人為的な春

チャーハン@カクヨムコン参加モード

 機械たちに春が訪れたと認識させるにはどうすればよいか、白衣をまとった研究者は考え続けていた。目の前のディスプレイには、悍ましい色合いの画面が表示されている。近年活発化している生成AIで出力した画面だ。なぜ、このようなディストピア的画面が構築されたのか、研究者には理解できなかった。春という言葉は、日本に住む人ならだれでも知っている言葉である。そんな言葉を、日本製のAIが知らないわけがないのだ。


「くそっ……何が足りないんだ!?」


 回転する椅子の背もたれに体重をかけながら、男は髪を搔いた。一人きりの部屋内に、男の奇声とだんだん鳴らす足音が響く。


「フゥ……落ち着いた。さて、原因を調べるか」


 男はそう言いながらパソコンに視線を向けた。刻々と時計が音を鳴らすなか、文字を入力するタイピング音が響き続ける。カタカタ、カタカタと打つたびに男の口角が上がり、表情が豊かになった。


「ふふふ……これで、春らしい表現が出来るんじゃないか?」


 男は青空文庫のコーパスから抽出した春を表す文章を見つめつつ、にやりと笑って見せた。男の眼鏡の奥から覗いている瞳は、不気味に歪んでいた。男はそんな表情に気が付くそぶり一つすらない状態で、パソコンのエンターを押した。


 数分間読み込みが発生している間、男は机に置いてあったコーヒーや雑多に置かれている紙たちに目を通す。一枚一枚びっしりと文字が書かれた紙にはAIの開発方法が事細かく乗せられている。


「それにしても、AIの加速度はすさまじいなぁ」


 男は天井を見つめながら背もたれに寄りかかり、ため息をついた。


 二〇一〇年後半以降、AIは加速的に発達を遂げた。数十年前はAIを搭載したロボットが喋ったことが凄いと言われるような時代だった。しかし、今は違う。


 現在、世界中ではAIを活用したスタートアップ企業が生まれ続けている。学習を行ったAIをたった一人で動かし、多大な利益を生み出す。そんな一人法人が社会的に主流となり始めたのである。


 その結果生じたのは、AIを使う者と使われる者の二極化であった。


 AIを使う人材は自らの力を増やしながら利益を増加させる一方、AIに使われる人材は指定された雑務を機械の様にこなすようになった。


「まぁ、時代が経過すればするほど高尚なものを求められるのは当たり前だしな」


 男はそんなことを口にしながら、パソコンに視線を向ける。淡い白色の光を放っているPCの画面には、先ほどと変わらないディストピアが映っていた。


「だ――くそ! 何で上手くいかねぇんだよ!!」


 男は髪をかきむしりながら声を荒げた。


「コーパスも改善したし、画像紐づけも問題ない! なのになんでだ!」


 男は何度も拳を机に叩きつけながら、怒りを露わにしていた。叩きつけた拳の小指は赤黒く染まっており、内出血を起こしている。ずきずきと痛む指の怒りを感じれば普通の人間は我を取り戻すが、男には余裕がなかった。


 男にはからである。


「くそっ、くそっ!! 絶対にこれは成功させなきゃいけねぇのに!」


 男は先ほどと同じようにキーボードを打ちながら声を荒げた。目の前に広がっている画像生成用のプロンプトを修正しながら、必死に時間を確認する。


 現在八時五五分。残り五分しか残されていなかった。


「くそっ……これがラストチャンスだ。絶対に上手くいかせて見せるっ!!」


 男はそう言いながら、跳ねる胸の心臓を叩く。


「緊張しているんじゃねぇよ、俺……! 冷静さを取り戻せ!」


 自らの体にかつを入れながら必死にパソコンへ視線を向ける。ちかちかと刺してくる光の粒子が、男の両眼を確実に蝕んでいく。それでも男は止まれなかった。必死にひねり出したアイデアを挿入した男は、全身全霊の力を込めてエンターを押す。


 直後、男の視界に現れたのは満開の桜に囲まれた学校だった。正門には高校名が書かれており、入口には鉄製のフェンスが設置されている。通る道の両脇には満開の桜を咲かせた木々が所狭しと並べられている。道を通り抜けた先には白色を基調とした高校校舎が設置されていた。


「……やった! 現れた! これが、春だ!!」


 男がそういった直後、鋭いアラーム音が耳を劈く。回転いすを音源に向けると、扉の向こうから一人の少女が現れた。十五、六の容貌を持った少女はぼさぼさの姿で男の前へ向かっていく。


 そんな少女がパソコン前につくと同時に、男が泣きそうな顔で説明を始めた。


「ミチヨ。きれいだろ、これ。満開の桜が咲いた、春の校舎なんだぜ」

「……すごい、きれいだね」


 ひらひらと舞う桜を見つめながら、少女は言葉を口にした。無機質な感情を持った言葉が、男の耳に入る。男は肩をわなわなと震わせながら説明を続ける。


「小さいころさ、お前が行きたかった高校の文化祭を見に行くために行ったよな。それが忘れられなくてさ。コーパスに組み込んでみたんだ。その結果生まれたのが、これだったんだよ」


 テーブルにぽたぽたと、透明な水滴が落ちる。


「だから……っ……俺はこれを……描いて……なのにっ……なのにっ……!」

「……きれいだね、これ。すごいと思うよ」

「俺が求めていた思い出は……もう、かなわないんだよっ……!!」


 男は少女の胸ぐらを掴みながら、大声をはりあげた。


「お前はっ! ミチヨじゃないっ! 本当のミチヨは……美千代は……っ……ぐぅっ……うぅっ……うっ……あ"あ"っ……あぁぁぁぁああああっ……」


 男は少女から手を離した後、床に崩れ落ちた。

 目の前の少女は何も言わずに機械的な返事を返す。


「九時二分となりましたので、家族思い出しサービス、カコミを終了いたします。ご利用いただきまして、誠にありがとうございました!!」


 その言葉だけが、静かな部屋の中に響いたのだった。

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