第2話 もうひとつのフクロウ祭り

 僕は――いや、俺は夢中になってトリを追いかける。その先にあの子がいると信じて。どれだけ走っただろう。不思議なのは、ぬいぐるみのようなまるまると太った可愛らしいフクロウが飛んでいるのに、誰も全くそれに気付いていないと言う事だ。可愛いものに敏感な女子高生のグループですら無反応。

 その謎が解けないまま、俺はトリの行く手に懐かしい人影を確認する。


「4年ぶり。こう


 俺の名前を呼ぶ彼女の胸にトリが収まる。その顔を見た途端に記憶が蘇った。


「元気そうで何よりだよ。りら」

「神社、なくなったんだ」

「うん。ほら、道を新しくするのにね。神社自体はまだあるんだけど……」

「でも、お祭りは終わってしまった」


 りらのいた場所は移築する前の神社があった場所に近い空き地。やっぱり彼女はフクロウ祭りに未練があるのだろうか。

 俺は何だか申し訳ない気持ちになって、思わず頭を下げる。


「ごめん! なんかごめん」

「別に紘汰のせいじゃないじゃない。頭を上げてよ」

「そ、そうだけど……」


 りらに諭されて俺は頭を上げる。ただ、神社が移ったのは3年前だ。彼女はお祭りをもうやらない事も知っていた。

 なのに何故? 俺に頭の中ではてなマークがぐるぐると回転する。


「でも今日はどうして? もうフクロウ祭りは……」

「うん、だから今度は私が招待しようと思って」


 りらはそう言うと俺の手を握ってきた。この突然の行為に、俺は頭の中が真っ白になる。


「目を閉じて」

「えっ?」


 その言葉に淡い期待を覚えた俺は、素直にぎゅっとまぶたを閉じた。次の瞬間、俺の体は不思議な感覚を覚える。意識の中に溶け込むような、肉体が液体になるような――。

 その不思議な感覚が落ち着いた頃、彼女の声が耳に届く。


「もう開けていいよ」

「……えっ?」


 その言葉にまぶたを上げた俺の目に映ったのは知らない景色。さっきまで地元の見慣れた景色だったのに。アスファルトの道路もコンクリートのビルも忽然と姿を消していて、あるのは一面の自然の景色。それは、まるで昔話に出てくる緑豊かな田舎の風景みたいで――。

 そんなのどかな雰囲気の中、俺達2人だけがそこに立っていた。

 

「ようこそ、私の村へ」

「ここは?」

「私の地元」


 りらは、俺の疑問に答えにならないような答えを返す。いやどう考えても別世界だろと思いつつ、これは深く詮索しない方が良さそうだと判断した俺はぐっと言葉を飲み込んだ。

 そんな俺の葛藤をよそに、目の前の彼女は手を後ろに組んで可愛らしい笑顔を見せる。


「紘汰の街でフクロウ祭りが閉じたから、こっちのお祭りを見せたくて」

「えっと……。あり……がとう?」

「さ、行こっ」


 俺は差し出されたりらの手を握り、村の神社へと向かう。その村はすぐ近くにあって、この風景に馴染むような懐かしい景色が続いていた。時代劇で見るような昔の日本家屋が建ち並び、まさに日本の原風景のようだ。俺はタイムスリップでもしたのだろうか。村の住人達もみんな和服を着ている。洋服の俺の場違い感ったらない。

 彼女は多分この村の神社に向かっているのだろう。足を進めていると、自分の記憶の中にある懐かしい風景が段々近付いてきた。


「すごい、まるで一緒だ」

「屋台は流石に同じじゃないけどね」


 辿り着いた神社とお祭りの光景は、まさに自分の記憶の中にある昔のフクロウ祭りそのものだった。違いと言えば、屋台の内容と、お祭りに集まっている人々の服装くらい。

 そんな懐かしい気持ちも手伝って、俺はりらと共にこのお祭りを楽しんだ。ここでは俺の方がお客さん扱いだ。見慣れない屋台に、初めて見る遊び。この新鮮な感覚に、いつしか俺は夢中になっていった。


