第42話「ディセント・ブラック」
——鏡の中に、映る
それがどことなくなんとなくそれとなく、私自身を凝視する。まるで私を糾弾するかのように、何かを懇願するかのように、こんな忘却もう散々だと、確かに彼女はそう言った。
——言ったというのはあるいは過言で、正確に言えばそう言っているのだと分かったと表現するべきで。
ただただ私自身に他ならない、鏡の中の私の思いが——自分自身であるがゆえに理解できただけのことである。
もう
白昼夢を司るアビス・センチネルは倒されたのだと、否が応にも理解できる。
それが何を意味しているのか、私自身は未だわからず、しかし——鏡の中の私はそれを知り得る。
いや、知っている。
鏡像の私は、別に偽物などではない。
あれは私の半身。
この世界が形成された時に分割された私の記憶。
徐々に、少しずつ、微細に、にじり寄るかのごとく、鏡から記憶が流入してくる。
——沖田シゲミツに、会わないといけない。
この世界を改変したのは、沖田シゲミツ。それだけは確実。
ムガを倒したことで、再び【深淵の願望器】が運営管理者を選定し——その結果選び出されたのが沖田シゲミツだった。
それが結果的にこの世界を生み出した。
私が——運営者ムガを倒したことで実質的な優勝者に最も近づいていたこの私が——
シゲミツになら、世界を委ねても良いと——そう思ったから。
【深淵の願望器】は、彼を選んだのだ。
何も願いを持たぬがゆえに、
諸人を導く空洞がゆえに、
彼を通して、私の感情というある種のノイズを取り除いて、
私の理想の世界が、作り出されたのだ。
札伐闘技をする必要のない、誰も欠けていない、そんな私の望んだ世界に、世界が塗り変わったのだ。
私の尺度を取り除いたことで——沖田シゲミツの、フラットな尺度で再構築したことで——何の差別も区別も除外もなく、平和な世界が生み出された。
——生み出された、はずだったのに。
「嫌ね私。あなたは一つ、取りこぼしていたのよ」
鏡の中の私が囁く。
私ゆえに、私に明確に突き刺さる、私にとっての正論で、鏡面の私が私に囁く。
「簡単な話でしょう?
——ねぇ。一度だって真剣に考えたことある?
あいつの——神崎カナタの願いのことを」
聞きたくないことだった。ちゃんと向き合えば、ちゃんと考えればもう気づいていたことだっただろう。だっただろうに、あろうことか私はそれを放棄していた。
怠惰に、惰弱に、逡巡と躊躇とに苛まれ、彼の優しさだけを見て——ついぞ彼がどういう思いで私を助けたのか、私と触れ合ったのか、私のことをどう思っていたのか——そういったところから目を逸らし続けていた。
そして。彼に、私の力——その一端は掠め取られた。
別にタキオンカードが使えなくなったわけではない。私のデッキは何も影響を受けていない。強いて言えば彼から借り受けたカードである『リミテッド・アビス・フォール』が完全に私のカードとして定着して『深淵浸蝕/Rising Evolution』へと変化したというもので、これはそもそも掠め取られるより前のことである。
とどのつまり、彼は私に宿った『深淵』と『進化』の二重属性——それを私と共有することを提案したのだ。
“仮に世界が平和となったのだとしても、一人ぐらい自由に動ける戦士がいても良いだろう。
俺がカザネの力——その一部を行使できるようになれば、万が一の備えも増える。
外部からの介入が仮にあっても、宇宙規模のタキオンカードを使えるならば、対処はできるんじゃないか?”
