思い出の財布
藤泉都理
思い出の財布
干潮時の前後数時間だけ海から砂浜が現れ、陸から歩いて行く事ができる小島には神社があり、その神社参拝が目的の人が多く歩く中。
二人の少女は人が居ない時に、そこら辺に落ちている細っこい木の棒を拾っては、決闘ごっこを繰り出していた。
砂浜が海の中に沈むか否かの間際の時間帯、わざわざ迫りくる汀渚を狙って。
バシャバシャ。
二人は大袈裟に汀渚に足を突っ込んで、倒された振りをして、起き上がって、共に飛び込んで。
いつもずぶ濡れで両親に叱られたものだが、二人の少女は、それでも止めなかった。
「移動販売車で一緒の財布を買ったよね?覚えてる?って言うか、持ってる?私はもちろん、後生大事に保管してるけど?」
六十年後。
少女は老女になった。
流石に決闘ごっこをしようとは、二人とも言わず、少女時代の思い出話に花を咲かせていた。
今の自分たちの状況は、まだ話そうとは思わなかった。
どうせどこそこが悪いとか、どこそこの病院の先生の腕がいいとか悪いとか、最期を迎える為にしている事など、面白くない話になると思ったからだ。
まあけれど、面白くないとわかっていても、その類を話してしまうのだが。
「えー。と。ああ。ぼろぼろぼろぼろ塗装が剥げ落ちるから捨てた」
「まじ?」
「まじまじ」
「………まあ、私も捨てようとは思ったけど、記念にって取っておいたのに」
「いや、財布は使ってなんぼでしょ。取ってもしょうがないしょうがない。記念にって言うなら、ここから海に捨てたら?」
二人の老女は、干潮時の前後数時間だけ海から現れる砂浜を歩き話しながら、時々、端へと寄って汀渚に足を浸せては、中央の砂浜に戻るを繰り返していた。
「環境破壊反対」
「今度お揃いの財布を買う時は、自然由来のにするか。海に捨てても環境破壊にならないで、自然に溶けるっていうやつ」
「電子財布に移行しつつある現代に財布を買うって?」
「あんた、電子財布なの?」
「いいえ、断固現金派。小銭とか、紙幣とか、数えるのが楽しいのよね~」
「うわあ。同じく!」
「うんうん。じゃあ、また、移動販売車が………オーグッドタイミング」
「自然由来の財布あるか?」
「なかったら、今回は財布を諦めて、ソフトクリームを食べよう」
「いや、財布の件がなくても食べるでしょ、ソフトクリーム」
「まだ寒いのにね」
「そうそう。温かな春のはずなのに、なぜかこの寒い中でね。ソフトクリーム」
「心臓発作とか起こさないでよ。昔みたいにおぶれないからね」
「いや、あんたならできる。自分を信じるんだ」
「絶対にいや。一緒に砂浜に沈むし」
「それもまた思い出」
「あんたと心中なんて嫌だから」
「ほほ。私もいや」
「うむ」
二人の老女は手に持っていた細っこい木の棒を海の中に投げ落とすと、立ち止まっている移動販売車に速足で向かった。
少女時代に買った財布がまだあって、ツボにはまった二人が笑いで苦しむ羽目になるまで。
あと、二十分。
(2024.4.15)
思い出の財布 藤泉都理 @fujitori
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