第4話

 真夜中、私のリビングに予告もなく現れた彼(彼女?)は、まるで月から降りたかのように他世界的な雰囲気をまとっていた。この突然の訪問者に対し、私は恐怖と驚愕で声を震わせつつ問いかけた。


「ど、どうしてここにいるんですか?!」


 彼(彼女?)は月明かりに照らされるかのような優雅な微笑みを浮かべ、落ち着いた声で答えた。「私がここにいるのは、あなたが私を呼んだからです。星々もそう囁いています」


「呼んだって、そんな覚えはない! 星々が何を言おうと、勝手に人の家に現れるのはどうかと思われる!」私は自分の居間が一体いつから宇宙人の出入り口になったのか、と混乱しながらも、彼(彼女?)の言葉に動揺した。


「ああ、でも私たちは時として、招かれざるゲストなのです。特に地球では」彼(彼女?)は誇らしげに胸を張り、付け加えた。「地球の習慣というのは、なかなか面白いものですね。今、あなたはどれほど驚いているか、計り知れませんが」


「面白いって、こっちは面白くないですよ!というか、ちょっと、本当に警察を呼びますよ!」私は慌ててスマートフォンを手に取った。


「警察ですか?それもまた、地球の風習を楽しませていただく良い機会です。私は消えることができますが、あなたの記憶から消え去ることはないでしょう」


「消えるも何も、勝手に現れては困ります。消えるなら、今すぐにでも…!」私は混乱しながらも、警察への通報ボタンを押した。彼(彼女?)はそれを見て、静かに頷いた。


「さて、私は一度消えますが、またお会いしましょう。あなたがまた私を必要とする時、私は戻ってくるかもしれませんから」


「いや、必要としないでください!」私の声は震え、急いで警察に事情を説明しようとしたその時、彼(彼女?)の姿はすでに消えていた。私は警察が到着するまでの間、何が現実で何が幻想なのか、自分でもわからなくなり、M.I.Bの連絡先が必要に思われた。


 警察が到着すると、安アパートの軽いドアが開く音が部屋に響き渡った。二人の警官が、手にはノートとペンを持ちながら私のリビングに足を踏み入れた。彼らの表情は業務的であり、何かを解決するためにここに来たという明確な意志が感じられた。


「どうされましたか?具体的な事情を教えてもらえますか?」一人の警官が丁寧に尋ねた。


 私は深呼吸をしてから、部屋に現れた不思議な訪問者のことを詳細に説明し始めた。その間、警官たちは何度か顔を見合わせ、微妙な表情を隠せずにいた。


「彼は、または彼女は、突然消えたんです。そして、消える前に、また戻ってくると言っていました。それが本当に不気味で、どう対処していいかわからなかったんです」と、私は震える声で話し続けた。


 警官たちは私の話をメモしながらも、その一部始終が信じがたいという様子である。「他に目撃者はいますか? もしくは、確認できる何か証拠は残っていますか?」もう一人の警官が問い詰めるように尋ねた。


「証拠は何もないんです。ただ、彼、彼女が言っていたことが頭から離れなくて…」私は力なく頭を振った。


 警官たちはしばらくの間、沈黙を守った後、互いに目配せをした。「安心してください、私たちはこの種の報告を真剣に受け止めています」と、彼らは誠実な言葉をくれたが、その目はノートに向いていた。


 彼らが去った後、その場には再び静寂が戻り、私は混乱と不安でいっぱいの心を抱えたまま、彼(彼女)が再び現れることを恐れていた。それでも、どこかで警官たちの言葉が心に響き、この全てが現実ではないのかもしれないという考えが頭をよぎったその時、まるで待ち構えていたかのように、彼(彼女?)は再び現れた。


 私はとうとう力尽き、「もう……勘弁して……」と諦めの息をついた。


「さあ、ゆっくり話をしましょう。我々には相互理解が必要です」彼(彼女?)の声には、深い慈悲が込められているように感じられた。


「そもそもなぜあなたは命を不要と考えているのですか?」この問いに私は、つい答えてしまった。


「私はもう疲れました。生活に縛られず、自由を感じたいんです。だから、その…最後の選択を」私の声は小さく、確かにあった覚悟は、この理解不能な状況に疲れ、何か曖昧になってしまったようで、先日の「軽すぎる」という言葉があたまをよぎった。


