前世ルーレットの罠

大隅 スミヲ

第1話

 みなさん、お久しぶりです。長い間、留守にしてしまって、すいませんでした。ちょっと色々あって、この場を離れていたんです。でも、もう大丈夫です。戻って来れました。心配かけちゃって、ごめんなさい。これからも頑張っていきますので、応援してくださいね。


 そのメッセージを投稿した三時間後、彼女は自ら命を絶った。

 享年17歳。人気アイドルグループ『マタドール・マタドール』のリーダーだった。


 彼女の死は、多くの人々を悲しませると同時に、SNSでの誹謗中傷などに晒されることとなった。死人に口なし。本人が反論できないことをいいことに、彼女のSNSアカウントに対して罵詈雑言を書き込む輩が大量発生したのだ。

 そして、それは社会問題にまで発展することとなった。

 しかし、それは彼女にとって関係の無いことだった。すでに彼女はこの世にはいないのだ。


 真っ暗なトンネルのような場所だった。

 先の方にわずかに明かりが見えているが、それがどのくらい先にあるのかはわからなかった。

 音は聞こえなかった。歩いているはずなのに、歩いているような感覚もない。

 どうして、自分はこんなところにいるのか。それも彼女にはわからなかった。


「ねえ、前世ルーレットって知ってる?」

 突然、誰かに話しかけられた。

 声のした方を向くと、そこにはおかっぱの少女が立っていた。


「ねえ、前世ルーレットって知ってる?」

 また同じことを言われた。

 わたしはわからなかったので、首を横に振る。


「その話を持ち掛けられたら、絶対に乗っちゃダメだよ。あれはどれを選んでも地獄に行くようになっている罠だから」

 少女はそれだけ言うと、どこかへ走って行ってしまった。

 一体、どういうことなのだろうか。少女の言ったことがわたしには理解できなかった。


 しばらく歩くと、大きな門が姿を現した。赤く塗られた門で、門扉は鉄製の大きなものだった。

 わたしが門を見上げていると、少し上の方から声がした。


「さっさと門を通れ」

 その声のした方へ顔を向けると、そこには馬の顔をした上半身裸で筋肉ムキムキの男の人が立っていた。

 わたしはこの人のことを知っていた。牛頭馬頭ごずめずと呼ばれる羅刹らせつだ。子どもの頃に買ってもらった妖怪辞典に載っていた。


 と、いうことは、ここは地獄か。わたしは地獄に落ちたのか。

 そんなことを思いながら、門を潜り抜けた。

 この先に待っているのは、閻魔大王の冥府裁判所だろう。

 ほら、魂たちが行列を作って並んでいる。きっとわたしの姿もいまは魂になっているに違いない。


「次」

 そう呼ばれて、わたしは閻魔大王の前に立った。

 閻魔大王の脇には、補佐の司命と司録がいて、それよりも一段下のところに烏帽子に黒の束帯といった姿の男の人もいる。あれはきっと小野篁公だ。


「お前は自殺をしたそうだな。六道のうち、どこへ行くかルーレットで決めようか。前世のうちに来世のことを決めるルーレットだ」

 閻魔大王が黄色く濁った目でこちらをじっと見つめながら言う。


「いいえ、お断りします。そのルーレットをやっても、どうせ地獄へ行くんでしょう?」

 わたしはきっぱりと閻魔大王に言ってやった。

 すると、閻魔大王は驚いた顔をして、顔の半分を覆い隠すような髭を撫でた。


「また余計な入れ知恵をした者がおるようですな」

 小野篁が笑いながらいう。


「では六道のうち、好きなところを選べ」

「いいんですか?」

 わたしは驚いて聞き返した。


「ルーレットをやらないのであれば、好きなところに行くが良い」

「じゃあ、地獄にします」

 わたしがそういうと、閻魔大王は大声をあげて笑って見せた。


「面白い奴だ。自分から地獄を選ぶとは」

「いいの。わたしは地獄で苦しむのがお似合いだから」


 そう言って、わたしは地獄へと続く扉を開けた。


 扉を開けると、人々が苦しむ声が耳に飛び込んできたが、わたしは気にしなかった。

 自分で選んだ道なのだ。これでいい、と。




《おわり》

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前世ルーレットの罠 大隅 スミヲ @smee

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