沖田シゲミツは完全平和を指定していたが、カナタは地球外からの介入も視野に入れてそのようなことを言った。
なるほど可能性としてはゼロではない。あったらあったで良いのだろう。
私はカナタを信じていたので、その案に賛成した。カナタもカナタで、私がそう言うと信じていたのだろう。
結局のところ。カナタの願いを私は見ようとしなかった。いや、見たくなかった。どことなく察しはついていたものの、そうではないと信じたかった。
だから責任は私にある。私の望んだ世界を、カナタが内側から荒らしていたとしても、それを看過したのは私なのだ。
私がカナタを見逃していたのだ。
そう、彼は——神崎カナタは。
私ではなく、私と戦うことをこそ、欲していたのだ。
「思い出したわね。そして、やっとあいつのことをちゃんと見たわね。向き合う気になったわね」
——私がこれを思い出したということは、白咲アリカが敗北したということ。
この世界の形式上、彼女はその内戻ってくる。けれど——
「——きっとその前に、カナタがこの世界を破壊するわよ。私ならわかっているでしょうけど。
もうたぶんシゲミツ先生のところに向かっているわよ、あいつ」
私の記憶を無事復元させることに成功した以上、彼がこれ以上大人しくする道理などない。
わかっている、わかっているのだ。
彼が本気の私と戦うことを目的としている以上、いずれこうなるのだと、私だって本当はわかっていたのだ。
なのに——ああ、なのに。
「だから甘いって言ってるのよ私。慰めてもらったからって何? 遠慮する必要なんて本当はなかったのよ。時がくればいつかは戦う、それで済ませるのが札伐闘技では最適解だったのよ。
こんな私にとっての理想郷なんてね、あいつにとっては
あいつのバレバレな願いなんて、私がちょっと考えたらすぐわかったのよ。あのバトルマニアが他人を巻き込んででも『戦いを続ける』ことを選ぶなんて、すぐ思い当たることだったのよ」
「——わかってるよ、わかってるよ、そんなこと」
内面との対話だったはずなのに、いつの間にか声が出ていて、タガが外れたかのように感情が溢れ出してきて、それが涙となって流れてきて、
「でも止められなかった! だって私、あいつのこと大好きだから! 察しがついてても……それでもダメだって言えなかった——拒絶なんてできなかった……! 依存してた! あいつなしじゃ、いやだった……もう無茶苦茶だったのよ私!」
「そ。言えたじゃない。ああ言えたってアレね。あいつにじゃなくて、私自身にね。
……自分を誤魔化し続けてもぐちゃぐちゃになるだけだから。正直これでスッキリしたんじゃない? 私自身の決心を鈍らせていたのって、結局のところ私自身の思いを、歯止めを、上手く言語化できていなかったからなんだから。
だからもう、全部思い出した上で、全部吐き出した今なら、迷うこともないでしょ」
いつしか鏡面の私はいなくなっていて、代わりに私の心のつっかえとか後悔とかが消えてなくなっていて。
ああ、じゃあもう迷うことなどないと。
とりあえず学校の屋上から裏の焼却炉跡に飛び降りた。
——もちろん死ぬことなんてなくて。
札闘士だからこんなことじゃ死ねなくて。
でもこれはそれゆえの通過儀礼になって。
役目を終えていた焼却炉はイグニッション。
私の心を再起動させて、今度こそ役目を終えた焼却炉は爆発四散。
その下には、地下へと続く螺旋階段。
「——行くのか?」
起き上がった私の背後には剣守カイリがいて、疑問形ではあるけれど、ただの覚悟の確認として私に問うてきていて。
「ごめんなさい、長々と巻き込んで」
「フン、迷惑千万はカナタの方だ。
あのバトルマニアを懲らしめてこい」
「うん。もちろんよ」
そう返して私は降りていく。螺旋階段を、降りていく——。
おそらく先にシゲミツ先生が戦っている。
正直勝敗はわからない。
でもきっと、最後は私が戦うのだろう。
保留にしていた諸々のことは、先延ばしにしていた私自身が収めないといけないのだから。
第二節『ディセント・ブラック』、了。
第三節『ホロウワールド』に続く。
現代伝奇デュエル活劇 札伐闘技フダディエイト 澄岡京樹 @TapiokanotC
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