動こうともしない父さんを横目にみながら、仕方なしに受話器を取る。
「もしもし……はい、そうです。え? わかりました、伺います」
手短に告げられた用件に返事をし、受話器を置いた。
「父さん」
呼びかけても、父さんは相変わらずソファで珈琲を飲みながら新聞から目を離さず返答もない。
「父さん」
わざとらしく響いた新聞をめくる音。父さんはいつも苛立っているとき、こうして態度で伝えてくる。けれど、どんなに無視をされてもこの事実は伝えなければいけない。
「姉さん、死んだって」
「最期まで迷惑な奴だ」
警察署から出た父さんは、吐き捨てるようにそう言い残し、ひとり家へと帰っていく。
前々から思ってはいたけれど、仮にも家族に対する反応がそれでいいのかと疑問が浮かぶ。
姉さんの遺体は、それはもうひどいものだった。清められてはいるのだろうが、損壊がひどく原型をとどめていない。
どうして、と思ってしまう。
いったい姉さんに何があったのか。入院していた病院から特に連絡もなかったものだから、あまりにも唐突過ぎて考えがまとまらない。
そんな中最初にたどり着いた答えが、富永さんだった。
二年前、姉さんが無理矢理取り巻きをひきつれて行った放火事件。
警察も動かず、祖母と、彼女に優しく接していた小学校の先生を亡くした富永さんなら動機は十分にある。
それになんたって、『あの』富永さんだ。
人にできないことだって、普通ならあり得ないことだって、富永さんの体質ならできるし、あり得てしまう。
少し、探ってみよう。直接だと角が立つかもしれないから、まずは篠崎さんに声をかけて。
仇討ちとは違うかもしれないけれど、真実が知りたいだけなのだ、なんて言い聞かせながらも、自分の心の中に少し黒いモノが沸き上がることを感じていた。
篠崎さんと富永さん、二人に会う約束を取り付けた後俺は、新聞やネットのニュースから姉の事件に近しい事故や事件を片端から漁っていった。
そこでわかったこと。最近起こっていた、未成年死亡事件。
被害者はすべて、うちの学校の生徒の可能性が高いこと。
あくまで可能性が高い、という中にとどまっているのは、被害者が身元を特定できるような何かしらを一切持っていなかったからだ。
学生証はもちろん、プリクラなどの顔がわかるもの。カバンや果てには衣類など、徹底的に被害者の情報が遮断されていた。
おそらくこういったことが続いたから、警察が事件の線を濃厚としたのだろう。
クラスの行方不明者も、身元が分かっていないだけで被害者となっている可能性を捨てきれない。
だけれど、ここまで考えたすべては可能性の範囲を出ない。
明日、富永さんに会ったら、すべてをはっきりさせよう。
「和泉くんから誘ってくるなんて珍しいね。なにかあった?」
メロンクリームソーダのアイスを突っつきながら、篠崎さんが不思議そうに首をかしげる。
富永さんと俺が頼んだロイヤルミルクティーが運ばれてきた辺りで、慎重に話を切り出した。
「最近物騒だけど、どうしていたのかなって思って。俺は最近読んでいなかったから、本ばかり読んでいたのだけれど、飽きちゃって」
少しだけウソをまじえて、いつも通りに笑う。
「そうだったんだ! 私たちは結構一緒に遊んだり勉強したりしてるよ」
「わたしの家は制限がないから。この前はお泊りもしたのよ」
「由香ちゃんのご飯本当美味しかった! 肉じゃがとかー、豆腐ハンバーグでしょ、切り干し大根煮に揚げ出し豆腐、朝はいつも違う材料の味噌汁に、だし巻き卵……」
両手で数え始めた篠崎さんに、赤面し俯いた富永さんは彼女の服の裾を何度か引っ張る。
「結構いろいろな料理出てきたけれど、その様子だともしかしてほぼ毎日一緒にいるの?」
「そうだよー、流石に毎日は一緒にいれないけど、そういう時はメールでやり取りしてるの! いいだろいいだろ? うらやましかろう? 青春だぜ」
ドヤ顔で前のような口調で話してくる篠崎さんに、苦笑で返す。
こういった感じで平静を装いつつも、内心で疑問を抱く。
富永さんには、篠崎さんというアリバイがある。
篠崎さんは富永さんに大分ぞっこんなようだから、危険な目に遭わせたりもしないだろうことを考えると、富永さんは————少なくとも自分からは————何もしていないことになる。
では、いったいどうしてこんな事件が起きているのか。
はっきりとした答えが出ないまま、その日は解散となった。
富永さんを家に送った後、篠崎さんを家まで送るため二人で歩いていた。
「それで、結局のところどうしたの? 和泉くんなら、本当に暇だったらそう言ってくると思うんだけど」
日が暮れてきて、帰宅ラッシュで段々と人通りが多くなる。
富永さんが絡まなければ普通に冷静な子なのだけどな、なんて思う。
「実は、姉さんが亡くなったって、連絡が来て」
「お姉さんが?」
「うん。かなりひどい状態だった。そりゃあ自己中だし、わがままだし。良いところなんてないような姉さんだったけれど、でも、身内だった」
行き来する人混みから篠崎さんをかばうように立ちまわりながら、ぽつりとこぼす。
最後の方は小さい声になってしまって、この雑多な音の中で届いたかはわからないけれど。
「確かに、姉さんは許されないことをした。その対象がたとえどれほど疎まれていても、絶対にやってはいけないことだ。命を奪っただけではなく、居場所まで無くした」
点滅し始めた信号に、足を止める。
「でも、篠崎さんは居場所をまた作ってくれた。……本当に、ありがとう」
聞こえるかどうかギリギリの声で、つぶやく。
しかしその声は彼女に届いていたようだ。
「私こそ、ありがとう」
姉さんのことを思い出すと、少し涙が出てくる。
悲しさが声に現れてしまったのか、心配したようにそっと篠崎さんの手が背中に触れる。
「学校で仲良くしてくれて。由香ちゃんと出会わせてくれて」
ゆっくりと、優しい声が後ろから聞こえてくる。
「本当に、感謝しているんだよ」
人のものとは思えない強すぎる力が背中に走り、足が浮く。
そのまま身体は、前に立っていた人混みを押しのけて水平に飛んでいく。
踏みとどまれないままに、あっという間に車道に押し出され、
「あ」
誰かのあっけにとられた声が、さいごに聞こえて。
俺は白い光に押し潰された
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