 彼(彼女?)はそっと頷き、優しく提案した。「お疲れ様です。決してあなたの覚悟や命は無駄になりません。"スターダストボヤージュ"というのは、まさにそのための旅。あなたの人生に新たな景色を提供し、安らかな終わりを手に入れるのです」


「それが本当に私の求める解放につながるとは…」私は半信半疑ながらも、彼(彼女?)の言葉に少し心惹かれている自分に気づき、そのとてつもないチョロさに、ついに、涙があふれ始めた。


「すこし、考えてみてください」彼(彼女?)は真剣そのもので、慈愛に満ちたその目は未来への扉を開いているかのように輝いていた。手にはスマートフォンを持ち、LINEアカウントのQRコードを表示しながら、背中をさすってくれた。


 私は現状を深く理解し、考え、熟考に熟考を重ねた結果、彼(彼女?)とLINEのアカウントを交換することにした。「わかりました……よく考えてみます……」号泣しながら。


「いつでも連絡してください。あなたが準備ができたら、新たな旅を始めましょう」と言い残し、その場からスゥっと静かに姿を消した。部屋には再び静寂が戻り、私はその夜、これまでの人生とこれからの選択について、じっくりと考える時間を持つことにした。


「そういえば、名前はなんだろう」と名刺を見返してみるが、どこにも名前らしきものは書いていなかった。


 そんな人物の提案が詐欺であるのか、それとも本当に私に新たな人生を与えてくれるのか。詐欺ならむしろそれっぽい体裁を整え、名前を名乗らないなんてことは無いのではないか。この雑さ、拙さこそ真の宇宙人の振る舞いなのではないか。私の頭脳をもってしても、その答えはまだ見えない。しかし、少なくとも、あの公園から、あの焼き肉屋から、私の心には新しい何かが芽生え始めていた。それは恐れではなく、可能性の光であった。


 部屋にはただの静寂が残った。窓の外には、深夜の星が静かに輝いている。その光に照らされながら、私はベッドに腰掛け、一日の出来事を思い返すことにした。心の中は渦巻く感情と、未来への不確かな希望でいっぱいだったが、最終的には、かの自称宇宙人の美麗な容姿をふんわりと思い出し、やはり自身のチョロさに笑いながら、眠りについた。


 朝になり、私は疲れ果てていることを感じ、仕事を休むことに決めた。電話を取り、上司に声を震わせながら休暇を申し出た。「体調がすぐれない」と伝えると、上司はそっけなく「わかりました」と告げ電話を切った。私は長いため息をつき、部屋の中を見渡した。


 私の部屋は人生を象徴するかのように、整然としながらもどこか物足りなさを感じさせる空間だった。今回の「スターダストボヤージュ」の旅を決心すれば、このすべてとお別れを告げなければならない。久々に開くPCの写真フォルダにある家族や友人との写真を眺めながら、私はひとりひとりの顔を思い浮かべた。


 これまでの人生で出会った多くの人々が、私の記憶を彩っている。小さい頃の無邪気な笑顔、学生時代の親友、仕事で出会った信頼できる同僚たち…。もし本当にこの旅に出るなら、それぞれに何と言って別れを告げればいいのだろうか。そして、彼らは私の決断をどう受け止めるだろう。


 私は画面をスクロールしながら、一人ひとりとの思い出に浸った。静かな部屋で、過去の笑い声や会話が耳に響くようだった。それぞれのページが、私の人生の重要な一部として輝いている。


 若かりし頃、わたしの勇気が足りず何も起こらなかった恋。友人との小旅行。馬鹿みたいに騒いだ飲み会。失敗した料理の写真。亡くなってしまった相棒のハムスター。なんと光り輝いている事か、しかしこれらの輝きをまた体験するには、現在の私の交友関係は、いささか孤独すぎた。


 時間をかけて自分の選択を見つめ直し、私は改めてスターダストボヤージュなる旅の意味を考えることにした。もし宇宙人の言う「新たな景色」が本当に存在するのなら、これまでの束縛から解放されるための一歩として、旅に出るのもやぶさかではない。しかし、その前に、大切な人たちへの挨拶は避けて通れない道だった。


 日も傾き始め、いい加減腹の減り具合に意識が向いた頃、私はLINEを開き、メッセージを一つ打ち込んだ。「もう少し考えさせてください」と送信すると、少しだけ心が軽くなったように感じた。


 そして、ひとり部屋の中で、これからの人生に何を求めるのか、静かに自問自答を続け、カーテンを開けるのだった。

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安楽死まで 浅井 孝氏 @ohshicco

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