第11話 プレゼントの割り箸

古いアパートの『105号室』。

黒葛つづら探偵事務所は事務所としては変わった場所にあった。


探偵。

ドラマやネットではよく出てくる職業だ。

でも、実際に探偵に依頼する人は一体、どのくらいいるんだろう。


なんだか、緊張してきた。

こんなに緊張したのは美大の入試試験依頼だろうか。


あとは依頼内容もきっと関係している。

家族について相談するなんて、間違っているのかもしれない。

でも、どうしても知りたい。

だからあたしは思い切って探偵の元へやってきたのだ。


「どうも。黒葛つづらです」


案内された部屋の中には車椅子に座った美人の女の人がいた。

ドキッとするような妖艶な色気と、ゾッとするような冷たい雰囲気。

そんな相反するような空気をまとった女の人だった。


「では、さっそく依頼の内容を話してくれますか?」


あたしは頷き、相談の内容を話す。


********************************

あたし:父が毎年、誕生日プレゼントをくれるのですが、

    その誕生日プレゼントが『割り箸』なんです。


黒葛 :割り箸……ですか?


あたし:はい。

    なぜ、そんなものをプレゼントしてくれるのかが

    知りたくて……。


黒葛 :他の家族の方からは何か思い当たることは聞けないのですか?


あたし:あたしは一人っ子で、母は10年前に他界しました。


黒葛 :割り箸を贈られるようになったのはいつからですか?


あたし:物心ついたときにはもうもらっていたと思います。


黒葛 :子供の頃に理由を尋ねたりはしなかったのですか?


あたし:母に一度尋ねたことがあります。

    小学校にはいるときだったと思います。

    そのとき、母は寂しそうな顔をして

「理由は聞かないであげて」と言われたんです。

それ以来、父、本人にも聞けず仕舞いで……。


黒葛 :その割り箸は特注品など、特別なものですか?


あたし:いえ。

    普通の割り箸です。

    さすがに100本入りみたいなのじゃなくて、

    ちゃんと袋に入ったものです。


黒葛 :何本贈られるんですか?


あたし:1本です。

    新品の割り箸、1本。


黒葛 :贈られるのは割り箸だけですか?


あたし:最初は本当に割り箸1本だけでした。

    でも、あるときからは割り箸の他にもちゃんとした

    誕生日プレゼントも一緒にくれるようになったんです。


黒葛 :あるとき、とは?


あたし:……母が亡くなった年からです。


黒葛 :失礼ですが、母親の死因はなんですか?


あたし:病気です。

    肺がんでした。


黒葛 :贈り物は今も続いているのですか?


あたし:はい。

    ですが、今年に渡された時にこう言われたんです。

    「誕生日プレゼントを渡すのはこれで最後にしようと思う」

    と。


黒葛 :今年に何かしらお二人に変化があった、というわけですか?


あたし:今年で美大を卒業するんです。

    就職のために家を出ることになったから、かなと。


黒葛 :なるほど。

    そう考えるのが自然ですね。

    ……父親の職業をお聞きしても?


あたし:普通のサラリーマンです。

    外資系の会社ですけど。


黒葛 :割り箸に関係する仕事ではない?


あたし:はい。

    まったくないですね。


黒葛 :父親と母親の出会いに関してはどうですか?

    割り箸が関連するようなことは?


あたし:聞いたことないです。

    ……ただ。


黒葛 :なんですか?


あたし:出会い、というかあたしが生まれる前に

    ちょっとした騒動があったみたいです。


黒葛 :というと?


あたし:母方の祖母から聞いた話なんですけど、

    あたしが生まれる前に父と母が大ゲンカを

    したみたいなんです。

    一度、母は実家に戻って2ヶ月くらい住んでたらしいです。


黒葛 :理由はわからないのですか?


あたし:祖母はきっと子供が出来ないことについてじゃないかと

    言ってました。

    父と母は子供を望んでたんですが、結婚後5年くらい、

    子供ができなかったから、そのことで喧嘩になっただろうって。

    祖母も、母からそのような相談を受けてたって話でしたし。


黒葛 :ということは、あなたは待望の子供だったというわけですか。


あたし:そうだと思います。

    ただ、なんていうか……その……。


黒葛 :なにか引っかかるようなことが?