 ある程度巡ったところで、俺はある違和感に気がついた。いつの間にかトリがいなくなっていたのだ。さっきまでずうっと彼女の肩に止まっていたのに。


「あれ? トリは?」

「あそこ」


 りらが神社の中央に建てられた大きなやぐらに向かって指を差す。その指の先に目をやると、櫓の上に作られた祭壇でトリがふんぞり返っていた。


「あは、神様みたいだ」

「その通りだよ」

「え?」


 彼女いわく、このお祭りはそもそもフクロウの神様をまつるお祭りなのだとか。ああ、だからフクロウ祭りって言うのかと、俺は1人で納得する。


「4年に一度、フクロウの神様が遊びに来るの。トリはその時に神様が宿る依代なんだ」

「へぇ、そんないわれがねぇ……」

「紘汰の地域は鏡写しで同じ祭りを行っていたの。その縁が切れたのは悲しい」

「えっと……」


 りらの突然の意味深発言に俺は困惑する。何て返事を返すのが適切なのか判断に苦しんでいると、何やらその櫓の前で儀式が始まったようだ。

 雅楽のような楽団が演奏を始め、巫女姿の女の人達が踊る。その神秘的な光景に目を奪われていると、トリが少し偉そうな表情を浮かべ、見上げる人々を見下ろした。


「皆の者、今日は大いに楽しもうホ!」

「トリがシャベッタァァァ!」


 俺はこの不可思議現象に腰を抜かさんばかりに驚いた。もしかしたら目玉も飛び出していたかも知れない。フクロウの神様が宿るってこう言う事だったのか……。

 俺は改めてこの祭りの奥深さに言葉を失った。もしかしたら、俺の街のフクロウ祭りも昔はこう言う事を行っていたのかも知れない。


「ここからがお祭りの本番よ。最高のお祭りを楽しみましょ」

「え? あ、うん」


 予想外の出来事が起こって圧倒されている俺に、りらが微笑みかける。フクロウ神のために催された宴は、櫓の前での一大エンターティメントショウに変わった。

 マジックショーみたいなのから、歌や踊り、劇にコント、とにかく色んな出し物が次々に披露され、会場は大いに盛り上がる。櫓の上のトリも大いに楽しんでいるみたいだ。


 りらは、昔の俺がしたように率先してこの神社や地元の風景を案内する。その初めて見るのに懐かしい風景は、俺の心に不思議な安らぎを与えていた。

 俺達は神社の石段を上がり、村を一望出来る高い場所から同じ景色を堪能する。


「何だか、この景色を見ていると不思議と安心するよ」

「紘汰が気に入ってくれて良かった」

「不思議だよ、初めて来た気がしない」


 俺が自分の気持ちを素直に吐き出すと、彼女がじいっと覗き込んできた。


「そうだね。そうでないと私達は知り合えなかった」

「えっ?」


 その言葉の意味を説明してくれなかったので、様々な解釈が俺の頭の中で浮かんでは消えていく。そうこうしている内にお祭りの盛り上がりはピークに達して、呆気なく終わりを告げた。

 宴を楽しんでいた人達も帰っていき、トリも普通に戻ってくる。俺は、お神酒を飲まされて顔を赤らめているこの謎生物を労った。


「はは、お役目お疲れさん」

「毎回毎回、疲れるホ……」

「あれ? まだ神様が宿ってる?」

「ボクはいつだって喋れるんだホ!」


 どうやら、何気ない一言が地雷だったらしい。不機嫌になったトリはぷいと顔を背けてしまう。りらの説明によると、トリは普段から喋れるものの、いつもは出来るだけ無口に徹しているのだとか。


「いつもお喋りだと有り難みも薄れるんだホ!」

「はは、確かに」


 この会話を最後に、またトリは無口になった。そう言えば、何故そんなトリと彼女は仲良しなんだろう? 聞きたかったけど、自分の中でそれを止める意志が働いて口には出せなかった。いつか時期が来たら聞けるのかも知れない。


 お祭りが終わったと言う事は、別れの時が来たと言う事でもある。と言う訳で、俺達はまたあの転移した場所まで移動した。


「じゃあ、また4年後に」

「どうして? もっと会おうよ」


 別れの淋しさから、俺はりらの手を強く握る。彼女はそれを優しく振りほどいた。


「ごめん、ダメなの。この日にだけ繋がれるから」

「そんな……」

「さあ、目を閉じて」


 俺はその言葉に逆らおうとする。まぶたを閉じたら今日の出来事全てが夢のように消えていく気がして、徹夜に挑む小学生のような馬鹿らしい反抗心を燃やす。

 けれど、いつの間にか俺はまぶたを閉じていた。


「あ、あれ?」


 次に視界が戻った時、見慣れた空き地にいたのは俺1人。ここまで導いた彼女はどこにもいなかった。日は西に傾き、夕日が俺の頬を染める。

 そこで改めて今日一日の出来事を思い出そうとするものの、記憶がぼやけていてはっきりとは思い出せない。そう、大事な彼女の名前すら――。


 思い出せるのは、トリと、フクロウ祭りがどう言うお祭りかと言う事くらい。このまま祭りの記憶が薄れれば、彼女の存在すら忘れてしまいそうな気がした。

 それが怖くなった俺は、大人になったらフクロウ祭りを復活させようと強く誓う。それが叶えば、きっと彼女はまた俺の前に笑顔で現れてくれるはずだと。


 俺はその決意を胸に空き地を後にした。4年後は無理でも、次の4年後か、そのまた次の4年後か――。そうして、今度はこちらから最高のお祭りを案内するんだ。



(おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フクロウ祭りの思い出 にゃべ♪ @nyabech2016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