第41話「終わるデイドリーム」

「私のターン、カードをドロー」


 デイドリーム——白咲アリカのターン、そして、この場における札伐闘技のラストターンが始まる。


「私は手札より『RLリバース・リリィ-ブランクサレナ』を召喚」


 ——瞬時に、逆さまの透明な百合がフィールドに現れる。


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RLリバース・リリィ-ブランクサレナ』

 AP0

【条件】

 このセンチネルの召喚時

【効果】

 次に自分のセンチネルを召喚する際、

 そのセンチネルに対して発動された相手効果を

 無効にする状態をフィールドに付与する。

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 ——何か仕掛けてくる。当然カナタは察していたが、直接フィールドに効果を付与されたとなると、対処が難しくなることを彼は理解していたため——やむなくその効果を通すこととした。


 彼の手札の内1枚はスキルカード『フレキシブル・ビームガード』。効果はシンプルに「相手のカードによる攻撃を無効にする」というもの。カードによる攻撃——それはセンチネルによる攻撃の他に、カード効果による妨害効果をも無効にできるものだった。


 だが、それはブランクサレナによって封じられた。


 カナタの残る手札は後1枚、加えて言うなら——


 ——彼は今、『深化アビスフォール』は持っていなかった。


「さて。これで残るは……1枚のカードを使うのみ。

 これでフィナーレと行きましょう。逝きなさい、神崎カナタ!」


 深淵の光を帯びたカードがデイドリームの手よりフィールドに投擲される。

 ——それは、フィールドを浸蝕する最上級のルール追加カード。

 名は——


「——『浸蝕結界/泥の夢の百合園デイドリリィーム』、展開……!!」


 電車内部が、書き換わる。

 夢見心地の花園に、世界の形が塗り替わる。


 「泥、沼、それでいて百合。

  白百合 黒百合 彼岸花。

  よりどりみどりの植物園。

  気づけば足元泥だらけ。

  身体に擦り寄る泥の蔓。

  機兵であっても同じこと。

  人も機械も区別などなく。

  同じ機会に夢の底へと。

  泥のように、眠りなさい」


 デイドリームの宣言→詠唱。その後に続くのは浸蝕結界のフィールド効果。泥と蔓と花々に絡みつかれたヘヴィメタル・タイタンは、力なく項垂れる。


「付与したフィールド効果、その内の一つ。それが『植物以外のセンチネルに対してAP減少のデバフを与える』効果。

 数値としては、単に1000ポイントのマイナス補正と言ったところですわね。ですが、真価を発揮するのは第二効果ですわ!」


 その宣言の直後、デイドリームのフィールドに存在するセンチネル3体が泥の中に溶けていくのが確認された。


「——これは、合体、いや、吸収アブソーブ召喚か」


「御名答! 『デイドリリィーム』の第二効果によって——!!」


 刹那、泥の中から昏い極光と共に巨大な逆さまの彼岸花型センチネルが姿を現す。これこそが彼女の新たな切り札。その名は——


「罰の時、今ここに。

 泥の百合園は白昼夢デイドリームの空想地獄。

 真なる楽園を脅かす不届者——その者に罰を与える断罪の場。

 偽りの天蓋より降りる蜘蛛百合よ、罪人を今焼き尽くせ!

 ——アブソーブ召喚!


 来たれ、『RLリバース・リリィswoRds of helLセンボンヒガンバナ』————!!」


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RLリバース・リリィswoRds of helLセンボンヒガンバナ

 種別:アブソーブ・アビスセンチネル

 AP1000+

【永続効果1】

 素材としたセンチネルの数×1000、APを上昇させる。

【永続効果2】

 正規の手段を用いずに召喚されたセンチネルは

 破壊される。

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 ——罠は既に完遂されていた。

 前のターンに、『クラスパイダー』の効果で召喚するセンチネルの数など、何一つ関係がなかった。1も2も些細なことだった。

 出さなければあの場で敗北し、今のように1体でも出していればそれはもう


 ——つまり。神崎カナタのフィールドから戦闘可能センチネルは消滅する。殲滅である。


「素材は3体。よってAP4000。仮に手札から後続センチネルが出たところで、結界効果でAPが1000下がることも含めて——あなたの機械センチネルではこのAPを超えることなどできません。なにせ、そう、なにせ——

 ——アビス・フォールのカードは


 ——そう。理由は不明だが、カナタはムガ戦の後、カザネから『リミテッド・アビス・フォール』のカードを返してもらうことなくコンタクトを絶っている。ゆえに、今彼のデッキには『リミテッド・アビス・フォール』は入っていないのだ。

 だが、それにももっともな理由はあった。


「……そもそもの話。アレは『リミテッド』だ。あの時点での俺はまだ、。それゆえにあのカードは完全体ではなかったわけだ。

 まあそのおかげで、カザネへ貸与することも比較的容易だったんだろうがな。

 つまりは、アレ自体まだ【深淵の願望器】から借り受けていたカードに過ぎなかったと言うことだ」


「……理由など今更どうでも良いです。ですが、それで得心もありました。

 あのカードを覚醒させたのはカザネ。ゆえにあのカードは今も、何ら異常なく彼女の中に馴染んでいる——そういうことですわね?」


 センボンヒガンバナの効果でヘヴィメタル・タイタンが崩壊していく中、砂煙舞い散る中、カナタは頷き、そして続けた。


「深淵に触れることで、カザネはあのカードに【深化】と【進化】の二重属性を付与した。それを以てあのカードは、カザネの所有物として定着したわけだ。

 となると俺のデッキは枚数が足りなくなる。俺たちのデッキは、心をキッカリ40枚のカードに投影して生み出す。そしてあのカードは本来、【深淵の願望器】によって与えられた時点で、持ち主の願望を投影したカードと融合を果たす。だが——」