あたし:愛されてはいたと思います。

    十分に。

    ただ、なんというか……甘やかされはしませんでした。

    よく言うじゃないですか。

    待望の子供が生まれたら、つい甘やかして育ててしまうって。

    でも、両親はそんなことなく、どちらかというと

    結構、厳しい家庭環境に育ったなって思います。


黒葛 :子供をどう教育するかは個人差があるものです。

    逆に甘やかさないというのが愛情の深さでもあるかと。

    愛されていると感じたのであるなら、

    気にする必要はないと思います。


あたし:そ、そうですよね。


黒葛 :あとは割り箸に関連するような出来事はないですか?

    あ、いえ、割り箸に関係なくても、家族のことで

    なにか違和感があるようなことでもよいです。

    些細なことでも構いませんので。


あたじ:そうですね……。

    あっ。そういえば、小さい頃、箸の使い方で

    父から熱心に教わった思い出があります。


黒葛 :変な持ち方をしていた、ということですか?


あたし:はい。

    あたし、左利きなんでどうしても右手で

    箸が上手く持てなくて……。

    根気よく、持ち方を教わったんです。

    あ、もしかしてちゃんと箸を使えるように

    願掛けとして割り箸をプレゼントしてくれたんですかね?


黒葛 :今はどうですか?


あたし:え?


黒葛 :箸は右手で上手く使えるようになったのですか?


あたし:はい。まあ、人並みには。


黒葛 :であれば、贈り続ける必要はないと思います。


あたし:あ、そっか。

    そうですよね。


黒葛 :他にはなにかありませんか?

    今のような些細なものでもよいです。


あたし:急に言われても……。


黒葛 :そういえば、美大を卒業と言ってましたが。


あたし:はい。それがなにか?


黒葛 :父親か母親が芸術に秀でたのですか?


あたし:それが……父も母もからっきしでした。

    だから、最初は独学でやってて……。

    中学に入るときに父がちゃんと習った方がいいって

    言ってくれて習いに行かせてくれたんです。


黒葛 :さきほど、厳しい家庭環境と言っていましたが、

    学業の方はどうだったのですか?

    教育熱心な親の場合、芸術系の学校に行くことに

    抵抗を示されることが多いのですが、

    そのあたりはどうでしたか?


あたし:そういわれると……。

    厳しかったのは門限とか、生活に関すること

    ばかりでした。

    あんまり勉強のことを言われた記憶がありません。


黒葛 :父親、母親、共にですか?


あたし:はい。

    ただ、母はずっと、口癖のように

    「一人で生きていける技術を身に付けなさい」

    って言われてましたね。

    だから、元々好きだった絵に没頭したという

    感じで。


黒葛 :なるほど……。

    確かに少しチグハグ感がありますね。


あたし:ちぐはぐ、ですか?


黒葛 :愛情を注いでいながら、

どこか突き放したような感覚がします。

というより、どこか一線を引いている、そんな印象です。


あたし:そうなんです!

    それはずっとあたしも感じていました。

    母はあたしを可愛がってくれたんですが、

    どこか気を使っているというか……。

    父に気を使っていたというか。


黒葛 :両親の仲はどうだったのですか?


あたし:正直、良いとは言えないと思います。

    喧嘩まではしませんが、どこか距離感があるような

    そんな感じでした。

    祖母の話ではあたしが生まれるまでは

    とても仲がよかったそうなのですが……。


黒葛 :思い当たる原因は聞いていませんか?


あたし:祖母は父の海外赴任がきっかけだったんじゃないかって

    言ってました。


黒葛 :海外赴任?


あたし:はい。

    父は外資系の会社だって言いましたよね?

    それで、1年ほどアメリカに単身赴任してたんです。

    そのときに、父と母の心も離れたんじゃないかって。

    でも、そのあと、すぐにあたしが生まれたんで、

    きっと元の関係に戻ると期待してたようですが……。


黒葛 :海外赴任から戻って、すぐにあなたが生まれたのですか?


あたし:はい。そう聞いてます。

    父が戻ってから1年後くらいに生まれたみたいです。


黒葛 :……海外赴任。

    5年間子供ができなかった。

    教育のチグハグ感。

    母親が亡くなったことで増えたプレゼント。

    父親に気を使う母親。

    そして、大ゲンカ。

    なるほど……。

    だから、割り箸なのか。


あたし:なにかわかったんですか?


黒葛 :これはあくまで私の仮説です。

    ですので、これが真実だという証拠はありません。


あたし:それでも話してくれませんか?


黒葛 :聞かない方がよいと思います。


あたし:え?