「不完全だった——つまり……もしやあなた、いえ、それよりも……願いが不完全——そんな、そんなことが!?」


 深淵の衛士となっている今の白咲アリカにとって、アビス・フォールがリミテッドのままだったことが何を意味するのかなどすぐにわかることだった。そしてそれは神崎カナタの発言どおりの内容であった。


 だが——その後のカナタの発言が彼女を困惑させた。


“ となると俺のデッキは枚数が足りなくなる”


 そんなわけがないのだ。

 それがまかり通った場合、カナタのデッキは今39枚となってしまっていることになる。


 それはあり得ない、あってはならない。デッキは必ず40枚でなければならない。でなければ札闘士の資格を失い即刻敗北扱いとなってしまう。

 貸与のままであれば、猶予はあった。そして今の状況であっても、『リミテッド・アビス・フォール』が加わる前のカード——つまり彼の願望を投影するカードがデッキに戻っているはずだった。


 ——だが、彼は今、わざわざデッキ枚数の話をした。


 あたかも39枚のまま札伐闘技を行ったことがあるかのように。


「デッキ枚数は絶対です! そんな無法が通るとでも!?」


 ガラ空きになるカナタのフィールド。だが、デイドリームは胸騒ぎが収まらないままだ。


「——当然、お前との戦いが始まるまでには間に合わせたさ。


 ——掠め取った【虚像断片ピースタキオン】、それと——俺の願望との定着にな」


「マズい————」


 デイドリームが危機を悟った時にはもう遅かった。直接攻撃権を得たセンボンヒガンバナが、カナタめがけて襲いかかる。

 だがそれを——


 ——1


「——EXスキルカード、発動。

 これは罪。偽りの楽園にて積み重ねられた罪の力。俺の罪とお前の罪、それらを以て力と変える。お前の力を血肉と変えて、禁断の領域から我が必殺の魔剣を引き抜かん——。


 ——『SIN化』!


 これにより、今無効にした直接攻撃のAP以下のAPを持つフォビドゥンセンチネルを場に呼び出す!


 今こそ出でよ——深淵と進化、それらを簒奪せし証の剣!


 ——SIN淵解放フォビドゥン・パージ


FCフォビドゥン・コール/ナイトレイド・ブレイドナイト』……!」



 ——そこにあったのは真黒の闇。夜の闇が如き漆黒。

 それがフィールドを包み込み、デイドリームのセンチネルを無力化する。


「……何? 能力そのものの無効化だとでも? いえ、このカードは、ブランクサレナの加護によってそういった効果を受け付けない——であればこれは、」


「知れたこと。『ナイトレイド・ブレイドナイト』がフィールド効果を塗り替えただけだ。フィールドに張られた全ての効果を闇の中に埋没させ、そして無効にした数まで相手センチネル及び相手の手札を捨て札にする。


 ——よく見てみろ。

 お前が誤認した闇を見ろ。

 それは夜でも闇でもなく、ナイトレイド・ブレイドナイトの羽だ。魔剣の羽根を生み出す、暗黒の翼だ」


 ——既に、彼女の場に戦闘可能なセンチネルはなく、彼女は全方位から無数の魔剣を向けられていた。


 そして、カナタの傍らには、巨大な翼を持つ黒い騎士が佇んでいた。


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FCフォビドゥン・コール/ナイトレイド・ブレイドナイト』

種別:フォビドゥンセンチネル

AP2501

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「——神崎カナタ。あなたもわかっているはずです。もはやこの世界で私を倒しても無駄だと。次がないのはあなただけだと。そしてそれ以前に——」


「——。だろ? わかっているさ、そんなことは」


「だったらどうして……!?」


 そして。惑いなく迷いなく、魔剣の雨が降り注ぐ。


 それを眺めながら、カナタは続ける。


再浮上リポップしたら考えてみろ。

 ——俺がどうしてこんなことをしているのかを」

「あなたはァァァァァ————」


 そして声が、掻き消える。剣の音に、削り取られる。

 爆風と血飛沫の中、戦いは終わった。


 ◇


 景色は再び電車の中、そしてそれすらかき消えて。元の視聴覚室へと塗り戻る。


 ——無言のまま、神崎カナタは退室する。


 言うまでもなく——は過言にせよ、カナタの行動により、白昼夢の日々は幕を閉じる。


 いずれカザネは思い出す。

 自身が何を受け入れたのかを。


 そして、カナタが何を選んだのかを。


「……待っていろカザネ。

 これでようやく動き出す。俺はお前を取り戻す」


 気持ち悪いまでに静かな廊下を歩きながら、神崎カナタはそう言った。


 第1節、了。

 第2節『ディセント・ブラック』に続く。

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