黒葛 :これはあなたが知らなくていい、

    両親が隠し続けたことを掘り返すことになります。


あたし:待ってください。

    そんなこと言われて、尚更聞かないなんて無理ですよ。


黒葛 :あなたは両親に愛されていた。

    それでいいと思いますが。

    世の中には知らなくていいこともあります。


あたし:教えてください。

    あたしには知る権利があるはずです。


黒葛 :わかりました。

    まず、両親の大ゲンカの件ですが、

    子供ができないことが理由ではないと思います。

    本当はその逆だった。


あたし:どういうことですか?


黒葛 :ケンカの原因は母親に子供ができたことです。


あたし:そんなわけないですよ。

    だって、父も母もずっと子供が欲しいって

    願っていたんですよ?


黒葛 :はい。

    ただ、欲しいのは自分の子供だったはずです。


あたし:……っ。


黒葛 :5年間、ずっと子供が欲しいと願っていた夫婦。

    夫が単身赴任から戻ったらすぐに子供を授かった。

    あり得ない話ではないですが、

    どこか都合が良すぎる気がしませんか?


あたし:……母が不倫していた?


黒葛 :不倫というより、子供を作るためだったのでしょう。

    それがわかっていたからこそ、父親の方は離婚をしなかった。

    ……いえ、違いますね。

    父親の方はずっと『疑惑』を持っていたのです。


あたし:……。


黒葛 :父親はあまりのタイミングの良さに母親を怪しんだ。

    それで探偵を雇って調べたのかもしれません。

    ですが、母親に男の影は全くなかった。

    ただ、母親の方の態度が気になったのでしょう。

    母親の方は、父親の『子供が欲しい』という願望を

    叶えたわけですが、その反面『裏切り』をしたという

    罪悪感があったのだと思います。


あたし:お母さんが……。


黒葛 :タイミングが良すぎるというだけで、

    ここまで怪しむのも変です。

    もしかすると、父親は無精子症だと

    わかっていたのかもしれません。


あたし:……。


黒葛 :とはいえ、奇跡的に妊娠できたかもしれない。

    あなたが本当の子供だと『信じたかった』

    という気持ちもあったのだと思います。

    だからこそ『割り箸』を贈った。


あたし:……DNA鑑定。


黒葛 :そうです。


あたし:結果は?

    あたし、父の子供じゃないんですか?


黒葛 :鑑定はしていないはずです。


あたし:え?


黒葛 :毎年、迷っていたのだと思います。

    そして、どうしてもできなかった。

    だからこそ、毎年の誕生日プレゼントで

    『割り箸』を贈ったのです。


あたし:父はずっと、自分の子供じゃないかもしれないあたしを

    育てていたということですか?

    疑心暗鬼に囚われながら、ずっと……。


黒葛 :ですが、あるとき転機が訪れます。


あたし:転機?


黒葛 :母親の死です。

    本来であれば、そのときに放り出すこともできたはずです。

    ですがそのときに父親は決意したのでしょう。

    たとえ、自分の娘ではなかったとしても

    ちゃんと育てようと。


あたし:なんでそんなことがわかるんですか!?

    もしかすると、今だってあたしを邪魔者だって

    思っているかもしれないじゃないですか。


黒葛 :増えたプレゼント。


あたし:え?


黒葛 :あなたは母親が亡くなってから、プレゼントが増えたと

    言っていました。


あたし:……それが?


黒葛 :普通は邪魔だと思っている子供にプレゼントなんて

    贈りません。

    まして、絵の勉強をさせるために習い事に通わせることも。

    なにより、大学にまで進学させた。

    愛してないとできないことです。


あたし:……じゃあ、今年で最後って言ったのは?


黒葛 :独り立ちして、『子供』ではなくなったから……。

    かもしれません。


あたし:……。

********************************


その後、あたしは結局、父にこのことを問わずに家を出ることになった。

そして、そのことを忘れるようにあたしは仕事に没頭した。


それから5年後。

あたしは職場の人と付き合うようになり、2年後に結婚することとなった。


その頃には父とは疎遠になっていたこともあり、結婚式に呼んでもいいのか悩んだりもした。

すると、どこから聞きつけたのか、父の方から連絡が来て一緒にバージンロードを歩けることを随分と喜んでくれた。


そして、結婚式当日。

隣に立つ父が緊張した面持ちでこう言った。


「どんなことがあっても、お前はずっと俺の娘だからな」


終わり。

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リツゼン―黒葛探偵事務所の不気味な依頼― 鍵谷端哉 @kagitani

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